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骨壷

作者: 網笠せい

『骨壷』


 戦地に赴いた男の骨壺が届いたのは戦死広報のしばし後であった。

 彼と末永く共にあると誓った少女は骨壷が届くまで頑なに信じずにいたが、そこに収まった南方の砂粒に触れて「ああ」と涙さえ流すことなく悲嘆した。

 南方の激戦地で散った兵士の遺骨は、誰が誰のものかわからぬまま浜辺に集められ、焼かれた。骨壷に収められるのは現地の白い砂粒ばかりである。

 嗚咽と共に彼の家族や友人が眠りについた夜半、少女は骨壷を持ち出して海に身を投げた。月のない夜であった。風もなく潮騒ばかりが静かに響いた。

 少女の遺骸は浜辺に打ち上がることなく、北欧の作家の書いたお伽話のごとく、泡となって溶けたようにさえ思われた。


***


 ある男が終戦後、数年を経て帰還した。戦死したと思われた男であった。男は故郷で家族や友人に迎えられてことの顛末を知ると、せめて少女の菩提を弔おうと寺を訪ねた。

 痛めた膝に顔をしかめながら、山深い寺の石段を登る。山門をくぐると、気の早い蝉の声が木々をざわつかせていた。

 尼僧に少女の戒名を伝えて卒塔婆を求める。尼僧はわずかに手を止めて、じっと男の顔を眺めた。


「なにか?」

「いいえ」


 尼僧が墨をする間、男はしばし回想する。

 骨壷と心中とは無茶をしたものだと、男は片頬をゆるませて寂しく笑った。思えば生前から後先を考えない女であった。彼の周りをくるくると回っては笑ったり泣いたり怒ったりと忙しない女であった。おそろしく頑固であった。

 尼僧が卒塔婆を取り落とす音で、男は我にかえった。


「失礼。目があまり見えませんもので」


 男は卒塔婆を受け取ると、本堂に手を合わせる。

 訪れたときと同じように石段をおりる。振り返ると、紫陽花の手入れをしていた尼僧が山門で頭を下げた。

 遠くから潮騒が聞こえる。


<了>

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