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第3話『んぇー、勝てればええんや』


 戦争は、驚くほど簡単に変わった。

 勇者召喚から一ヶ月。最初は半信半疑だった王国軍も、今では完全に俺を中心に動いている。


 まあ当然だ。


 どんな戦場でも、俺が行けば終わる。必ず勝つ。


 この前の戦場だと山岳地帯へ逃げ込んだ魔族の軍勢は、突如として発生した落雷で指揮官だけが黒焦げになり、その混乱で部隊同士が衝突して壊滅した。


 その前なんて堅牢で有名だった要塞都市も、攻城戦の最中に城壁の一部が崩落し、逃げ場を失った魔族たちが将棋倒しみたいに潰れていった。


 最初は偶然だと思っていた敵軍も、最近では俺の顔を見るだけで露骨に怯えるようになっている。


 まあ、気持ちは分かる。俺でも嫌だし。


「勇者様はまさに英雄です!」


 凱旋した城下町で、兵士が興奮気味にそう言った。


「奇跡だ……」「神の御業だ……!」


 周囲も好き勝手に盛り上がっている。広場には王国旗が掲げられ、酒場からは酔っ払った兵士たちの笑い声が漏れていた。通り沿いでは子供たちが木の枝を剣代わりに振り回し、「勇者様だ!」とか叫んでいる。


 いや、そんな大したことしてないんだけどな。

 ただ負けろって思ってるだけだし。


「んぇー、勝てればいいんや」


 酔っ払った俺が言うと、兵士たちは一瞬静まり返ったあと、笑みを浮かべた。


「ははは、勇者様らしいお言葉ですな」


 なんか最近こういう反応多い。


 前はもっと普通に話してた気がするんだけどな。てか俺、そんな変なこと言ってるか?


◆◆◆


「勇者様、本日の遠征ですが——」

「めんどい」


 作戦会議の途中で俺は机へ突っ伏した。長机の上には地図や駒が並び、周囲の騎士たちは揃って困った顔をしている。


 いやだって長いし。

 結局勝つんだから細かい説明いらなくなくね?

 俺の言葉を聞いたエレノアが小さく息を吐く。


「勇者様、せめて話だけでも聞いてください」

「姫様、真面目すぎ。もっと気楽に行こうぜ」

「……誰のせいだと」


 最近、エレノアはちょくちょくこういう顔をする。呆れてるというか、疲れてるというか。多分、俺の世話が普通にストレスなんだと思う。


 でもまあ、付き人って大変そうだしな。


「つーか姫様って、生きづらそうだよな」

「……え?」


 エレノアが目を瞬かせる。


「いや、なんかずっと周りの顔色見てるし。王女だから仕方ないんだろうけど」


 窓から差し込む夕陽が、金色の髪をぼんやり照らしていた。エレノアは少し黙り込み、それから視線を伏せる。


 図星だったのかもしれない。


 まあ俺も、人のこと言えないけどねぇ。空気読むのってダルいし。そんなことに気をかけてたらコミュニケーションなんてマトモに取れないわけで。


「勇者様は……自由ですね」

「そう?」

「少なくとも、あなたは他人の視線を恐れていない」


 それは違う気がした。

 別に俺だって嫌われるのは嫌だ。ただ、責任押し付けられる方がもっと嫌なだけで。


「結果オーライならよくね?」

「…………」


 エレノアがまた変な顔をする。最近ほんと多いな、その顔。


◆◆◆


 その日の戦場は平原だった。


 灰色の空の下、無数の兵士が剣をぶつけ合い、怒号と悲鳴が風に混ざって響いている。踏み荒らされた草地は泥と血でぐちゃぐちゃになり、倒れた兵士の鎧が鈍く光っていた。


 普通なら泥沼の乱戦になるはずだった。でも、俺がいるからそうはならない。


 魔族側の将軍が馬を走らせた瞬間、地面へ突き刺さっていた槍を踏み、そのまま大きく体勢を崩して落馬する。慌てて周囲の兵士たちが駆け寄ったところへ、味方側の投石器が角度を誤って直撃した。


 肉片と土煙が舞い上がり、悲鳴と怒号が一気に広がる。


 さらに混乱した魔族軍は撤退を始めるが、後方の地盤が崩れ、大量の兵士が地割れへ飲み込まれていった。


 そこから逃げようとした魔族同士が押し合い、転倒した兵士を後続が踏み潰し、その上へ崩れた荷車が突っ込む。


 全部偶然だった。


 だが同時に、そうなることは最初から決まっていたようにも思えた。俺はただ、“王国軍が勝つ”と決めているだけだ。あとは世界の摂理が勝手に辻褄を合わせてくれる。


「勇者様……」


 隣でエレノアが呟く。

 吹き抜ける風が、彼女の金髪を揺らしていた。その青い瞳は戦場を映しているはずなのに、実際には俺を見ているようにも感じた。


 最近、周囲も似たような目で俺を見る。英雄を見る目じゃない。


 もっと、災害とか、天災とか、そういうものを見る目だ。


 まあ別にいいけど。勝ってるし。勝てるならなんでもいいからな。


◆◆◆


 遠征先の屋敷で、俺はベッドへ寝転がっていた。


 外は暗く、雨が降っている。石畳を叩く雨音がやけに静かで、戦場の喧騒が嘘みたいだった。暖炉の火は弱く揺れ、薄暗い部屋の壁へぼんやり赤い影を落としている。


 柔らかいベッドへ沈み込みながら、俺はぼんやり天井を見上げた。


 異世界、飯もうまいしベッドも最高だな。勇者ライフ最高だぜ!!


「……起きていますか?」


 不意に、扉の向こうからエレノアの声が聞こえた。


「んー?」

「少し、お話が」

「どーぞ」


 入ってきたエレノアは、昼間より少し疲れた顔をしていた。雨に濡れたのか、金髪の先がわずかに湿っている。まあ、戦場見てたし、普通にメンタルやられそう。


 エレノアは少し迷うように沈黙してから、静かに口を開いた。


「あなたは、自分が怖くないんですか?」

「なんで?」

「……あなたの力は、あまりにも異常です」


 窓を打つ雨音だけが部屋へ響く。まあ、それはそう。俺も最近ちょっと思う。ズルすぎるんだよ。この能力。


「別に俺、悪いことしてなくね?」


 エレノアが息を呑む。


「だって魔族倒してるだけじゃん。むしろ感謝される側だろ、俺」


 実際その通りだった。誰も困ってない。王国軍は勝つし、人類は助かるし、みんな喜んでる。じゃあ別にいいじゃん。


 エレノアはしばらく何も言わなかった。ただ、どこか苦しそうな顔で俺を見ている。


 まるで、俺じゃなく別の何かを見ているみたいだった。


◆◆◆


 深夜。


 寝返りを打ったところで、微かな気配を感じた。


 薄く目を開ける。


 月明かりの差し込む部屋の中、エレノアがベッドの横に立っていた。白い寝間着姿のまま、ただ静かに俺を見下ろしている。カーテンの隙間から入る淡い光が、その横顔をぼんやり照らしていた。


「…………」


 何をするでもなく、ただ見ているだけだ。


 その瞳に浮かんでいる感情を、俺は上手く読み取れなかった。執着や恐怖の類かな。

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