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旅の始まり(4)

前回のあらすじっぽいもの:歩きながら色々とお話

「おっ、見えてきた見えてきた」


 そんな出来事があってからさらにしばらく歩いて、ようやくアキラの目的地に辿り着いた。

 一軒家の民家の入り口横に、木の変化術と形態変化で作ったようなカウンターがあるその場所。「店」なんて大仰なものではなく、物々交換をしやすくするため、家の横に急造的にそのカウンターを作り上げたように見える。

 形態変化でそのまま屋根を作らず、布を被せて日差し除けにしているところに、ちょっとした拘りが見える。


「おばちゃんっ」


 コガとナナ姫を少し遠い場所に置き、アキラはそのカウンターに駆け寄り、中にいた年配の女性に声をかける。


「荷物、預かってくれてありがとう」

「ああ、さっきのお兄さんかい」


 カウンターの奥で作業をしていたおばちゃんが、アキラの声に作業を止め、わざわざ振り返ってくれる。


「良いんだよ、それぐらい。気にしなさんなって」


 彼に向けて人当たりの良い、安心できる笑みを浮かべると、カウンターの下に手を突っ込む。そして少し小さなナップザックを、カウンター上に置いてあった野菜類の隙間に乗せてくれた。


「ほらこれ、預かってた荷物だよ」

「本当、助かったよ。いきなり追いかけてくるからさ~……こんな重い物持ったまま逃げ切れる自信も無かったし」

「良いって良いって。アンタにはこのカウンターを修理してもらったんだしね。それよりも、なんで追いかけられてんだい?」

「いや~……あの追いかけてきたの、幼馴染なんだけどさ……どうもオレを連れ戻したいらしくってね~……オレはイヤだって言ってんだけど」

「故郷かどっかにかい?」

「ま、そんな感じ。ただまぁ、オレも会いたいと思ってたし、ちょうど良いと思うことにしようかな、って今考えてるとこ」

「喧嘩別れしてたまんまってことかい」

「そんなところです」

「なるほどね。ま、幼馴染なんだろ? いつか仲直り出来るよう頑張んなっ」

「うんっ、ありがとっ」


 お礼を言い、ナップザックを受け取って、背負うことなくコガとナナ姫のもとへと戻ってきた。


「さて、んじゃあ早速……と」


 そのナップザックを地面に置き、中を開けて二つの道具を取り出す。



 傷だらけの方位磁石と色褪せた日本地図。



 四十七都道府県の区切られた線が辛うじて見えるだけのその地図上に、文字盤が消えた方位磁石を乗せて方角を取る。


 さすがに、この辺りの街並みが書かれた事細かな地図は持っていない。いや、そもそもそんなものが今の時代にちゃんとしたものとして作られているのかどうかすらも怪しい。

 もしこの日本地図のように昔のものが見つかったとしても、これとは違っているだろう。建物の立地から地形までの、何から何まで。


 ……いや、それを言い出すと、この日本地図も今とは違う。

 確かに日本の形は変わっていない。けれど、都道府県の数は四十一に減ってしまっている。


 それにもう……都道府県としての形も成していない。

 電気やガスや水道その他諸々のあらゆるライフラインが衰退し、『変化術』という新たな力を人類全てが得て、さらにもう一つ特別な事情が世界に蔓延ってしまった今……それはもう、一つの小国と称してもおかしくはない体制が出来上がってしまっていた。



 地球に隕石が落ちると発表され、たった十年であらゆる地下をシェルターに改造し、資材と技術と人間を非難させ、その脅威から身を守り、再び地上へと出てきた人間は……地下へと非難する前とは、違ってしまっていた。



 技術と資材はあった。

 だから昔のように、鉄筋コンクリートの建造物が立ち並ぶ。


 しかし同時に『変化術』もあった。

 だから道路を作るなら土を固めた方が都合がいいという話になり、実際そうしてしまった。



 避難する前の世界で言うところの、「“現実”と“幻想”が融合した世界」。



 ソレが今の日本という国だった。


「必要なのは方位磁石だけだけど……ま、ついでにね。今いるのがこのオカヤマってところだから……って、二人は西から来たってことで間違いない?」


 地図で現在いる地方を指差しながらのアキラの言葉に、物珍しそうにその地図を眺め続けているナナ姫の変わりに、コガが顔を上げコクリと頷きを返す。


「そか。それじゃあ次に行くのはこの隣……ヒョウゴだね」


 グルリと、指先で一つの『くに』に丸を描いた。


「…………あなたも――」


 聞こえてきた声に顔を上げると、いまだアキラを見ていたままのコガと視線が合った。


「――私たちと同じで、西から来た?」

「まぁ、そういうことになるかな」

「だったら、この地図が正確じゃなくなってるってこと、分かってる?」

「分かってるよ。ヤマグチって地名の場所が、ヒロシマに奪われてたって話だよね?」

「そう」


 現在、四十一になってしまった都道府県。

 その無くなった六つの内の一つは、戦いによって敗れ、占領された。


 とはいえトップが替わっただけで、その地域に住む人にはなんの変化も無いに等しいのだが。

 少なくとも、今現在は。


「でも、それがどうかしたの……?」

「…………別に。知らなかったら、教えておきたかっただけ」


 何を考えているのか分からない無表情さで、フイっと視線を逸らされてしまう。


 さっき他にもう一集団が追いかけてきていると告げてきたのと同じだ。

 また「教えておきたかっただけ」で言ってきたのだろうか。


 それとも……。


「っ!」


 ……と、その意図を探ろうと何か質問してみようかなとアキラが考えていると、突然コガが顔を跳ね上げるに空を見上げた。


 どうしたのか、と訊ねるより前に、それは空を見たのではなくて、突然の出来事に驚き、反射的に上を向いてしまっただけなのが分かった。


 上を見ていたのに、すぐさま周囲に視線を巡らせるその動き……歩いてきた方向を首が取れそうなほどの勢いで見て、次に同じ動きで反対側の通路の先を見ていて……。


 ……その反応だけでアキラは理解した。


 敵が、来ているのだと。

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