出会い(1)
時と、場所は流れ……とある道路での出来事。
強く握る手は、あの時決して離さないと誓ってくれた、その絆を体現しているかのようだった。
籠の中の雛鳥だった自分を解放して、ずっと羽ばたくための道を示してくれていた彼女。
そして今も手を引いて、自分と共に逃げてくれている彼女。
その前を走る女性を見て……ナナ姫は、何度目になるか分からない、心の中での感謝の言葉を呟いた。
コガちゃん。ありがとう、と。
「…………」
でも今は、その感謝の気持ちを言葉にしている場合じゃない。
……追われている。
自分を連れ戻そうとしている一団の二人が、自分と前を走る女性を狙って、追いかけてきている。
かれこれ三十分ほどだろうか。
真昼の雲一つ無い蒼空の下、建物の間を縫いつけるように、通っていない道を作らないように、薄暗いことなんて気にも留めず、手を引くナナ姫を気遣いながら、陰の中を、息を切らして走り続けてくれている。
とりあえずやり過ごせればいい。今だけでも目を眩ませられればそれでいい。そうすれば、交通路を見張られようとも、抜け道を見つけ出して逃げ遂せる自信が、コガにはあった。
だから街の中で、建物の間なのだ。
隠れられる場所を探しつつ、隠れられる場所を見つけても、見られているかもしれなければその場を見過ごし走りぬけ、確実に安心できる状況になれるまで隠れることはせず、ただひたすらに足を動かし逃げ続ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
けれども、それももうそろそろ限界。
いまだ探されている気配を、コガは背中に感じている。
追いかけられているのは確実。
確認のためにと直線の場所で首だけを後ろに向けてみれば、遠くにその人組の男女の姿が視認できる。
まだまだ逃げ続けなければいけない。
しかし肝心の、守らなければいけないナナ姫の足がもつれそうなほどに、上体がフラフラとしてきていた。
……そう。限界なのは、守らなければいけない、ナナ姫の方だった。
「…………」
このまま逃げ続けてもすぐに捕まる……ならば隠れても同じか。
そう決断を下し、始めてつい十分ほど前に通った道へと曲がり、走りながらも横目で見つけた隠れられる場所へと二人身を滑り込ませ、精一杯奥へと移動してしゃがみ込む。
固めた土で舗装された道を挟み込みながら沿うようにある茂み、その片側の中。路地彩るための茂みなせいか、入り込んだ二人にその葉を必死に押し付けて、衣服にその匂いを染み込ませようとしてくる。
道路自体はよく使われているように見える。はっきり言って、隠れるのに適した場所のようには思えない。
故に先程、一度はこの場所を見送ったのだ。曲がってすぐに隠れられる場所がこうしてあったにもかかわらず。
でもだからこそ、逆にこんな路地の中に入り込んで隠れているとは相手も思わないだろう。
そう考えての――いや、思い込むことでなんとか安心感を得ようとしての、行動だった。
しかし如何せん、葉の高さが足りない。
しゃがみ込んだところで、コガの頭が茂みから出てしまっている。
子供のナナ姫はしゃがむだけで十分だが、女性として平均身長はあるコガはそうもいかない。いくら奥に逃げてもこれではバレてしまう。
ただそんなもの、彼女自身も理解している。
だから、茂みの一部に触れ、“その力”を発動させる。
茂みの形状を変化させ、少し上へと伸ばし、頭を隠せるほどにまで高くして、けれど不自然にならないようこの一部分以外も高くして……。
……慎重に、変化させる速度はゆっくりと……急ぎ、早くし、葉を揺らし、音を鳴らすような真似はせず。
もしそんなことをしてしまえば、文字通り袋のねずみ。
早く、そして完璧に隠し切りたい気持ちを抑え込み、繊細に、しかし速やかに……身の回りと少し離れた場所の茂みを、ゆっくりゆっくりと、高く伸ばしていく。
「っ」
まだ完璧には隠しきれていない。
しかしコガは“その力”を止めた。
自分達が逃げてきた方向から、複数の足音が聞こえてきたから。
さすがに、目の前で茂みを伸ばしてしまえば音を抑えていようと関係がなくなってしまう。
触れていないと“この力”は扱えない。それは常識的なこと。
だから、伸びているのが見られてしまえば、必然茂みの中を注視されてしまい……終わりになる。
だから完璧でなくとも、止めるしかなかった。
後はただ、見つからないよう祈りながら、息を潜め、気配を消し……静かに、自分のことなのに、事の成り行きを見守ることしか出来なかった。




