二 無人の音楽室で鳴るピアノ
あれは、たまたま部活の帰りが遅くなった日だったな。
俺たちバスケ部の一年は、その日に使ったボールを磨いてから帰るんだよ。
人数はいるから本当はすぐに終わるんだけど、たまたまインフルエンザが流行ってて、休んでる奴が多かったから時間がかかっちまってな。帰ろうって時には、外は真っ暗になってた。
カギを職員室に返してすぐだったかな。耳に音楽が聞こえてきたんだ。授業で聴くようなやつ。
でもさ、おかしいんだよ。音楽室は体育館のすぐ側にあるんだけど、カギを返しに行く時には何も聴こえなかったんだ。吹奏楽部が帰るところだって、俺は見てるからな。
だから、かな。ただなんとなく気になって、俺は上の階――音楽室まで上がってみた。
一階上なだけだったし、興味本位でな。
あたりまえのように音楽は、上に近づくほどに大きくなってた。いよいよはっきりと聴き取れるようになったのは、階段を登り切った時だった。
ピアノの音だろうな。音楽室から、ずっと流れてるんだ。
それで、今更ながらに怖くなったんだ。でも、確認もしないで帰るのも怖いだろ?
だから、ゆっくりともしも相手がいても気付かれないように、慎重に音楽室のドアに手をかけて、半分くらい、かな。室内の様子を見渡せるくらいに開いた。
音楽は、まだ聴こえてたな。
でも、室内には誰もいない。ピアノの音だけが、延々と響いてるんだ。
曲がなんだかは知らない。でも、繰り返し繰り返し、演奏してるのは分かった。
奇妙な状況だってのは重々承知だ。でも、なんでかドアを開いた瞬間に怖いって感情は、薄れてたな。
むしろ、ああやっぱりって納得した。
なんでだろうな、弾いている曲が物々しい雰囲気じゃなかったからかもな。
ともかく、それで俺はいい加減に帰ろうと思ったんだけど、そこで変なことに気がついたんだ。
曲、何を弾いてるのかはわからないけど妙な所で音がズレるんだよ。ポンポンときて、音がなくなってまたポンポンと。
ピアノが壊れてるのかとも思ったけど、普通に授業や部活で使ってるからそんな事はないだろ。
でも、音がしないんだ。必ず、同じ場所で。
それでも、音楽は鳴ってた。俺がドアを閉めても、まだ。ずっと。
ありきたりな話だよ。
昔、吹奏楽部に所属してた生徒がコンクールで演奏中、たまたま一箇所だけ間違えた。普段は完璧なのに、緊張してたのかもしれないな。
そのせいで、入賞を逃したからずいぶんと責められて……後日に音楽室で倒れてるのが見つかった。
病死だっってよ。脳の。ただ、失敗を悔やんで居残り練習してたから発見が遅れたんだ。
くわしい病名は知らないけど、脳に腫瘍か出血があってそれで指が一時的に麻痺して、演奏に失敗したらしい。
それ以来、音楽室では失敗した演奏が聴こえるようになったんだ。
あいつはまだ、練習してんだろうな。
失敗の原因もわからず、上手くなれば良いと信じて。動かない指を動かしてるんだ。