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転生した元勇者は、リレーの一走だけ強すぎてバズってたらしい。元パーティーメンバーの特定が怖すぎんだけど

作者: 松平 ちこ
掲載日:2026/04/27

「位置について、よーい……」


 タンとピストルの音が響き、グッと前に飛び出した。ガチャンと金属の揺れる音を後ろに聞き、地面スレスレの香りを嗅いだ。

 目線が高くなり、音の全てが遠ざかる――たった数秒の無音の世界。

 聞こえるのは、数えるほどの自分の吐息だけだ。決められたコースを駆け抜け、第二走者へとバトンを繋いだ。


「はぁ……はぁ……」


 少年は歩きながら、走者を目で追って確認する。二位と距離を開け、現在一位だった。


 ――よし、面目はたったな。


 ユニフォームの襟ぐりで汗を拭き、眩しく輝く空を見上げた。


悠央(レオン)ありがとぉぉおお!」


「ちょっ、毎度大げさだな。(ミナト)


 退場した先で背後から感謝と共に覆い被さってきた湊に、悠央は笑いかけた。すると、いやいやと首を横に振られる。


「一走目を走らせたら無敵でそりゃないぜ。なぁ、いつも助っ人で来てもらって悪いしさ。兼部で良いから、マジで入部してくんない?」


「しないよ。リレーの一走目でしか結果が出せない人が部に入ったら、色々面倒が増えるだろう、俺には無理だよ。それにリレーはチームだ。一走が速くても、後は湊たちの頑張り次第だ」


「確かに他はそうだけどさ。走ってみたら違うんじゃね?」


「いや、そういうものかな。無理なものは無理だから」


 個人種目には悠央は全く興味がない。背負うものがなければ結果に伴わないなど、真剣に走る者への冒涜だろう。だから欠員が出た時の助っ人だけ請け負っていた。

 実際、二位になっているのは、湊たちの努力の成果でもある。悠央に頼りきりならこうはならない。


「じゃあ、着替えたら俺は帰るから、皆によろしくね」


「……打ち上げだって参加して良いっていつも言ってんのに、おう、分かったよ。気をつけてな!」


 ヒラヒラと手を振って、悠央は手早く着替え会場を後にする。敷地から出ようとしたところで、声をかけられた。


「久しぶり、レオン」


「……誰? 初対面だよね?」


 まだ陸上競技の大会中だ。周囲に他の人は居らず、すれ違い様に少女から声を掛けられて、悠央は遅れて聞き返した。

 ローファーに学生服、茶色のロングヘアーは後ろで二つに分けられていた。やや長い前髪をピンで止めて流していて、パッチリとした瞳はまっすぐに悠央を見ている。


 ――ホントに学生か? 隙がないんだけど。


 靴の先から頭のてっぺんまで観察し、しなやかな体躯に、胸の膨らみ、あどけない顔。モデルのような完成されたプロポーションだ。不自然さを感じてはいるものの、悠央はやはり知らない少女だと結論付ける。


「外見ならお互い様でしょ、レオン。それとも()()()()()()と言わなきゃ分からない?」


「――っ!」


 悠央はもう聞くことはないと思っていた名に、驚きを隠せず目を見開いた。

 それは一度目の人生の名前だ。レオンハルト時代、レオンと確かに呼ばれていた。何の因果か、今の悠央という名と酷似して皮肉に思ったものだった。


「人違いだ。失礼するよ」


 動揺を隠せぬまま、悠央は昔の口調で返していた。相手が誰だか分からない上に、今の人生において関係の無いことだったから。


 ――怖いだろ、転生して会うなんて。


 レオンハルトをレオンと知っているのは、敵か近しい味方しかいないのだ。


「色は違うけど、髪型は似せてきたつもりなのに、やっぱり帽子もないと気づいてくれないの? かつてのパーティーメンバーに酷くない?」


 少女はそれに傷つく素振りもなく、やや拗ねたように言葉を紡いだ。背を向けて歩きだそうとしていた悠央は、それに反応して思い出していた。


 ――ストレート、ロングヘアーの二つ括り。とんがり帽子。


 悠央が振り向いて改めて見れば、かつてよく知る懐かしい少女と佇まいが似ていた。


「まさか――、エレナか?」


「こっちでは玲奈(レイナ)として生を受けたけどね。ねぇ、ちょっとお茶しない? 勇者様」


「やめてくれ、元だ元。今は悠央だ」


 突然のことに頭を抱えながら、誘いを受けることにする。先ほど全力で走ったこともあり、悠央の小腹は空いていた。


 ――疲れた時は甘いものとか言うし。


 にこにこと微笑む玲奈を連れて、駅近のファミレスへと向かった。


「――で、何の用? というか何で俺だって分かった?」


 この際、玲奈が転生しているのは隅に置いておく、悠央も似たようなものだからだ。

 かつて魔王を倒した勇者が、別の世界に生まれ変わったなどと信じられるわけがない。


 ――女神がなぜ、こんなことを企んだのかは分からないが。


 天寿を全うした元勇者が居るなら、かつてのパーティーメンバーである元魔法使いだって転生していても不思議じゃない。


「私も驚いたわよ。貴方、絵心があったのね。サイトで有名人じゃないの」


「……」


 タブレットでメニューを選びながら、玲奈がそう口にした。悠央はあれかと思い当たる。

 平和な世界でふと、かつての勇者レオンハルトとしての人生を思い出して悠央が描いたイラストだ。


 ――パーティー組んだんだから、見れば分かるわけか。


 それを見た現世の姉が、ネットに上げたのが始まり。

 実際に見た記憶から描いた絵は、リアリティがあるとウケた。今ではアカウントを作って時々更新している。


「いや、それにしたってこんなピンポイントで来れないだろ! アレには、イラストしか上げてないんだから!」


 私生活など載せていない。分かるわけがないと悠央は言った。注文を決めた玲奈は、タブレットを差し出しながらそれに答えた。


「あの世界を模したって分かれば、話は早いじゃない。精巧な絵を描ける程、ドラゴンを間近で見た人間なんて限られるもの。

 エレナが、エレイナ、レイナと関連があるのよ?

 知り合いの名前を片っ端から検索掛ければ良いじゃない。若い世代なら、ネーブックしてるものだし」


 本名登録のSNSネーブックを名指して、玲奈が言う。それに首を横に振ったのは悠央だ。


「イラストアカウントは持ってるけど、ネーブックはしてないよ。俺個人が目立つのはもう良いんだ」


 魔王を倒してからも長い間、悠央は称賛を浴び続けた。人から崇められるのはもうたくさんだ。


「なら、もっと慎ましく生きるべきだったわね。閃光のリレー走者様?」


「待て、なんだその二つ名みたいなの」


 悠央は聞き間違えかと思って、メチューから視線を外して見上げる。呆れた顔の玲奈がそこにいた。


「うっそ。レオン、本当に知らなかったの。 中学から今まで、出場したリレーでは一走なら無敗。その記録を今日も更新しといて。

 ネーブックだけじゃないのに。他にも一走神とか、レオンと掛けてリレーの王とか呼ばれてるわよ。動画や名前だって上がってるんだから」


 ――プライバシーどこ行った。


 色々と上がっているのならば、今、玲奈が悠央の目の前にいることの辻褄が合う気もしないでもない。けれど――。


「ネットリテラシー怖っ」


 ゾワッとした悪寒に悠央は震え、メニューから温かそうな物を選んで注文ボタンを押した。

 居心地悪く立ち上がり、ドリンクバーへと悠央が向かうと、後ろから玲奈も付いてくる。


「――ちょ、エレナ!?」


 悠央がホットココアを選択して入れると、横から玲奈がエスプレッソを押してミックスしてきた。


「なーんか、前世に未練というか縛られてそうで気になって、会いに来ちゃった」


「……してない。お互いに天寿を全うしたろ」


 悠央の横にピッタリと寄ってきて見上げてきた玲奈に、素っ気なく返事をした。

 魔王討伐後は時々会う程度で、各々別の人生を過ごしていた。

 大きなニュースとして誰も取り上げられて居なかったから、そこそこの最期を迎えたのだろうと思っていた。


「絵を描いたのに? 後ろに人が居ないと満足に走れないのに?」


「たまたまだよ。つかもうココアじゃないじゃないか、コレ……」


 核心を突いてくる玲奈に、悠央はホットにしては一杯になった中身の黒いカップを持って席へともどる。

 後ろに人が居ないとダメなのではない。人の期待を背負わないと、悠央は結果が出せないだけだった。


「グラウンドを走る実際のレオン見て、私はすぐに分かったよ」


「エレナ、いつストーカーになったの?」


「せめてファンって言ってよ! レオンはね、エスプレッソと一緒」


 そういうエレナは、オレンジ色のグラスを持って帰ってきた。

 悠央がカップに口をつければ、ココアの味は何処にもない。


「何者にも染まらないし、染められない。でもね、甘味ならちょっとは足せるよ」


 今世で親しみはない苦味に顔をしかめていると、玲奈がスティックシュガーを出してきた。封を切ってまた勝手にさらさらとカップに注いでくる。


「……エレナ」


「捨てられないよ、覚えてるもん。別だって簡単には割りきれない。また会えたんだから、今度こそ楽しく生きようよ?」


 玲奈が、探してまで悠央に会いに来た理由は分かった。彼女にも思うところがあるのだろう。

 けれど良いことを言ってる玲奈の手元が気になって、悠央はため息を吐いた。


「とりあえず、その砂糖の手を止めろ」


 何本目かの砂糖に、悠央は顔をひきつらせた。ゲームは物足りなくて、身体を動かしてばかりだった。必然的に鍛え上げられた身体は、望めば結果を連れてくるようになった。

 とはいえ、これだけの砂糖を飲めば、少しは脂肪がつくどころか健康にも悪そうだ。


「え、良いじゃない。ちょっとのスパイスは人生でも必要だよ?」


「それ、スパイスじゃなくて砂糖だからね」


 空いた紙袋を指差しながら、スプーンでカップを混ぜる。ざらざらとした感触が伝わってくる。相当甘くて、苦いものになってそうだ。


「じゃあ、昔みたいに前衛も頼もうかな。今、ちょっと面白いのやってるから」


「……断っても、また調べて張り込むんだろ。なら良いよ、受けよう。

 エレナの前は、きっと居心地がいいからね」


 魔王を倒す時も旅の道中も、玲奈は後ろで策士だった。

 彼女の言う面白いのがなにを指すかは分からないが、きっと今より良いはすだった。

 大量の砂糖入りエスプレッソは、運ばれた来た料理と一緒に残すこと無く、悠央は平らげた。

ファミレスのドリンクバー、皆さん一度はしたことある、かもしれません

塩やレモン汁は、少量なら滑るほどに分からないものです


コーヒーとタバスコは少量でもやばいです

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