憎しみと愛情を
今でも信じられないのよ。
貴方の忠誠、どこ行ったんだろうね。
貴方を信頼していたのに。
愛したのに、ね。
戦場は荒れる。
剣のぶつかる音、馬の嘶き、人の奮起する声、歓声、耳を劈くような喚声――
しかし、まるで別世界のようにしん、と静まり、冷たたささえ感じられる戦場が1カ所存在した。
どんなに弱小の国でも、強い士とは必ずいるもので。
この国、ラムハンデル帝国にも強者がいた。
王女、ロマリア=ウィダム。
瞳は紅真珠の輝き、流れる髪は金の糸。
四肢は戦をするのかと思わせるほど細く、しなやか。
宝玉のような輝きを放つ彼女はラムハンデル国最強だった。
もちろん周囲の国からも1目置かれる存在。
そのあだ名は戦女神。
今、ラムハンデル国と戦っているのは、トルトアムダ大陸最大の領を持ち、精鋭の軍・将で構成された国、カナーナ国。
大勢の猛将がそろい、その将にあるいは憧れ、あるいは敗れ。
降っていく者も少なくはなかった。
最強と最弱の国の戦いである。
ロマリアは静かに自らの前に立つ男を見た。
男もロマリアを見る。
戦場には似つかわしくない沈黙。
「久しいわね、ルーク」
先に口を開いたのはロマリアだった。
哀れみ、嘲り、悲しみの混ざった声。
ルーク=ディディスタ。
男の名前だ。
黒い髪を1つに結い、紫色の瞳はアメジストのよう。
その顔は美しい。
しかし、氷のように冷たく、固まっているようにも見えた。
「何年ぶりか知らないけど。今でも覚えているわよ」
貴方が降った報せが届いたときのこと。
ルークの顔に微かながらの動揺が見て取れた。
「こうやって対峙しているのが嘘みたい。前みたいに、手合わせしているみたいだわ」
ロマリアはくるくるっと、愛用のスピアを回してみせる。
ルークは何も喋らずただロマリアを見つめるだけ。
「今でも信じられないのよ」
ロマリアはルークから視線を外し、白馬の鬣を愛おしそうに撫でる。
「貴方の忠誠、どこ行ったんだろうね」
撫でる手はそのまま、目線だけをルークに向ける。
ルークは戦場で再会したときの姿勢のまま、微動だにしない。
ふぅ、とロマリアのため息が聞こえる。
「貴方を信頼していたのに」
「……」
ルークに嘲笑の目が向けられる。
ルークの眉がぴくっ、と動いた。
楽しむように、悲しむように、ロマリアは言葉を紡ぐ。
「愛していたのに、ね」
「俺は…っ!!」
「おだまりなさい!!」
ようやく言葉を発したルークだったが、その言葉はロマリアの叱咤の声に消された。
思わずたじろぐルーク。
そんなルークをロマリアは睨んだ。
「『俺はまだ貴女を愛している』とでも言うつもりだったのかしら?
よしなさい。
そんな言葉、期待しているんじゃないの」
ひゅ、とルークへスピアが突き出される。
一騎打ちを所望する、という意である。
ルークはそのスピアを見、ロマリアを見た。
明らかに迷いのある目。
ロマリアはそれを見て笑った。
「ルーク。
お前が降ったのにはそれ相応の理由があった。
確かにお前は負けた。
しかしそれは裏切り。
分かるはずもないわ。
私の気持ちなんて」
「…」
「何か言ったらどう?
怖じ気づいた?
…まぁいいわ。
貴方の裏切りは、私の、貴方への愛、想いを…」
ロマリアは馬を蹴った。
嘶きを上げ、ルークの方へと駆ける馬は疾い。
1歩遅れてルークも馬を蹴る。
その手に握られるのは双の長剣。
ぶつかり合う刃。
散る火花。
スピア、剣をお互いの間に挟みながら、双方睨み合う。
ロマリアは勝ち誇ったように、見下したように、口元を上げた。
「憎しみへと変えた」
ガキィッ、という音と共に、お互いをは弾き合う。
揺れ動く髪。
高鳴る鼓動。
「信頼していた人からの裏切られた悲しみを知りなさい」
その言葉が、2人が共に生きている間に聞いた、最後の言葉だった。
「敵将、討ち取った」
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最後の言葉を言った方は
ご想像にお任せしますw
乱文失礼いたしました。。。