1. 第1話 “特別の始まり(プロローグ)”
「不死を与える、呪いのチョーカー」
それが私の本体。えぇ、The装備品。
"貴方だけの特別を"。
そうは言っても、限度があるとは思いませんか?
でも……だからこそ。
「ナオ……様? 何をお考え……でしょう?」
涼やかな歌声を響かせる合間に、心配そうに問いかける麗しの銀の姫。虹色の輝きを秘めた神秘的な髪を靡かせ、扇と刀を手に。迫る爪牙をいなし、天を舞台に舞い踊る。
月明かりに照らされる、儚く優雅なその姿に魅せられた、奇形化した異形の飛竜の急降下。
ズドン、とお腹の奥底に響く重低音。眉間に大穴をあけられた飛竜が、瞳の輝きを失い、遥か眼下へと落下していく。
「うふふ、よそ見はダメですよ♪ あなたの相手は私でしょう?」
灰銀色の長いツーサイドアップの髪を空になびかせ、翼の羽鳴りと共に空を駆ける小柄な少女。その手には身の丈を超える、対物狙撃銃の形をした、魔導銃。
「と、いけません。下に死骸が落下しては……」
「大丈夫です♪ お任せを!」
ウィンクと共に少女が手をかざすと、金色の鎖がスカートのすそから伸びる。
奇形の飛竜をあっという間に縛り上げ、落下を停止。やがて、絶命したそれは黒い靄となって消えていった。
眼下に広がる、幻想的な魔術の灯りを灯す帝都を穢すことなく。
ええ。永遠を共に歩む愛おしい2人。銀の姫と人形少女との、幸せ。
私だけの”特別”にたどり着けたのですから、わからないものですよね?
――始まりは。
やはり、半年前のあの時でしょう。
世界初のフルダイブ型VRMMO「Steps to Elysium Online (SEO)」のサービス開始まであと3か月。
『オーバーテクノロジー』、『1,000台のワールドシミュレーター』、『現代に始まるオーパーツ』……。
様々な流言飛語が飛び交う昨今ですが、一般人たる私にはそのような事、どうでもよろしい。
最高のゲームが、夢の世界が、そこにある! それが全てなのです。
『Deus ex Machina Corp.』――『機械仕掛けの神』という、なんとも傲慢で、それでいて期待を抱かせる名を臆面もなく名乗るその企業が、突如として世に姿を現し、巻き起こす1大センセーション。
なにしろ、その触れ込みが規格外。
四倍の時間加速の世界の中、基本無料の範囲でプレイするだけでも、半年もあれば最低限の生活ができる程度の収入が安定して得られるようになる! 各国政府、公認どころか、全面バックアップを受けた全世界同時スタートの完全換金性を実現したゲーム!
信じられないことに、これが本気と来た日にはもう……。
まあ、その換金システムにこそ、謎が多いのですが、それはまた別の機会に語ることとして。
これでも昔はMMOのPVP大会で優勝経験もあり、ゲームにかなりの自信があるのです。うまく軌道にのれば!?
そんな青臭い夢を胸に、二十年勤めた会社に辞表を提出し、仕事の引き継ぎも今日が最終日。明日からは有給消化で悠々自適にゲーム準備期間を過ごせる。
私の人生は、これから始まる最高のゲームに向けて、順風満帆なはずだったのです。
あんな、大規模な事故に巻き込まれに行かなければ。
――油断がどこかにあったのでしょうか。あるいは、浮かれた頭で偽善に走ったのがいけなかったのか。
かばった見知らぬ黒髪女学生の身代わりに、工事現場の事故に巻き込まれ……頭上から降り注ぐ大量の鉄骨が、スローモーションのように見えました。
残念ながら、異世界も、転生させてくれる神様も存在しませんでした。
◇ ◇ ◇
「ナオさん、ナオさん、聞こえますか」
暗闇の中で、誰かの声が聞こえる。
意識がある。耳が聞こえる。けれど、何も見えない。
「はい。ただ、何も見えないようですが」
捨てる神あらば拾う神あり、とでも申しましょうか。
え? いや、異世界転生ではありませんよ? それはそれで夢がありますがね?
「仮想空間との初期同期の調整に少しかかっているようですね。気持ちを落ち着けて、少しお待ちください」
闇に閉ざされていた視界が、薄ぼんやりと、靄が晴れるように明るくなっていきます。
大変にSFチックな近未来型のカプセルベッドが置かれていますが、ええ、これは病室なのでしょうね。
白い壁、白い床。
上を見上げれば思わず、”見知らぬ天井だ”、などと言いたくなってしまう、オタク心がくすぐられます。
薄緑に光るジェルが満たされたカプセルの横に立つ、穏やかなまなざしで見つめてくる、白衣に眼鏡の紳士。
「見えるようになりました……と、思います」
私の視点は病室の隅に設置された、モニタリング用の定点カメラに同期されているようですね?
カプセルベッドの中を覗こうとズームイン。
む、モザイクがかかっていて中が見えません。
ん~、あとなんでしょう、このむずむずする感じ。意識だけで、無いはずの身体の、下半身にも何か余計な物があったような……いや、無い方がおかしいような……。
まあ、気のせいですね。
いろいろとナーバスになっているのでしょう。
「ショックを受けられないよう、モザイク処理をかけさせていただいております。今は……ええ、今はまだご覧にならない事をお勧めします」
一命をとりとめた、というよりも、一命をむんずとつかんでこの世に縛り留めてくださった、と聞いてはいますが。
そんなにひどい状態なのでしょうかね、私のお身体さんは。
私は生きている。うん、それでいいです。
せっかくの配慮を無駄にするのはいけませんね。
この現実と同期したVR世界に接続されるまでの約一か月半。
昏睡状態からサルベージされた暗闇に浮かぶ、魂? 意識体? に。
『お暇で、つらいでしょう? いい遊び場をプレゼントしてあげる』
と、どこか甘い香りを感じる、されど若々しい女性の声で語り掛けられ。このままでは気が狂いそうと、そのオファーに飛びついた私。
結果、超絶難易度のVRアクションゲームを、少し小柄な翼の生えたアバターの身体で、堪能させていただいておりました。
これ。なんでも、まさにサービス開始を楽しみにしていたVRMMOゲーム「Steps to Elysium Online」の、テストプラットフォームにお邪魔しているらしく。
超高速戦闘体験、武器戦闘体験、飛行体験、等々。
今の私の状態だからこそできる事。と、加速倍率16倍という、とんでも倍率の恩恵に浴し、実に体感2年もの間。
優秀な教育AIも用意されていて。適切な指導の下、世界初、誰もが未体験のVRMMOでスタートダッシュを切る準備までできてしまった、という次第です。
あの女性はどなただったのでしょうね?
この半月はサービス開始直前という事で、テストプラットフォームが閉鎖され、リアル時間準拠で暗闇の中、入院生活を過ごしていた。
そんな状況の私に、『Deus ex Machina Corp.』の医療担当チームを名乗る方を介して紹介されたのがこの男性、斎賀さんでした。
彼は私に、まさに破格としか言いようのないオファーをくれたのです。
しかし、その間も、相変わらず私の現実の身体は、指一本動かせない。どころか、本当に指一本すらあるのかわからない状態でした。
なんで生きてるんでしょうね? 超技術すごい。
「これまで条件のすり合わせは行わせていただいてまいりましたが、本日はその最終確認となります」
「はい」
視界の中に、契約書の電子データが投影されます。
「いま一度、すべてご確認の上、ご署名……に変えまして、思考操作で承諾をお願いいたします」
「ふむふむ? ええ、事前の確認と確かに同じです。24時間常時VRMMO”SEO”にログインしっぱなし。ゲームの世界の中で生活する事。身体の蘇生措置は全てお任せする事。ゲームの換金収益は全て私が自由に得て良い。最低5年は契約を維持してもらえる……今更ですが、私にばっかり、都合が良すぎません?」
もちろん他、細かい事は当然、山ほどあります……ですが、この内容は、最高すぎませんか!?
そもそも、命を救われている身。挙句、夢のゲームオンリー生活が許される!
残っていた、会社への備品返却など手続きも代行されており、元の住居も維持管理してくれているとのこと。
「自由な研究のご承諾、臨床データ、私共も得るところが大変大きいのです。それに……いえ、これはまたいつか当人を交え。今はそうですね……これは、御礼なのですよ」
うーん、御礼と言われても、あまりに……。
まあ、でも! うだうだ考えたところで、私はモザイクなしには目にする事もできないような、ありさまらしいですから。
難しい事を考えるのはやめましょう♪ そ・れ・よ・りも!
今は夢のゲームライフにまっしぐら。
だってほら、本当に身体を蘇生できるかも怪しいモノでしょう? ……だめだめ、深く考えずに、楽しみましょう!
「承諾、と」
思考操作で、私は契約書にサインしました。
「はい、確かに確認いたしました。これから長いお付き合いとなります。どうぞ、よろしくお願いいたします。ナオさんの担当はわたくし、斎賀 仁が務めさせていただきます」
彼の言葉に、私は心の底から感謝を込めて応じます。
「こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いいたします」
彼とはこの半月の付き合いですが、これ以上なく優秀なうえ、常に先回りした配慮もしてくれます。権限もかなりあるようで、調整事も早い早い。
入院生活? に華を、と、思う方もいるかもしれないが、ここは信頼第一。
「弊社の『Steps to Elysium Online』は本日からキャラクタークリエイト空間へのアーリーアクセスが開始されております。ぜひ、ゆっくりと準備を進めてくださいね」
「ええ、それはもう楽しみにしておりますので!」
「では、わたくしはこれで失礼いたします。御用の際はゲーム内部のメニューに連絡ツールを組み込んでありますので。当方からの呼びかけも、基本的にそちら経由となります」
斎賀さんがきれいな一礼とともに退出するのを見送り、さあ。
いざ行かん、夢の世界へ。
仮想の視界に映るアイコンを思考操作でポチっとな。
……ところで私って、男でしたっけ、女でしたっけ。
どうにもいろいろと、記憶があやふやなのですよね……。




