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出会い(2)

前話あらすじっぽいもの:逃げて隠れて

「……見失いましたね」


 追いかけてきていた二人組み。その男の方が、周囲を見渡しながら呟く。


「えぇ~?」


 その呟きへの返事は、不満げな女性の声。


「ちょっと待ってよ~。こんな三十分も走らされたのに見失ったの~? そんなの無駄骨じゃ~ん。こんなことならさっさと隊長のところに戻って昼寝しとけば良かった~」

「いや見つけたのメグミ先輩ですよね? それって追いかけさせられた僕が言うべき言葉ですよね?」

「そうだけどさ~。それでもさ~……なんて言うの? 二人で追いかける必要って無かったよね?」

「……それ、僕が言ったら怒るでしょ?」

「そりゃ怒るよ。だってリュウイチ君が勝手に隊長のところに行って寝るってことでしょ?」

「さすがに増援を呼んでくるに決まってますよ!?」

「え~? 隊長とイチャイチャしだすんでしょ~?」

「またか! またあなたの妄想の被害者なのか僕はっ!」

「『どうした!? そんなに慌ててっ!』そう強く訊ねてくる隊長。その声に僕は、身体の芯から熱くなるのを実感する。どうして走って帰ってきたのか? 決まってる。『あなたに……会いたかったからっ……! だから……っ! 急いで、戻ってきました……!』息も切れ切れになりながら僕はなんとか――」

「長いよっ! っていうかメグミ先輩のその妄想すっげぇ気持ち悪いからホントこうして僕本人に言うの止めて下さい!!」

「個人的にはショウ×リュウかなぁ~、って」

「ホ○妄想止めろっつってんだろっ!」


 コガとナナ姫が近くにいるのに気付いていないのか、隠れている二人の前で賑やかな会話を始める。


「…………」


 しかしこれ、隠れている二人にとってはとても辛い。そんな話をするぐらいなら早く帰れという気持ちが沸いてくる。


 二人はバレるかバレないかの緊張感をずっと保たなければいけないからだ。


 それはとてつもなく辛い。

 警戒心とは感覚を鋭敏にすること。

 しんどいんだぞと思わず叫びたくなるほどだ。


 だが叫ばないにしても、もし僅かに挙動・気配に出てしまえば、茂みを揺らさずともバレるだろう。

 気配を敏感に察知できる人間なのだ。

 ああ見えてあの二人は。


 だからこそ、コガとナナ姫の二人は、今までずっと、追いかけられてきたのだ。


「え~? でも止めるとなるともう私帰るしかないよ~?」

「まあ、帰るしかないですし……見失いましたから」

「妄想垂れ流しでも良いならもう少し探せるよ?」

「速やかに帰りましょう」

「なんで? 活力でしんどさを吹き飛ばせるよ?」

「良いですから! 自分の精神的ダメージの中探すよりいつものダラダラ怠けてるメグミ先輩とゆっくりと隊長の下へと帰って報告して改めて情報収集したほうが良いんですからっ」

「あ~……なるほどなるほど。早く隊長に会いたいんだね?」

「もうそれで良いから!」


 叫んでから、ほら帰りますよ、と元来た道へと歩いていく男性。

 その後を、は~い、と間延びした声で返事をし、ついていく女性。


「…………」


 茂みの向こう、隠れながら見るコガの視界範囲では、固めて舗装された土と、反対側の茂みが見えるのみ。

 誰もいなくなった。


 ……しかし、すぐに道路へは飛び出さない。

 これが罠の可能性も大いにあるからだ。


「…………」


 そもそも、ここで姿を見失ったのに、この場を捜索しないのがおかしい。

 隠れたコガ自身が考えるのもなんだが、普通なら茂み掻き分け探すか、せめて茂みへと“例の力”を発動させ、隠れていないか簡単には確認するものだろう。


 だからと、先へ逃げたと思い込んで、二人が先の道へと走っていった訳でもない。普通に来た道を、ゆっくりとした足取りで戻って行った。


 怪しくないと考える方が無理だ。罠があるかもしれないと考えるのが普通だ。


 普通なら、あり得ない。


 帰ったと油断させて姿を表そうとしたところで捕まえる……そんな罠の可能性が、大いにあった。


「…………っ」


 しかし、だからと隠れ続けるのもそろそろ限界。

 コガが……じゃない。

 ナナ姫が、だ。

 先ほどからずっと、ナナ姫もコガから教わった気配の消し方を実行している。呼吸を最小限に、身体の動きを消失させ、筋肉の緩みも絞まりも起こさず一定に保つ。その、屋敷から逃げてすぐに教わった、生き残るための術を。

 それを実行できる限界が近いのだ。

 ……当然だ。全力疾走のまま茂みに駆け込んで、呼吸を最小限にしているのだから。その辛さは尋常じゃない。

 こうしてあの二人が立ち去って三分間、少し呼吸が乱れる今まで保てただけ、かなりのものだろう。


(……あの二人が、そんな手間の掛かるようなことをするだろうか。順当に考えれば、すぐさま探した方が二人にとってはなんの手間ではないはず。それなのに立ち去ったということは……罠でもなんでもなく、本当に帰ったのかもしれない)


 辛そうに、けれどもソレを表に出さないよう、見つかりたくない一心で気配を消そうと頑張り続けるナナ姫を見て、そう自分の中で理由付けという言い訳を作ったコガは、茂みに触れ、周囲の草を“例の力”でどかした。

 逃げ込んだ時よりも広く、歩きやすい道幅を作るようにして。


「もう大丈夫」

「っ……! はああぁぁぁ~~~……」


 淡々としたその一言で、ナナ姫はようやく抑えていた呼吸を再開。走ることによって体が求めてきていた酸素を一気に吸引する。


「あれ……? ですがまだ、十分経ってなかったような……」

「そうだけど……でも、これ以上隠れてても無駄だと思うから」


 息も切れ切れに上目遣いで訊ねてきたナナ姫に、コガは先程自分が作り上げた言い訳をナナ姫に話す。


 そして、彼女に安堵の息を吐かせた後、立ち上がって周囲を確認。


 全力で走った勢いのまま、続けて気配を絶たせたのだ。コガ自身はまだまだ余裕でも、ナナ姫にはもう逃げる余裕なんて無い。

 走り続けれたのは勢いに依るところが大きい。

 もう走ることは難しい現状、正直この状況で見つかってはどうすることも出来ないといってもなんら間違いじゃない。


 だからこそ、確認は怠らない。

 例えもし本当に罠だったとして、どうすることも出来ないとしても。


「……………………ふぅ……」


 これだけの物音と喋り声を立ててもやって来ない……周囲に気を張り巡らせても、“隠れている気配”も動く気配も無い……。

 そうして自らの感知し終えてようやく、コガも安堵のため息を吐いた。


「本当に、大丈夫そうね」


 逃げ切れたよ、と安心露の声で続けようとした言葉は――




「がっ……!」




 ――立ち上がっていた彼女の右肩に金色のナイフが突き刺さったせいで、苦悶の声へと様変わりしてしまった。

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