そして現在に至る
色々と端折ってますが勇者は大変苦労をしています。
「はぁあああ~~~。」
ありったけの息を吐き出して、俯く。
視界には綺麗に刈り取られた芝生。
憂さ晴らしに小石でも思い切り蹴り飛ばしてやろうと思ったけれど、王宮の庭には残念ながら転がっていない。
そもそも、わたしの思い違いから始まった淡い恋心だった。
恋してみよっかな?と思った瞬間から始まっちゃってたんだなぁ。
今更ながらに気付いた事実に打ちひしがれる間もなく、第二王子と親友は城に帰るやいなや交際宣言。いや、違う。結婚宣言。
王様はそれに深く満足げに頷いて、第二王子を皇太子にすると宣言した。
何も考えてない親父だと思ってたけど、実はちゃんと今後のことを考えてたんだな。
突然の廃太子に唖然呆然とする第一王子の姿にはちょっと笑った。笑ったけど、なんか他人事には思えなくて口の端が引きつった。
そんなこんなで城に帰ってからもバタバタと騒々しくて、立派に勇者としての役割を果たしたわたしはぽつんと王宮の隅で置物と化していた。
―――勇者って、本当に魔王を倒すこと以外に役立たないんだな。
結局、旅の最中もずっと元の世界へ帰る方法を探していたけど、それは見つからなかった。
城の優秀な魔法使いさんたちもわたしたちが旅してる間ずっと探してくれてたそうだけど、見つからなかった。
むしろ、それは今ではよかったのかもしれない。
親友は第二王子とこれからの人生を歩んで行く。今更元の世界へ戻れますよって言われて無駄に心を揺らがせることなんて出来ない。
わたしはわたしで、親友ひとり残して自分だけ元の世界へ帰ろうなんて思えないし。
「ヒトミ。」
もう一度深い溜息をつこうかと思った時、突然背後から名前を呼ばれた。
少しびっくりして視線を上げると、そこには嫌味賢者がいた。
「...どうしたんですか?こんなところで。今夜のパーティーの主役でしょう。」
「いや、主役はどう考えてもアルトとミオウっしょ。」
王様は第二王子と親友が結婚すると同時に王座を降りるつもりらしい。
あの親父、絶対気楽な老後生活に心躍らせてやがる。と、思わずには居られないよねこの絶妙なタイミング。
そういうわけで、パーティーは若く才気に溢れる次期王様と、それにそっと寄り添う聖女がいれば盛り上がるのだ。
魔王のいない今、勇者という存在はまるでいなかったかのようだ。
もちろん皆が労ってくれる。だけど、その言葉の裏には「まぁ、出来て当たり前でしたからね」って感情が見え隠れしている。
「結局、勇者って何だったのかなぁ。」
思わず漏れた弱音に、嫌味賢者は片眉をわずかに上げた。
「珍しいですね。貴女が弱音を吐くなど。」
「それもあんたの前でね。」
間髪いれずに言い返してやると、嫌味賢者は少し困ったように苦笑を漏らした後、気を取り直すように鼻にかかった眼鏡のフレームをくいっと押し上げ、話を続けた。
「確かに、勇者という存在は魔王を倒すためのもの。それが成された今、次代を担う若き王子とその婚約者に皆の視線が集中するのは仕方ないことでしょうね。」
長い法衣をゆったりとなびかせながらわたしの横を通り過ぎ、噴水の枠に腰を下ろした賢者は手招きした。
賢者、というだけあって、この人は語りだすと長くなる傾向にある。
しかも、その話の内容は深く時々「あれ?結局何を話してたんだっけ?」となってしまうこともしばしば。会話後の脳の疲労感がハンパ無い。
出来れば長話は遠慮したいと思うけれど、少々心が弱っているわたしはそれに抗うこともせず素直に賢者の横に座った。
「皆は勇者が召還され、旅立ち、魔王を倒したという事実しか知りません。」
「...」
それはそうだよな、と思う。この世界にはリアルタイムで世の中の出来事を知ることが出来る便利なツールなどない。
たとえツイッターがあろうともわたしの性格上「魔物と戦闘なう」とか呟けない。
わたしがいつ何処でどんな魔物や魔族と戦ったのかなんて、一般の人たちには知ることは不可能だ。
「ですが、私は知っています。ヒトミ、貴女がどんなに頑張っていたか。戦いの最中どんなに辛い思いをしていたか。」
「...っ」
賢者の言葉に、わたしは一瞬息が詰まった。
わたしは所詮、現代の女子高校生というやつだった。
この異世界に来る前までは、自分の指先よりも大きな生き物を殺したことなんて無かった。
ゴキブリ1匹で半泣きになりながら友達に縋りつくような、普通の女の子だった。
そんなわたしが突然、自分よりも大きな凶暴な魔物と戦いその命を奪うということに戸惑いを覚えないなんてことはなかった。
でも、勇者だから。
自分にしか出来ないことだから。
やらないとこちがやられる。魔物一匹討ち漏らすだけでその辺りの村や町にどれだけ被害があるか。
そんなことを色々考えながら、なんでもないような振りをして戦っていたことは恐らく親友ですら知らない。
だって、優しい親友ならそんなわたしに「ヒトミがこんなことをする必要なんてない」って言ってくれるだろうから。わたしは、その言葉に張り詰めていた気を緩めて泣き出してしまうだろうから。
そしてなにより、勇者という役割を捨てたわたしにこの世界の人たちはどんな視線を投げかけてくるのか。それが一番怖かった。
元の世界へ帰るあてもない状況で、この異世界での役割を放棄することは出来なかった。
「...わたし、ちゃんと頑張れてたかな?」
「はい。」
出来て当たり前、とか思わない?そんなわたしの視線を理解してくれた賢者は目を細めて頷いた。
「アッソンも、マリアーデも、キックルも。皆、見ていましたから。」
―――あぁ、ちゃんと知ってくれている人がいるんだ。その事実に、わたしは心の底から安堵すると同時に涙が溢れてきた。
旅の間どんなに辛くても、涙だけは流さなかったのに。
声も出さずぼろぼろと泣き出したわたしに、賢者はまた困ったように笑うとハンカチをそっと差し出してきた。
「...ありがと、マオ。あんた、意外といい奴だったのね。」
「それは今までは...まぁ、今はもう何も言いません。」
呆れたように何か言おうとした賢者は、諦めたのか視線をわたしから逸らして小さく溜息をついた。
それから30分くらい、ずっと庭の噴水の淵に座ってわたしは泣き続けた。今まで我慢し続けた分全部出し尽くした。
ようやく泣き止んだとき、賢者がわたしの顔をのぞきこんで「そんなに瞼が腫れてしまっては、パーティーには戻れませんねぇ」と優しく微笑んだ。
―――こうして、わたしの異世界の「勇者」としての物語は終わった。
さて。ここからが「わたし」としての本当の物語の始まり。
ようやく仲間たちの名前が全部出ました。
最後まで出さずに終わろうかと思ったんですけど無理でした。
次でラストになります。