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第9話:滅びゆく祖国、愛される新天地

 氷狼国へと向かう馬車の中で、エルサは窓の外を眺めていた。

 背後では、かつての祖国を覆う黒雲が、遠ざかるごとに小さくなっていく。時折、風に乗って微かな地鳴りと絶叫が聞こえた気がしたが、エルサの心を揺らすには至らなかった。


「……終わったのですね」

「ああ。あの国は今日、歴史から消える。残るのは、無能な支配者が招いた破滅の記録だけだ」


 リュカがエルサの肩に厚手の毛皮をかけ、その上から強く抱きしめる。彼の体温は、雪原の冷気を忘れさせるほどに熱い。

 一方で、エルサが去ったラングレイ王国は、文字通りの地獄と化していた。

 魔獣たちは城内に溢れ、金銀財宝を食い散らかし、逃げ遅れた貴族たちを蹂躙した。ジュリアン王子は、かつて自分がエルサを追い出したあの城門の前で、ボロボロになった王冠を握りしめたまま、魔獣の群れに囲まれていた。


「なぜだ……私は王子だぞ! 聖女を追い出しただけで、なぜこれほどまでに……!」


 その隣で、ミラは顔を掻きむしり、狂ったように笑っていた。


「お姉様のせいよ、全部お姉様のせい! あの女が私を嵌めたのよ!」


 だが、その声に応える者は誰もいない。彼女たちが信じていた権力も美貌も、圧倒的な暴力の前では無意味だった。

 数日後。氷狼国の王都は、歓喜の渦に包まれていた。

 国境を越え、エルサが城へ帰還したその瞬間、氷に閉ざされていた大地から一斉に緑の芽が吹き出したのだ。


「見て! エルサ様が、春を連れてきてくださった!」

「聖女様、万歳! リュカ陛下、万歳!」


 民衆の温かな声に、エルサの瞳にようやく柔らかな涙が浮かぶ。

 かつての国では「やって当たり前」だと思われ、感謝の言葉一つかけられなかった祈り。それが、ここでは「奇跡」として愛されている。

 リュカは、民の前でエルサの手を取り、跪いた。


「エルサ。貴様はもう、誰かのために自分を削る必要はない。これからは、私が貴様を全霊で守り、貴様が咲かせたこの花を永遠に守り抜こう」


 かつて「死神」と恐れられた王の、見たこともないほど穏やかな微笑み。

 エルサは確信した。自分が本当に居るべき場所は、冷たい玉座の上ではなく、自分を必要としてくれるこの腕の中なのだと。

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