四 プールから伸びる無数の手
みんなは、深夜の学校でプールに入った経験ってあるか。あー、いや普通はねえか。
夏場はプールに水を張りっぱなしだから、忍びこむことさえ出来れば割りと簡単に入ることはできるんだよ。
このへんは夜でも暑いからな、案外と涼めるんだ。
もっとも、俺はこの話を聞いてからは入る気にはならなくなったけどな。
ああ、ありきたりな始まりで悪いけどこいつは――友達の友達に聞いた話だ。
その日は、暑苦しい夜だった。
A太と何人かは夜遊びの常習犯で、暑苦しい夜でもカラオケやファミレスとかみたいに、涼しい室内を練り歩いてたんだ。
でも、そんなのを毎日のように続けてれば当然、金はなくなる。かと言って、家に帰るにはまだ早い。そんな時間だったらしい。
それで、連中が移動したのは自分たちが通う学校のプールだった。
侵入経路とかは、もう手慣れたもんでな。瞬く間に目的の場所に到着して、パンツ一丁で飛び込んだ。
男ばかりだし、暑かったらそんなもんだろうな。
適当に泳いだり、水かけたりして何時間か過ごしてそろそろ帰ろうかって時に、誰かが言ったんだ。
「なあ、最後に往復してビリだった奴がジュースを奢るってのはどうだ」
A太たちの間では、よくある賭けごとだった。だからか、メンバーは深く考えずに了承して、それぞれが飛び込み台に登った。
全員で五人。スタートの合図で飛び込んで、一斉に二十五メートルのプールを、思い思いの泳ぎ方で往復する。
それだけの、簡単な競技のはずだった。
異変に気がついたのは、A太が最初だったらしい。
プールの底から、何か白い物がゆっくりと生えて来てたんだ。あまりにも色が薄いそれは、ふとすれば見逃してしまいそうなだったが、たまたま排水口の近くが変色していたから気づけたと言ってた。
それが全体を見せるその前に、怖くなったA太は慌ててプールから飛び出して、友達たちに叫んだ。
「何かいる、早く出ろ!」
レースに夢中になってるのか、あるいは妨害の何かと思ったのか、誰も初めは聞き入れなかった。でも、何度も何度も繰り返し叫ぶA太に不信感を持った一人が立ち止まって、ようやくそれに気がついた。
プールの底から、白い手が伸びてきていたんだ。
ゆっくりと、あちらこちらから伸びる手はプールにいる友達を捕まえようと動いているようにも見えたらしい。
当たり前だけど、それで怖くなった面々はとにかく無我夢中で泳いでプールサイドへと上がっていった。
途中、何度か手に掴まれて水の中に引きずり込まれようになったみたいだけど、動きが遅いおかげでなんとか全員、無事に上がれたんだってさ。
あとで聞いた話だそうだが、どうやら昔、プールでA太たちみたいに遊んでいた奴が溺れ死んだらしい。
そいつが溺れた時刻になると、助けを求めて手がプールから伸びてくるそうだ。捕まると、もちろん仲間入りだな。そいつもまた助けを求めて……てのがこのオチ。
でもさ、ちと不思議に思わないか?
当たり前の話だけど、そのプールで死んだのは事故死したやつだけなんだ。
でも、プールからは無数に手が伸びてくる。
それに、海や川でも似たような話はいくらでもあるだろ。水面から伸びる白い手が、写真に写ってたなんてのはよくある怪談だ。
俺も疑問に思ってさ、A太に聞いてみた。
そしたら、A太は少し考えて答えたよ。
「水ってさ、雨になって川から海に流れてまた雨になる――循環、してるだろ。
だからさ、溜め込んでるんじゃないかな」
何を、とは聞けなかった。
だってさ、そいつを認めちまったらこう言うことだぜ。
俺たちが普段入ってる風呂や、飲んでる水は……。