第4話:私だけを見ていればいい
氷狼国の朝は、私の魔力に呼応するように輝き始めた。
城の窓の外には、氷の結晶が花のように開き、極寒の地では決して見ることのできない虹色の光が庭園を包んでいる。
「エルサ。今日は顔色が一段といいな」
リュカ様は、公務の合間を縫って一日に何度も私の部屋を訪れる。彼は私の髪を指に絡め、うっとりとした表情でその香りを吸い込んだ。
「リュカ様……お仕事はよろしいのですか?」
「貴様を眺めること以上に重要な仕事など、この世に存在しない。貴様を追い出したあの愚か者どもには、この髪一筋さえ触れさせたくないものだ」
その言葉は甘く、けれど逃げ場を塞ぐように重い。
彼は私がかつての祖国を思い出そうとするたび、まるでそれを上書きするように、豪華なドレスや宝石、そして終わりのない抱擁を捧げた。
「貴様は、私だけを見ていればいい。貴様の聖なる力は、私とこの国を温めるためだけに使うのだ」
氷の王と恐れられるリュカ様の、子供のような独占欲。
一方で、私の心には確信があった。私がここで力を解き放てば放つほど、あちらの国からは力が吸い取られていく。魔力は、より強い器へと流れる性質があるから。
その頃、ラングレイ王国の王宮は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ミラ! 聖女の祈りが足りないのではないか! 魔獣が城壁を越えてきたぞ!」
ジュリアンが叫ぶ。彼の自慢だった金髪は乱れ、瞳には隈が濃く刻まれている。
庭園の植物は枯れ果て、かつてエルサが注いでいた浄化の力は完全に消失していた。
「無理ですわ! お姉様が、お姉様が何か呪いをかけていったに決まってます!」
ミラは責任転嫁をして泣き喚くが、もはや周囲の貴族たちの視線は冷ややかだった。
彼らも気づき始めていたのだ。この国を支えていたのは「真の聖女」を自称するミラではなく、無能と蔑まれていた姉の方だったのだと。
「……そうだ、エルサだ。エルサを連れ戻せばいい!」
ジュリアンが狂ったように笑った。
「彼女は私を愛していた。謝れば、きっと思い直して戻ってくる。あいつはそういう、お人好しの聖女なんだからな……!」
王子の命を受け、ボロボロになった騎士たちが北の国境へと放たれた。
彼らはまだ知らなかった。
自分たちが迎えに行こうとしている「聖女」が、すでに「氷の王の最愛」となり、その瞳には一滴の情けも残っていないことを。




