旅の始まり(3)
前回のあらすじっぽいもの:アキラと名乗った男との、三人の旅の始まり
「……そういえば聞いておきたいんだけど」
しばらく無言で歩いていると、ふと、アキラが後ろを振り返ることなく、どちらでも良いから答えて欲しい、というニュアンスで口を開いてきた。
「二人を狙ってる連中、あいつらの規模ってどれぐらい?」
「…………」
「…………」
どちらからも返事がやってこなかった。
仕方なく、言葉を付き足し選びなおし、同じ質問。
「何も狙ってきてる目的が聞きたいんじゃないって。ただ直接戦うのはオレになる訳だしさ。せめて戦力ぐらいは把握しておきたいかなって話」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………規模は、アレ以上と見て間違いない」
これは返事が期待できないな、とアキラが諦めかけたところでようやく、躊躇いがちなコガの言葉が届いた。
「詳しくは言いたくないけれど、アレはあるところの暗殺部隊。全戦力を投入すれば、裕に二百四十人は超えていると思う」
「そんなにか……数を聞いただけでウンザリだな」
「でも、さすがに全戦力投入はあり得ない。おそらく私たちを追う部隊の人数は多くてもその三分の一」
「つっても、最高でも八十人はいるってことか……」
あの実力で八十人もいてくれるなら負けることは無いか、と心の中で分析し――
「――まあ、大丈夫かな」
事も何気にそう呟いた。
その、本当に軽い物言いに、その言葉を本当に信用して良いのだろうか、とコガとナナ姫は一抹の不安を覚える。
頼もしい、とすぐに思わせるほの時間を過ごしていないのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。
「ただ、その暗殺集団のほかにも、狙ってきている組織がいる」
「えっ?」
「こちらの規模は四人程度だけれど、無視は出来ない」
不意に、補足説明のように……けれどもロクに聞かせる気もないよう一息に紡がれ聞こえたその言葉。
詳しく聞こうと首だけを後ろに向けるも、当のコガは斜め下を向いたまま目線を合わせようともしない。
どうやらこれ以上そのもう一方の組織について話す気は無さそうだった。話してしまえば、明かしたくないことまで明かしてしまうということか……。
まぁ自己紹介の時、アキラにはナナ姫が“姫”だということは明かさなかった。ただの一少女としてナナを紹介していた。
追いかけてきている組織について話すとなれば、その辺りも話さなければいけないのは明白。だからコガも、詳しくは言えなかったのだ。
ちなみにそのもう一方の組織とは、最初に茂みの中へと隠れる原因となった、あの追いかけてきていた二人組みがいる組織のことである。
「…………まあ、良いけどさ」
答えてくれないことに苛立ちを覚えることはなく、誰ともなしに呟いて、また前を見て歩いていく。
疑問を感じないでもなかったが、どういうわけか、いくら問い詰めようとも答えてくれなさそうだったので、深くは聞かないことにした。
おそらく心の片隅にでも留めて置いてほしい、という意味合いのことだったのだろうと思うことにして。
そこからは特にこれといった会話はなく……後ろの二人同士ですらも、言葉を交わすことなく……アキラが荷物を預けた場所に向けて黙々と歩を進ていく。
次第に、パラパラと人が増えてきた。
買い物帰りのように見える人、農作業帰りのように見える人、実に様々だ。
風景だって田んぼや畑から、民家が立ち並ぶ場所になってきた。中には個人経営と思われるパン屋や診療所まで見えてきて、人が住んでいるという空気が漂ってくる。
気がつけば太陽の位置が大きく傾き始めていた。あと一時間もすれば、あの太陽は赤い夕陽へと変わってしまうかもしれない。
そんな中で子供達が、木の枝で土に線を引いて遊んでいる光景が飛び込んでくる。
それが微笑ましくて、こんな場所で襲われたくないなと、そんな気持ちにさせられる。
「……大丈夫」
また、アキラの後ろから、先程と同じ声。
「心配しなくても、今はやつらの気配は無い。見張る気配も誰かを探す気配も無い。だから安心して」
先程聞き逃した声がようやく耳に届いたかのように久しぶりに聞いたその声。それによって告げてきた内容は、警戒していたアキラを気遣うものだった。
どうやら安心させるつもりだったのだろう。
それが……コガとナナ姫の二人だけで、どうして今まで逃げながらの旅が出来ていたのかを、アキラが分かる言葉でもあった。
自分の警戒心が伝わった。これはアキラでも分かる。
人間観察が出来る人ならば、背中を見ているだけでその人が怯えているかどうかぐらい分かる。
だから警戒しているのを安心させるために、周りに敵がいないと教えてくれたのだろう。
だが問題は、安心させるために放った、その言葉だ。
やつらの気配は無い? 見張る気配も誰かを探す気配も無い? それはつまり、一人一人の気配の違いを読むことができ、またその気配によって相手がどういった感情を抱いているのかが分かる、ということだ。
その人を直接、見てもいないのに。
アキラ自身も、気配を探ることは出来る。が、精々そこに人がいるかどうかを知れるのが限界だ。
それなのに、それ以上のことをしてのけている。
これなら確かに、「戦闘になる・ならない」ではなく「敵と会う・会わない」での警戒が出来る、ということだ。
この敏感なほどの気配察知能力こそ、二人だけで逃走劇を続けられた理由なのだろう。
アキラはその、純粋な強さとは別の凄まじさに、心の中で賞賛の声を送っていた。




