『最低基準値』の引き上げ修行(5)
前回のあらすじっぽいもの:『変化術』と『形態変化』についての説明。そして始まる修行。ナナ姫の前に落ちるは、小さな土の塊。
「まずは少なく始めようか。その方が集中しやすいはずだし。というわけで、それを手の平に掬うようにして持って、金の塊に変化するようイメージして」
「イメージ……ですか? ……分かりました」
外からの指示通り、ナナ姫はその塊を拾い上げて手の平に乗せる。
そして、目を瞑って集中。
言われたとおり、先程見えた土の塊が、金の塊に変わるように……。
「目は極力開けて、変化の途中経過とか見ておいたほうが後々楽になるかも」
集中の最中耳に届いたアドバイス通り、目を開けて土の塊を見つめる。
十秒……二十秒……三十秒、経ったところで、手の平からジワジワと、絵の具を溶かした水を吸っていく雑巾のように、土の表面が金色に変わっていった。
「っ! 変わってきましたっ!」
「興奮は抑えて。そのまま集中して。完璧に変わるまで気を抜かないで」
「っ……はいっ」
さらに三十秒、ジッと見つめて……ようやく、全てが金色に包まれた。
「……変わりましたっ」
「初回約一分……まあ上々かな」
「あの……ですがこれ、内側は大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、たぶん出来てないけど……でもま、それは他の属性へと変えていくのを覚えると、自然と身につくことだから大丈夫。今はとりあえず、表面上でもいいから全属性に変えられるようにしないと。というわけで、次はその金が溶けて水になるイメージで」
「あ、はいっ」
「もし内側が土のままだったら手の平に土の塊が残ったままになるだろうから、その場合その土の塊をまた金属性に変えるようにして、そこから水に溶けるようにして……って繰り返して、全部水になるまで繰り返して」
「わ、分かりました……!」
言葉を聞いただけで難しそうなのが伝わってくる。
だがやると決めたのは自分だ。
だから彼女は、その指示通りに、黄金をただの水へと変えるイメージを浮かべる。
◇ ◇ ◇
『変化術』に必要なのは、集中力。ただその一点だ。
集中力さえあれば変化の時間も短くなるし、コツを掴んでいく感覚も分かってくる。
そしてコツさえ掴めば、後は慣れだ。
何度も何度も繰り返し、反復し、掴んだコツを身体と意識に慣らし・馴らしていく。
「一周……出来ました……!」
あれから、土の上に零れた水だけを意識して木の芽を土の中に作り出し、その芽を掘り返して手へと乗せ火へと変化させ、その火が燃え尽き灰が積みあがるイメージで、土を手の中に生まれさせ……。
そうした周回を五回、繰り返した。
「んむ……大体三十分ぐらい経ったかな……?」
アキラはナナ姫の言葉に独り言をボヤくようにそう返し、かまくらの入り口上に座りプラプラさせていた足を止め、最初修行を付け始めたときと同じように、入り口から踵が見えるよう背を向けて立つ。
「さて……五回繰り返して、どうだった?」
「どう、と言われましても……集中し過ぎて、頭がクラクラします……」
「ま、最初はそうだわな」
ニカっとした笑みでも浮かべていそうな軽い言い草に、ナナ姫は少しムッとしてしまう。
キャミとショーツのみの姿というのも忘れ、その場で盛大に寝転がってしまいたいほど疲れているのに、かまくらという狭い環境がそれを許してくれない。
まあしてしまったらいけないのでそれで良いのだが……倒れさせてくれない環境を作った相手に無性にイライラしてしまう。
八つ当たりだ、と分かってはいても。
「でもま、周回を重ねる毎に早く終えてるところをみると、かなり呑み込みは早い方だな」
「え? あっ、そうなんですか?」
「うん。オレなんて初回はキミと同じ状態で一周で二十分近く経ったし、そもそも五周し終わったらそのまま倒れちゃったし。それを考えたら集中力が元々高いんだろうね。勉強が出来るタイプと見た。純粋にスゴイよ、本当」
「あ……ありがとう、ございます……」
褒められたのが純粋に嬉しかった。
思い返せば、勉強で頑張って「良し」と言われた事はあっても、「凄い」と褒められたことは数えるほどしかなかった。
気がつけば、それぐらい出来て当然、と色々な人に思われ、褒められなくなっていた。
だからか、ナナ姫の中に先程まであったやさぐれ気分はどこかに吹き飛んでいた。




