五 渡り廊下でついてくるモノ
プールの話とかぶってしまうのだけど、雨の日の渡り廊下に出る怪物を知っているかしら。
この学校の渡り廊下は、二階にある教室棟と美術室や職員室のある実習棟とをつなぐ所にしかないわよね。
あそこを、足早に駆け抜けていく人を見たことがない?
その人達は、普通に急いでいるかそれとも、渡り廊下でアイツに会った事があるかのどちらかでしょうね。
便宜上、怪物としたけれども本当のところはわたしにもわからないのよ。
ただ……いえ、その前にわたしが後をつけられた時の話をしておきましょうか。
最初に言った通り、その日は雨が降っていたわ。
わたしは忘れ物をしたので、友達と別れて教室に戻り、一足遅れて音楽室に向かったの。
昼休みで、まだ時間はあったわ。ただ、テストがあるから、友達は練習のために先にいったけどね。
わたしは肝心のリコーダーを取りに戻ってたのよ。
それで、階段を降りて渡り廊下に差し掛かったところで、妙な気配がしたわ。
ありがちな表現をするなら、嫌な予感と言えばいいかな。背筋を撫でるような、そんな感覚が渡り廊下の入り口からしていたの。
照明は消えていて、外は薄暗い。他の誰かの声も聞こえない、雨の音だけがする渡り廊下は、どこか人の出入りを拒んでいるようにすら思えたわ。
そのとき、わたしは噂を知らなかったの。走り抜けていく人だって、会っていただろうに気に求めていなかった。
だから、わたしは嫌な雰囲気も陰鬱な天気のせいだって決めて、渡り廊下に足を踏み入れたわ。
一歩、二歩。
何事もなく、歩いていけたのはそれだけ。三歩目を踏んだ瞬間、背後で音がしたの。
ズルリッ、ベチャッ。
二つの音だったわ。
映画とかであるような、液状の何かが天井から落ちてきた。そんな音。わたしは驚いて、後ろを振り返ったの。
振り返って、でもそこには何もなかった。
ただ、水たまりが一つあっただけ。でも、気のせいと言うには変なのよ。
だって、そこに水たまりなんてなかったもの。
不気味な水たまりを確かめようなんて、そんな気には当然ならなくてね。わたしは、無視してでも、怖いから少しだけ足早に渡り廊下を抜けようとしたわ。
ズルリ。ズルリ。
目測で、八メートルほどの渡り廊下。そこを抜けようと歩くたびに、音がするのよ。
ズルリ、ズルリ。
ズルリ、ズルリ。
音は徐々に、わたしににじり寄ってきているようで、どんどん大きくなっていったわ。
渡り廊下を半分も過ぎたころには、もう真後ろに立っているような気配がするくらいに。
それに気がついた瞬間、わたしは無我夢中で走ったわ。
一気に渡り廊下を駆け抜けて、階段を登り、三階にある音楽室へと駆け込んだの。
あまりに勢い良くドアを開けたせいか、先に来ていた友達たちが何事かって顔で、こっちを振り向いて……顔を青く染めて悲鳴をあげた。
それで、わたしも理解した。渡り廊下のあいつが、まだついてきてたんだって。
実際、気配はまだ残っていたしね。
だから、恐る恐る振り返ったのよ。怖かったけど、何かがいるのを確かめずにはいられなかった。
そうして、そこには……。
あいまいでごめんなさい。でも、わたしもあいつの正体を話すことができないのよ。
いいえ、説明ができないって言えばいいのかしら。
何といえばいいのか。おおよそ、わたしが知っている何かには絶対に似ていない。不定形のようでいて、でも変動しているわけじゃない。
おおよそ、口で説明することのできない姿をしているの。
それであって、おぞましいということだけは理解できる。そんなやつが、渡り廊下には住み着いているの。
何がしたいのかも、分からない相手だけれどね。
もしも正体や姿形が気になるならば、雨の日に行ってみるといいわ。あの渡り廊下に。