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第8話:這いつくばる王子と、完璧な断罪

「エルサ! 頼む、行かないでくれ! 私が悪かった、私が愚かだったんだ!」


 ジュリアンは氷の壁を素手で叩き、血を流しながら叫んだ。その背後では、ミラが恐怖で腰を抜かし、崩れた城壁の陰で震えている。


 氷狼国の軍勢によって、国中の「価値あるもの」が次々と運び出されていく。エルサを慕っていた侍女や職人たちは、救い主を見るような目でエルサの馬車へと走り寄った。


「見てください、リュカ様。あの人が、あんなに惨めに地を這っています」


 エルサは、リュカの腕の中で静かに告げた。その瞳に慈悲の色はない。

 リュカは満足げに鼻を鳴らすと、ジュリアンの目の前まで歩み寄り、冷酷な軍靴で王子の手を踏みつけた。


「ぐああああっ!」

「貴様が愛を語るとは、反吐が出るな。貴様が愛したのは、エルサではなく『聖女という便利な道具』だろう。だが残念だったな、そのツールは今、私の腕の中で、私の愛だけを食べて生きている」


 リュカはそう言うと、エルサを皆に見せつけるように深く抱き寄せた。

 エルサは拒むどころか、幸せそうにリュカの胸に顔を埋める。その光景は、ジュリアンにとってどんな暴力よりも残酷な処刑だった。


「エルサ様……っ、わたくしが悪うございましたわ! お姉様! 助けて、死にたくないの!」


 ミラが這いずり寄り、エルサの裾を掴もうとする。

 エルサは軽蔑の眼差しを向け、その手を氷の魔法で優しく、けれど断固として弾いた。


「ミラ。貴女が欲しがったのは『私の居場所』だったわね。……今、その願いは叶っているじゃない。誰もいなくなったこの玉座で、好きなだけ聖女として君臨しなさい」

「そんな……! 魔獣が、魔獣がすぐそこまで来ているのよ!?」

「ええ。貴女が『聖女』なら、自力で追い払えるはずよ。頑張って」


 エルサが冷たく言い放つと同時に、リュカが合図を送った。

 氷狼国の全軍が、一斉に撤退を開始する。


「ああ、待て! 置いていくな! エルサーーー!」


 ジュリアンの絶叫が響く中、城門は冷徹に閉じられた。

 結界の消えたラングレイ王国。残されたのは、無能な王子と、偽りの聖女と、飢えた魔獣たちだけ。


 エルサは一度も振り返ることなく、愛する男が用意した、温かな北国への道を歩み始めた。

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