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『最低基準値』の引き上げ修行(3)

前回のあらすじっぽいもの:「服、脱ごうか」

「………………………………はい?」


 あまりにも突然過ぎて、聞き間違いを疑ってしまう。


「だから服、脱いで」

「え? えぇっ? ……ん? んんっ!?」


 けれども聞き間違いじゃなかった。

 意味を履き違える要素も無い。

 言葉通りにしか受け取りようのない言葉だった。


 『変化術』を教えてもらう上で必要なことのようにナナ姫は思えなかった。

 だが同時に、このタイミングで言うということは必要なことなのかもしれない、とも思った。


 そんな、どうすれば良いのか分からない答えを求め、グルグルと色々な考えが頭の中を駆け巡る。


 教えてやる代わりに“そういった”行為を受け入れろ、といった下衆い空気を感じさせない、本当にアッサリとした物言いだからこそ、やらしいですセクハラです、と叫ぶことも出来なかった。

 叫んだ瞬間、真面目に修行をする気が無いんだ、あんなに決意を固めていたくせに疑うんだ、とかの脅迫すら言われず、常識すら知らないのかと小ばかにされそうな……そんな気さえしてしまう。


 『変化術』を覚える上でまず最初にしなければいけない常識的なことで、それすらも知らないくせに学ぼうとしたのかと呆れられてしまいそうな……。


 いやだがしかし、だからといって満天の星空の下で真っ裸になれというのも、おかしいことのように思えるのも事実。思えなかったらそれはそれで、その人に問題がある。

 この、断り辛い、よく分からない空気で言えば従うだろうと腹を括って演技をしている可能性も捨てきれない。

 相手が男である以上、そういったことをしてくる可能性は大いにある。


 ……と、そんな感じなことを、色々と複雑な思考経路を辿りつつ考えたところで、自分の体型を見る。


 下を見れば足首まで見えてしまいそうなほどスットンとした身体つき。

 凸凹のない、良いように言えばスレンダーな体型。

 悪く言えば幼児体型。

 十六歳にも関わらずコレだと、これから先の成長もそんなに期待が持てない、そんな身体。


(でもまだ身長だって伸びていってる途中だし下の……)


 と、それはこの際関係ない。

 ……ともかく、こんな体型を見ようとしたり触れようとしたりするだろうか、と思う。


 自分は自惚れているだけなのではと。

(男はとかく、凸凹が激しい女性が好きなはず。コガちゃんもスレンダーなほうだけど、それでもちゃんと胸があるのは分かる身体つきをしている。最低アレぐらいの女性を好きになると思えば、やっぱり修行に必要なことなのかもしれない。服を脱ぐのは)


 そこまで考え、ハッとする。


(……そういえば男の中にはこういった体型の方が好きな人もいると。本で読んだような……もしかしてそういったタイプの男性なのかもしれない……)


 悩む……ナナ姫はただ、ひたすらに悩む。

 分からない……どっちだろう……と。


 そして、出した結論は――



(――いや、もうどっちでもいいや)



 というものだった。


(こっちは教えてもらおうとしている立場。そういったことをされる覚悟がなければいけない。見られる、ちょっと触れられる程度は我慢しないと。むしろその程度の報酬で戦う術を教えてもらえるのなら安いものだと考えないといけない。もしかしたらそういう覚悟を見てきているだけかもしれない。本当に、やらしいことをされそうになってから、また考えればいい)


「……………………」


 そこまで、真剣に考えて……男――いや、漢らしい決断を下したナナ姫は、服を脱ぎに掛かる。


 白を基調としたワンピース。

 スカートにはフワフワとレースが入っていて、とても旅をするのには向いていないように見えるその服。

 けれどもレースも含めてその下半身にはスリットが結構深く入っていて――というよりナナ姫自身が入れたおかげで、動きやすくなっている。

 その服の上からつけていた皮の胸当てをまずは外し、胸元まである首元のリボンを緩め、通していた袖を抜いて……あとは、中で掴んでいる服から手を離せば、キャミとコルセットとショーツだけ、という状態になった。


 一度決断したのに、やはりここまでくるとそれなりに緊張はする。


 だが、覚悟を決め、手に込めていた力を――



「じゃあ、この中で脱いでくれたらいいから」



 ――抜くところで、アキラのそんな声が耳に届いた。



「…………………………………………え?」



 掴んでいた手の代わりに、声が抜けた。


 今まで考え事に必死で気付いていなかったが……アキラの横には、大きな土のかまくらが鎮座していた。

 いつの間にか。


 ……いや、厳密にはナナ姫が考え事をしている間に、だ。

 考えることに必死で気付いていなかったけれど、アキラはあれからも話しを続けていた。



 ――恥ずかしいだろうケド、ちゃんと周りからは見えないよう『形態変化』で場所を作るから、ちょっと待ってて――



 と。


「……ん? どうかし――」


 どうかしたのか……そう訊ねようとしたところで初めて、アキラはナナ姫をじっくりと見た。



 服を脱ぎ始めていたナナ姫を。



「――って、ちょっ……!」


 なんていえば良いのか分からず、顔を真っ赤にしてしまう。


「あっ、すいませ――」


 その様子を見て、状況を把握しようとまたまたボーっとしてしまっていたナナ姫が意識を取り戻し、自分の今の状態を思い出して焦りだす。



 そのせいで、中で掴んでいた服が、手元から離れてしまった。



 ストン、とワンピースが、土の上へと落ちた。



「――~~~~~~~~~~っ!!!!!」


 白で揃えた下着類と、お腹に巻かれたコルセット。

 袖の中に隠れていた真っ白な肌。

 月光煌く大地の下、一種の芸術性と神秘性を抱かせる、その凸凹がないからこその、美しい肢体。

 何ものにも染まっていない、染め上げてしまいたくなる、真っ白でまっさらな、その全て。


「…………っ!」


 パクパクと、何も言葉が出ず口を開閉させるアキラ。


 裸が見えたのはほんの一瞬。

 すぐに胸を両手で隠し、膝を折り曲げしゃがんだせいで、ほとんど見えなかった。

 いや、しゃがんだ“おかげで”、か。


 だが一瞬だったせいなのか、目を瞑っただけで先程の光景がまた瞼の裏に見えてしまうほど、鮮明に記憶された。


「ご、ごめんっ!」


 慌てて後ろを向く。

 目も強く閉じる。

 彼女がかまくらの中へと入る分には見えない位置に顔を向ける。


「…………こ、こちらこそ……」


 蚊の鳴くような小さな声でそう答えると、ワンピースを少しだけ持ち上げて、下に落としていた胸当ても拾って、ひょこひょことしゃがんだまま器用に歩いて、かまくらの中へと向かう。


 正直、同姓になら裸は見慣れられている。

 これでも『一県』のお姫様で、毎日メイドにお世話をしてもらっていたのだし。


 だからこそ、なのか。

 咄嗟に大声を上げることがなかったのは。


 ……まぁ、恥ずかしすぎてあげることも出来なかった、の方が正しいのだろうが。

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