第3話:消えた結界と、迫りくる絶望
私が氷狼国の王、リュカ様の城で目を覚ました頃。
かつての祖国――ラングレイ王国は、建国以来最大の危機に直面していた。
王城のバルコニーに立ったジュリアン王子は、その光景に言葉を失った。
空を覆っていた輝かしい黄金の結界が、霧が晴れるように霧散していく。代わりに現れたのは、どす黒い雲と、結界の消失を待ちわびていた空飛ぶ魔獣の群れだった。
「ミラ! 何をしている、早く結界を張り直せと言っているだろう!」
「やってます……やってますわ! でも、魔力を込めても、空に定着しないんですの!」
ミラが必死に杖を振りかざすが、彼女が放つ魔力は頼りなく、空に届く前に霧散してしまう。
彼女が「真の聖女」だと言い張っていた力は、エルサが事前に練り上げておいた貯蔵魔力を掠め取って自分の手柄に見せていた「まやかし」に過ぎなかった。
供給源であるエルサが消えた今、貯蔵されていた魔力は底を突き、ミラ自身の魔力では結界の一角すら維持できない。
「殿下、報告です! 北部の村が魔獣の襲撃を受け、壊滅! 魔力が枯渇し、農地も急速に腐敗し始めています!」
「馬鹿な……エルサ一人がいなくなっただけで、これほどの……」
ジュリアンの顔から血の気が引いていく。
彼はエルサを「誰にでも代わりが務まる便利な装置」だと思っていた。だが実際は、彼女一人で国家の生命線を背負わせていたのだ。
その頃、私は氷狼国の漆黒の城で、信じられないような光景を目にしていた。
「……暖かい?」
目を覚ました寝室は、外の猛吹雪が嘘のように春のような暖かさに包まれていた。
リュカ様が私の枕元に座り、恐ろしいほどの眼光で私を見つめている。
「起きたか。貴様の魔力が漏れ出したおかげで、城の庭に花が咲いたぞ。冬しか知らぬ我が国民が腰を抜かしている」
「そんな……私はただ、無意識に……」
「無意識で国の理を変えるか。やはり貴様は、神が私に与えた至宝だ」
リュカ様は私の手を取り、その手の甲に深く、刻み付けるようなキスをした。
その瞳に宿るのは、恩人への感謝などではない。
手に入れた獲物を二度と離さないという、狂気的なまでの「独占欲」だった。
「エルサ。貴様を捨てたあの国が、今どうなっているか知りたいか?」
リュカ様が冷酷な笑みを浮かべる。
「あそこはもう、国ではない。ただの屠殺場だ。……助けに行きたいか?」
私は静かに首を振った。
あの日、雪の中に捨てられた瞬間に、私の慈悲はすべて枯れ果てたのだ。
「いいえ。私は……ここで貴方様のお役に立ちたいのです」
その答えを聞いた瞬間、リュカ様の腕が私の腰を強く引き寄せた。
折れそうなほど強い力。だが、凍えきった私には、その執着が何よりも心地よかった。




