幻想バレンタイン
下原和咲は問題児だ。周りからは不良という扱いを受けている彼女だが、本人は全く気にしていない。髪を茶色に染め、ピアス穴を開け、制服を改造し、とにかく校則違反をこれでもかという位してそれでもまだ足りないかのように振る舞う。当然異色の存在に生徒は誰も近づこうとしない。先生達ですら彼女のことは半ば諦めていたくらいだ。
そこで同じクラスの委員長である私に白羽の矢が立った。対外的に優等生を演じていたことが、不幸にも災いしてしまったのだった。半ば押しつけられるように命を受けてから数ヶ月が経つ。
以来昼休みになると私は必ず彼女の元へと向かう。当初は彼女を更正させることが目的だったが、通っているうちにその目的は大きく変わった。気が付くと私は規則に縛られない彼女の姿に惹かれていたのだ。そして彼女もまた、外見を気にしない私のことを受け入れてくれていた。
それは今日二月十四日、バレンタインの日も同じだった。私は必ず彼女に会いに行く。決して関わることのないような二人が、唯一本当の自分を出せる相手だから。
四時間目の授業が終わり、昼休みになった。クラスでは一斉に友達同士でチョコレートを交換し始める。「委員長は今日もアレのとこ行くの? 毎日大変だね」
そんなクラスメイトの声を背に受けながら、教室を出ていこうとする彼女の後をつけた。
彼女が向かった先は立ち入り禁止の屋上。階段の下から様子をうかがうと、ポケットから鍵を取り出して扉を開く彼女が見えた。私は深呼吸をして階段を上っていった。
古びた音をたてて開いた扉の先には広い屋上があった。冬の屋上は冷たい風に晒されている。彼女はその先のフェンスに腕を乗せ、どこか遠くを見つめていた。私はもう一度深呼吸すると彼女の元へ向かった。
私の気配に気が付いた彼女はこちらを振りかえった。口に火のついた煙草をくわえ、銀色のライターを弄っている。私は彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「今日も寒いわね」
私は眠そうな目の彼女を見上げた。
「もう毎日だから慣れちゃったけどな」
「ごめんなさい。毎日こんな事させて」
そんな謝罪の言葉に彼女は慌てる。
「そういう意味じゃないってば」
普段は全く表情の変えない彼女のこんな姿を独占できるだけで、寒さを我慢する価値はある、と私はそんなことを思った。
「私にも一本ちょうだい」
新しい箱を開けようとする彼女に声をかける。
「いや、未成年でそれはまずいでしょ」
煙草をくわえた相手にそんな正論を言われ、思わず笑ってしまった。言った本人もうっすら苦笑いを浮かべている。
「あなたがあんまりおいしそうに吸うから悪いのよ」
「だからってさ……だってアンタは――」
そこで彼女はハッとして言葉を切った。委員長だから、とでも言おうとしたに違いない。それを言ってしまえばここでの関係が終わるような気がした。私たちは今にも崩れてしまいそうな危うい関係でしかない。
「そんなことより、今日はあなたにいい物があるの。今日は何の日か、知ってる?」
そう言って私は制服のポケットから小さな箱を取り出した。
「何? それ」
「チョコレートよ。今日はバレンタインだもの」
必死に隠していたが、正直私はかなり緊張していた。
「バレンタイン、ねえ……まあでもありがたくもらっておくよ」
彼女は悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、私の隣に座って続けた。
「バレンタインは自分の思いを伝える日じゃなかったっけ。何か言うことは?」
あなたが好き――とそんな言葉は出てくるはずが無かった。好きだとか愛してるだとか、そんなに綺麗な関係じゃない。私達はただ互いに依存しあっているだけなのだ。それは私だって分かっていた。何かの弾みで溶けてしまうような、曖昧な関係。それはきっと彼女も理解している。
でも、それでも。
「ずっと一緒にいてください」
今の私にはこれが精一杯だから。その言葉に彼女は黙って頷いた。
黙って空を見つめる私に、彼女は新しい煙草の箱を差し出した。ほら、と言うように顎で指す。
「チョコのお返し」
何も言わず一本だけ抜き取ると、銀のライターで火をつけてくれた。息を吸うだけで、苦い煙が私の中に突き刺さる。
「全然おいしくないじゃない」
涙をこらえながら、それでも笑って吸い続けた。
それでも私達ははここにいるしかないのだ。私が私であり、彼女が彼女であるために。




