第5話:氷の城へ響く、卑屈な足音
氷狼国の城門の前に、数人の男たちが這いつくばっていた。
ラングレイ王国から送り出された、ジュリアン王子の使者たちだ。かつては豪奢な鎧に身を包んでいた騎士たちも、今や極寒に晒され、ボロ布を纏った敗残兵のようだった。
「エルサ様……エルサ・ラングレイ様にお取次ぎを……っ!」
門番の兵士たちは、汚物を見るような目で彼らを見下ろしている。
やがて重厚な扉が開き、そこから現れた光景に、使者たちは息を呑んだ。
そこにいたのは、最高級の白銀の毛皮を纏い、まるで女神のような神々しさを放つエルサだった。その傍らには、彼女の腰を折れんばかりに抱き寄せ、周囲を威圧するリュカ様が立っている。
「……お久しぶりですね。皆様、そんなところで何をされているのですか?」
エルサの声は鈴を転がすように美しいが、その響きには氷のような冷たさが混じっていた。
「エルサ様! どうか、どうか国へお戻りください! ジュリアン殿下も、ミラ様も後悔しております。貴女様がいなければ、国は魔獣に食い尽くされてしまう……!」
使者が頭を雪に擦り付けながら叫ぶ。
だが、エルサの表情に動揺はなかった。それどころか、彼女はリュカ様の胸にそっと身を預け、微笑んだ。
「おかしなことを仰るのですね。私は『無能』として追放された身。今のラングレイ王国には、素晴らしい『真の聖女』様がいらっしゃるのでしょう?」
「そ、それは……! ミラ様では、結界の維持すらままならず……!」
「そう。では、私の代わりにその方が頑張るべきです。私はもう、あの国の人間ではありませんから」
エルサの断固とした拒絶に、使者が顔を上げた瞬間。
それまで黙っていたリュカ様が、地を這うような低い声で口を開いた。
「おい、ゴミ共。いつまで私の妻を不快な視線で汚している」
リュカ様から放たれた圧倒的な殺気に、使者たちは恐怖で喉を鳴らした。
「エルサは、この私が見出した。彼女を傷つけ、捨てた貴様らの王に伝えろ。『返してほしければ、国を丸ごと差し出せ。……もっとも、そんなゴミ溜め、私のエルサには相応しくないがな』」
「ひっ……!」
「消えろ。三秒待ってやろう。それ以降は、わが軍の魔獣の餌だ」
使者たちは命からがら、雪原を転がるようにして逃げ去っていった。
それを見送ったエルサの瞳には、同情の欠片も宿っていない。
「リュカ様、あんな方々のために、お手を汚すことはありませんわ」
「ああ。……だが、貴様を思い出して震えているあいつらの顔を想像すると、愉快でたまらないな」
リュカ様はエルサの顎をクイと持ち上げると、深く、所有を誇示するような口づけを交わした。
復讐はまだ、始まったばかりだ。




