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盲目の女と醜い男とその子共

「盲目の女と醜い男」の、その後的なこぼれ話です。

 その男の子、パトナ・テレハンは少し変わった家に住んでいた。家族構成は、母親と父親と妹が一人と自分と犬が三匹。これだけなら何も変わったところはないが、母親は盲目で父親は醜い顔を持つ機械職人だった。しかもこの父親が、少しばかり浮世離れしている。

 まだとても幼い頃、パトナは自分の家が変わっているとは思っていなかった。しかし、一歩外に出ると、奇妙な目で見られる。「あんな家で大変だね」とかそんな事を時折言われたり、好奇の目で見られたり。どうやら、世間は自分の家族を変わっている上に酷い環境にあるとそう考えているらしかった。

 とんでもない勘違いだ。

 それを悟った時、パトナはそう思った。何しろ、母親のアンナは目が見えなくたって充分に家事やその他の雑事をこなせたし、父親のロナディは少し煩わしく感じる程に優しくて安心させてくれる。彼には少しの不満もなかったからだ。

 一番許せないのは、アンナとロナディの夫婦仲に関して、勘違いが多い事だった。世間の皆は、その風貌から勝手に想像しているのか、父親のロナディが盲目の母親のアンナを支配し縛り付けていると、どうやらそう思っているらしかった。それで、アンナに同情している。

 ただし、当の本人達は、そんな世間の目なんてまったく気にしないで、仕合せそうに暮らしていたけれど。

 確かに、父親のロナディは心配性で、母親のアンナが外出する時は、執拗に付き添いたがる(多分、その行動が誤解の種だ)。だけど、それにアンナは「困ったものね」とか、そんな事を言いはするけど、決して嫌がっていない。いや、むしろ喜んでいる。パトナはそう思っていた。

 パトナがある程度、大きくなると彼はよくアンナの手伝いをするようになった。目が見えないというのが理由だが、それが習慣になったのはロナディの所為だった。ロナディは、パトナに対して「いいか、お母さんの事を助けてやるんだ」と、何度も言って聞かせていたのだ。

 「お前は優しい子だから、それが分かるはずだ」

 と。

 パトナはそれを、自然に受け入れていた。ロナディ自身もよくアンナを手伝っていたし、アンナが喜ぶと自分も嬉しい。だから、例えば食事後の食器洗いなども、何も言われなくても手伝った。もちろん、ロナディも一緒に手伝うのだけど、仕事が忙しい時だけは別で、「悪いけど」と、そう本当に申し訳なさそうに言って、パトナ達に任せた。母親のアンナは大体それに、「大丈夫よ。お仕事、がんばって」とかそんな事を言って返し、それを受けると決まって父親のロナディは、パトナに向かって、「お前がお母さんを助けてやるんだぞ」と、そう言ってから屋敷の中にある仕事場へと向かうのだった。

 ただし、どんなに忙しい時でも、アンナが外出する時だけは別で、ロナディは絶対に一緒に付いて行きたがったのだれど。

 ところが、そんなロナディが珍しく、アンナに付き添わず、その役割をパトナに任せた日があった。

 その時のロナディの仕事は過酷と言えるほどに忙しくて、パトナも成長しそれなりに確りしてきている。恐らくは、だからロナディはパトナでも平気だと考えたのだろう。

 アンナの用事は夕飯の買い出し。アンナはロナディが付き添わなくても、一見は平気そうに見えたが、それでもパトナはいつもとは違うアンナの様子に気付いていた。なんだか笑顔がぎこちない。

 買いたい物を全て買い終わると、不意にアンナがパトナに言った。

 「お母さん、少し用事があるから、先に帰っていて」

 パトナはそれに目を丸くする。

 「大丈夫なの?」

 アンナはそれに笑って返す。

 「大丈夫よ。お父さんと出会う前は、いつも一人で街を歩いていたのだもの。昔の友達と、少し話がしたいの」

 パトナはそれを聞くと、「お父さんに怒られるよ」とそう返す。

 アンナはそれににっこり笑ってこう応えた。

 「大丈夫よ。お父さん、怒っても怖くないもの」

 「僕にも怒るよ」

 「そっちでも怖くないでしょう?」

 確かにそれはその通りだった。父親のロナディは滅多に怒らないし、怒っても全然怖くない。

 「それに、わたしがあなたを庇ってあげるから。久しぶりに一人で歩くから、普段はできない事がしたいのよ」

 そう言って、アンナはパトナを無理矢理に一人で帰してしまった。いつもと同じくらいの時間には帰るから、と。


 家に帰ると、パトナは事情をロナディに説明した。ロナディは、「分かった」と一言そう応えた。パトナを怒りはしなかったが、動揺しているのは明らかだった。それを見てパトナは、“これで仕事の速度が半減するな”、とそう思った。

 “……まぁ、お母さんが帰ってくれば、元に戻るだろうけど”

 ところが、アンナはいつもの時間になっても帰ってこなかったのだった。それでロナディの様子が明らかにおかしくなる。と言っても、まだ十五分程しか遅れてはいないが。ロナディは「大丈夫かな、大丈夫かな」と数度言い、遂には耐え切れなくなって、外に飛び出してしまった。犬達を連れている。彼らの鼻で、アンナを捜すつもりだろう。

 が、出て行くなりロナディは直ぐに帰って来た。アンナが傍らにいる。どうやら、家を出て直ぐの道で会ったらしい。

 ロナディは少し怒っているようだったが、アンナは平気な顔でいた。いや、平気な顔というよりも、むしろ上機嫌に見える。

 「本当に心配したんだ」

 と、ロナディはそう言う。アンナは笑いながら、「分かっているわよ。大丈夫」とそう返す。

 ロナディは自分が怒っているのにアンナがそれ相応の反応をしないものだから(少なくとも本人は怒っているつもりだった)、不思議そうにしていたけれど、そのうちに全てを忘れてしまったらしかった。いつも通りにアンナが夕食の準備を始める。

 夕食を食べ終えると、ロナディは仕事場へ向かう。パトナはアンナの食器洗いを手伝った。アンナはやはりとても上機嫌で、鼻歌を歌いながら食器を洗っていた。それを見て、パトナは“ははぁ”と思う。それで、彼は自分の母親にこう話しかけたのだった。

 「お母さん。お父さんを、心配させようと思ってわざと遅れたのでしょう?」

 それを聞くとアンナは止まる。そして一呼吸の間の後で、こう言った。にっこりと笑いながら。

 「その話、お父さんには絶対に言っちゃ駄目だからね」

 パトナは返す。

 「言わないよ。僕だって、夫婦仲は心配だもの」

 もっとも、パトナはこの程度で、ロナディが怒るとは思っていなかったが。それから彼はこう思う。

 “お父さんにも困ったもんだけど、お母さんも充分に困ったもんだと思うよ”

できるだけ、前作を読んでなくても読めるように書いたつもりですが、どうですかね?

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