宿の中の出来事(2)
前回のあらすじっぽいもの:風呂に入るのは危険と判断し、部屋へと戻る。そして水を飲んだ後、再びコップに水を注いで…
「…………」
そのまま水を見つめ、時間が五分ほど経ったぐらいか。その中に変化が置き始めていた。
水の中に、一本の木の枝。
まさに水から木への『変化術』。
短剣を隠し持ち、さらには建物の中という環境下での。
確かに、人の手で建てられた建築物内であろうとも、『変化術』自体は可能だ。
直接金属を持っていようとも、時間さえかければ出来ないことでもない。
あくまで『形態変化』だとすぐさま崩れてしまうだけの話で。
ただ『変化術』程度でこれだけ時間が掛かるとなると、実戦では使い物にならないから、出来ないとされているだけ。
それに、純粋に難易度も高くなる。
水が木に変わる様を五分間、想像・集中し続けなければいけない、というのだから、その難易度は相当なものだ。純粋に疲労を伴うし。
それにこれはあくまでアキラだからこそ五分で済んでいる。他の人ならさらに三~五――なんなら三十分程掛かってしまう人だっているだろう。
ちなみに野外で、いつも通りの装備でなら、アキラは六秒もあれば水から木・火・土・金を経由して、また水へと戻すことが出来る。
それもこんなに集中せず、片手間に意識を向けるだけで、だ。
「……うぅ~ん……まぁ、外で修行するわけにもいかないし……」
今日はこれで良いか、と諦めたようにコップの中に生まれた枝を見る。
いつも行っている修行。
自分の強さを維持するためにする、『変化術』の特訓。
属性を何週もさせたり、『形態変化』に磨きをかけたりといったソレ等を、今日はこの建物にいないといけない以上、行えない。
筋トレは出来るし、素振りも……まぁ使い慣れた獲物ではないが、隠し持ちこんだ短刀二つで出来る。
けれども、こればかりはそうもいかない。
そこでコレである。
建物の中で行う『変化術』一周。
とんでもな集中力を用いるソレを訓練にしようと、そういうことだ。
というわけ早速開始。
極力人工物を取り除くため、服を脱いでいく。
上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ズボンを脱いで、腕に仕込んだ短剣のベルトを外し、上半身裸にパンツ一枚になる。
服を脱いで『変化術』を使うのなんて本当に久しぶりだった。
それこそ、『変化術』を学び始めた頃を思い出す。
そんな懐かしさのせいだろう。アキラ自身、妙な高揚感に包まれている。
パンツを脱いでも何故か熱を帯びていて、身体がずっと暖まり続けているような、火を身体の内側で燃え上がらされてしまっているような、そんな気がしてしまって――
コンコン。
「ちょっといい?」
――そしてそれ故に失敗してしまった。
「どうぞ――」
その言葉は……アキラ自身の口から。
「――っ!」
自分の口から滑り出た言葉に自分で驚く。
自分の中にあった燃えていた何かは一気に乾き、代わりに変な汗が背中からドバッと吹き出てきた。
先程までとは違うネバッこい熱さが身体の中にも外にもやってくる。
鍵を掛けていないせいで開かれていく扉を見ながら、自分の大失敗を大いに悔いた。
一糸纏わぬ姿になっているのも忘れ、入っていいかどうかの確認の声にどうぞと返してしまった己の愚かさを責めに責め続けた。
遅すぎるけれども。
「いや、ちょっ――」
今から服を着るのはとても間に合わない。
せめてパンツだけでもと慌てた結果、唯一手元にあったソレを落としてしまう結果になった。
だからと、とりあえずでも隠れられる場所なんてあるはずもない。
水がめが置いてある場所は入り口すぐ横のちょっとした場所だ。
部屋へと一歩踏み入る前に自然と視界の中に入りそうなほど抜群な立地条件と評価できる窪みの中。
見通し抜群。
かくれんぼでここに隠れたら一発で見つかる。
「――と待っ――」
ならどうすればいいのか。
自分の裸を女性に見せないためにはどういった手段を取ればいいのか。
開いていくドアを抑える? 抑えに向かっている段階でふるふると震える下半身とご対面必至。
いや案外視界は顔を向いていてくれるか? なら今からでもドアを抑えに行けば――
――と一歩を踏み出したところで、コガの斜め後ろから部屋の様子を見ていたナナ姫と目が合った。
ちょうど開いていくドアの隙間から中が見える位置にいたせいで。
「――て……」
ナナ姫的には、なんとはなしに開いていくドアを見ていただけだった。
開いていく途中で中が見えたからなんとなく視界をその中へと向けただけ。
そしたら裸のアキラである。
視点が低い中見上げていたせいで、上半身が裸なのが見えてしまうのは当然だった。
そしてこれまた当然ちょっとしたパニックになる。
――こういった突然の出来事に人は、元々の見やすい視点へと一度視界を下げた後、誤魔化すように色々と周囲を見てしまうそうな――
だから下がった視界には……男性のアレが遠目とはいえ見えてしまって……いやもちろんその後は周囲を見渡し始めるのだけれど……それでも一瞬とはいえ――いや一瞬しか見えなかったせいで、ソレが強烈に脳裏に焼きついてしまって……。
「…………」
自分の守るべき子がそんなことになっているとは露知らず、コガもまた半分ほどドアを開いてようやく、一歩踏み出し手を伸ばしている男を見た。
顔から首から胸から股間から足の先まで何も纏っていないのを一通りじっくりと確認してから、真っ裸なことをかなり遅れて理解して、慌てすぎているせいか身体がいうことをきかず、そのドアをゆっくりと閉めることになった。
その顔はコガにしては珍しく、仄かに赤くなっていて……。
「…………」
そして、部屋の中に残った男は無言。
閉まったドアを、ただただ静かに、薄ボンヤリと視界をボヤけさせたまま、見つめるだけ。
慌てて何かを止めようとした格好のまま。
「…………」
「…………」
ドアの向こう側の二人も無言。
双方とも、扉を挟んで別ベクトルの羞恥の空間に支配されていた。
「…………………………とりあえず、服着たら呼ぶから」
「……お願いします」
先にその支配をなんとか破ったアキラの声に、返事をしたコガの声は……震えていた。




