第2話:氷の王の執着
どれくらい歩いただろうか。視界は白一色に染まり、感覚のなくなった指先が鉛のように重い。
ここが、誰も生きては戻れないと言われる「氷狼国」との国境付近。
不意に足がもつれ、私は雪原に倒れ込んだ。
(ああ、ここで終わるのね……)
薄れゆく意識の中で、温かい記憶よりも、自分を嘲笑ったジュリアンやミラの顔が浮かぶ。それが悔しくて、最後に少しだけ魔力を練った。死ぬ間際に、せめて自分だけを温めるために。
その時だった。
「……こんな場所で、何をしている」
地鳴りのような、低く、冷徹な声。
重い瞼をこじ開けると、そこには巨大な白狼に跨った一人の男が立っていた。
銀色の髪が風に舞い、凍てつくような蒼い瞳が私を射抜いている。漆黒の毛皮を纏ったその姿は、まるでこの極寒の地の支配者のようだった。
「……あ、なたは……」
「この地の王、リュカ・ド・ヴォルフガングだ。貴様、なぜ死ぬ間際にこれほどの聖魔力を放っている。凍土が溶け始めているぞ」
リュカ……氷狼国の若き王。残酷で冷酷、人間嫌いの魔王と噂される御方。
彼は白狼から飛び降りると、雪に埋もれた私の体を乱暴に抱き上げた。
「っ……離して、ください。私は『無能』として、捨てられた……女です……」
「無能? この純度の魔力を持ってか? 貴様を捨てた国の王は、よほどの狂い者か盲目らしいな」
リュカ様は鼻で笑うと、私の頬を冷たい指先でなぞった。
その瞬間、彼の瞳に異常なほどの光が宿る。
「……気に入った。この冷え切った私の城に、これほど暖かな光をもたらす女が現れるとは」
「え……?」
「今日から貴様は私のものだ。逃げることは許さん。世界の果てまで追い詰め、この腕の中に閉じ込めてやる」
それは救いの言葉というよりは、呪いのような執着の宣言だった。
しかし、あまりの温かさに、私は彼の手を握り返したまま意識を失った。
一方その頃。
私が追放された祖国では、王宮を震わせるような絶叫が響いていた。
「……なんだこれは! なぜ結界が消えている!? ミラ、早く修復しろ!」
「そ、そんなこと言われても……っ! お姉様の術式が複雑すぎて、私には……!」
ジュリアン王子の前で、ミラが真っ青な顔で立ち尽くしている。
空からは雪ではなく、不吉な魔獣の鳴き声が降り注ぎ始めていた。




