何もしないで返した
「何を考えているんだか……」
シェールは、道の先を歩く女の子の影を見つめながら言った。
彼女は当一の方を何度も振り返って、頭を下げながら実家への帰路についている。シェールの隣の当一は、それに手を振って答えていた。
当一は、女の子には一切手を出さず、彼女を解放する事を選んだのだった。シェールはそれが不満のようである。当一に向けて食ってかかった。
「あんたは何のためにジェズルをやるつもりなの? 他のみんなは、こういう役得があるからジェズルなんていう、厄介事を引き受けるのよ。自分からその役得を手放すなんて、信じられないわ」
「役得といっても、受け取るのも手放すのも、本人の自由だろう?」
「それはそうだけどね……私が一番気にしているのは、あなたが後になって『ジェズルなんて事をやらされて、一体俺に何の得があるって言うんだ』って言い出す事なのよ。
適当に美味しい思いをしてもらわないと、後になって困るのはあなたじゃなくて私なのよ」
「それなら、俺がジェズルの役を最後まで引き受ければいいわけだな」
シェールはそう聞くと渋い顔を作った。彼女は、何の役得も無しに当一が動くなどとは考えられないようだ。シェールは、当一に甘い汁の味を覚えてもらいたいのだろう。
「お前のシュヴァリエっていうのは、ああいう子を助けたりはしないのか? 相手が怖がっているのに、無理矢理戦ったりするのが、お前の騎士道なのか?」
「敵と正々堂々を戦う事の何が悪いの? むしろ、あの子は逃げ出した。敵に背を向ける事こそ、卑怯者のやる事よ」
「それはお前にとって絶対普遍の真実なのか? 俺に餌をやりたいから、獲物を逃がしたくなかっただけじゃないのか?」
当然、あの子のジェズルを倒さなければ、当一があの子に命令を下せるという状況にはならなかった。あの子の事を卑怯者などと言ったのも、それを隠すための言い訳にすぎないように、当一には聞こえた。
それを聞いて、シェールはそっぽを向いた。彼女は確かに当一に餌をやるために獲物を狩ったのだ。彼女自身それは分かっている事であるため、何も反論する事はできなかった。
「俺はジェズルを続ける……だけど、その理由は美味しい思いをするためじゃなくて、お前の事を止めるためだ」
当一は、そう言ってシェールに力のこもった目を向けた。それを横目で受け取るシェールはどこか不満げである。