こわれた瞬間
「このたびは、僕が君の次の師になる事が決まった」
それを聞いて、私は足元が崩れるような絶望感に襲われた。だが、喉は張り付き、腕にも力が入らない。気力が起きず次にどうすればいいのかも考えるのも面倒だ。
だた、胸に嫌な感覚がふつふつと浮かぶだけである。
だが、ヴィッツの目に見える反応はしなかった。
ヴィッツは話し続ける。反応の無い私に、さらに問いかけるようにして言葉を続けた。
「王の候補者の師となると、いくつも役得がある。候補者の親はもちろんそれなりに身分の高い人間だ。そんな人たちとお近づきになる機会にも見舞われる。
もし、君が王の資格を得るような事になったら、王を育て上げた人間っていう称号だって得る事ができる。
君らのような候補者達の指導者ってのは、それだけ美味しい位置なんだよ。
『あんな事』は水面下で行われている策謀の一つにすぎないんだ。
君の前の師だったレーズだって、どうやって君の師の位置に座ったかなんていうのも、分かったもんじゃない。
それに君だって、三年後には否応無しに戦う事になるんだ。いつまでもヌケガラのようにしているわけにもいかないっていうのも分かるだろう? 今から強くなっておかなくちゃいけないし、そのためには指導者が必要だ」
ヴィッツが言っているのはヴィッツ自身の本音だ。私の父親は現在の王の従兄弟にあたり、国政でも重要な役割に座っている。私の師になるという事は、その父に近づけるという意味もあり、私が王になれば、周りの人間がヴィッツを色メガネで見る事になる。
そして、そのために彼は私の師であるレーズを、汚い方法を使って殺したのだ。そして、その卑怯な行いを『あんな事』と言い切ったのだ。
「それに、君が嫌だと言っても僕が君の師になる事はもう決定したよ。君の親に取り入って、次の師になる事を決めてもらったからね」
そして、ヴィッツはそう言葉を続ける。また何か汚い手でも使って私の師の位置に立ったのだろう。
私は、胸に居座る悪い虫がはじけ飛ぶような感覚を感じた。その時が私の人生がねじれた瞬間だったのだろう。
逆に胸はすっきりしてきた。その瞬間には、新しい自分に生まれ変わったかのような、新鮮な気持ちすらあった。力が入らなかった手にも、活力が湧いてきた。泥の中で身動きが取れないような拘束感から解き放たれた私は、ヴィッツに向かって笑顔を見せた。
「何を言っているんですか? 私は嫌なんて一言も言っていませんよ?」
私がそう言った時、ヴィッツは身を引いた。私は笑顔を作ったつもりだったが、ヴィッツは私の表情から何か得体の知れないものでも感じたのだろう。
「ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
親から躾けられている物腰の柔らかい礼をして、私はヴィッツにむけて言った。
困惑をした表情をしながらも、ヴィッツはその言葉を受け入れた。




