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エレベーター37の秘密(1-10章)

## 第1章 停止したエレベーター


足元から微かな震動が伝わってきた。


アレックス・ジョンソンは、手すりを軽く握り直した。高層マンション「ブルーヒルズ」のエレベーターは、いつもと同じように滑らかに上昇していた。彼はディスプレイに表示される数字を無意識に追っていた。


20階。

21階。

22階。


いつもなら、ほとんど注意を払わない日常の一部。35年の人生で、エレベーターに乗る回数など数えきれない。


しかし、今日は何かが違った。


アレックスは首筋に感じる違和感に眉をひそめた。朝の光が差し込むエレベーターの床に映る自分の姿は、いつもより影が濃いように見えた。昨夜の悪夢の名残りか。


29階。

30階。

31階。


彼は腕時計を見た。午前8時17分。通勤ラッシュのピークは過ぎていた。だから、今彼はエレベーター内に一人だった。それが彼の好みだった。人との接触を最小限に抑えたいという無意識の欲求が、毎朝の出勤時間を微妙にずらすよう彼を促していた。


33階。

34階。

35階。

36階。


そして、ディスプレイに「37」の数字が表示された瞬間、エレベーターが唐突に揺れ、停止した。電灯が一度消え、非常灯の淡い赤色が空間を染めた。


「何だ...」


アレックスの言葉は、異様な静寂の中で宙に浮いた。


おかしい。彼の住むブルーヒルズは36階建てだ。37階など存在しないはずだった。


一瞬の混乱の後、彼は冷静さを取り戻した。まず、インターホンで管理室に連絡しよう。彼は壁のコールボタンを押した。


反応がない。


もう一度押す。


沈黙。


アレックスはスマートフォンを取り出したが、画面に「圏外」の表示が点滅していた。


「冗談だろう...」


彼は声に出して言い、その言葉が密閉された空間の中で不自然に響くのを感じた。


高層マンションの住人として、エレベーター内に閉じ込められるというシナリオは何度か想像したことがあった。しかし、実際に経験するのは初めてだった。冷静になれ、パニックにならないことだ。必ず誰かが気づいて対応してくれる。彼はそう自分に言い聞かせた。


アレックスは深呼吸をして、周囲を観察し始めた。標準的な高層マンションのエレベーター。鏡張りの壁、銀色の手すり、落ち着いたベージュ色の床。しかし、非常灯の光の中では、すべてが不気味な赤みを帯びて見えた。


そして彼は、それまで気づかなかった何かに目が留まった。


エレベーターの隅、床と壁の接合部に何かが挟まっている。


かがみ込んで手を伸ばすと、一枚の紙切れだった。折り目がついた小さなメモ。アレックスは非常灯の光に向けてそれを広げた。


そこには、細い文字でこう書かれていた。


『37階で待っています。真実を知る準備はできましたか?』


アレックスの背筋に冷たいものが走った。このメモは誰が残したのか。そもそも37階など存在しないはずなのに。


彼がメモを凝視していると、突然エレベーターのドアが開いた。


しかしそこは、彼の知るブルーヒルズの廊下ではなかった。


薄暗い、見知らぬ空間が彼の前に広がっていた。


## 第2章 存在しない階


アレックスは息を呑んだ。


ドアの向こうに広がる廊下は、ブルーヒルズのどの階とも違っていた。普段の廊下は明るく、白を基調としたモダンなデザインだ。しかし目の前に広がる空間は、薄暗く、壁は古びた灰色で、天井の蛍光灯はちらついていた。


一瞬、彼はエレベーターのボタンパネルに手を伸ばした。しかし何か不思議な衝動に駆られ、足を一歩前に踏み出した。


廊下に足を踏み入れた瞬間、彼の背後でエレベーターのドアが閉まる音がした。


振り返ると、エレベーターのドアは完全に閉じていた。パネルに表示される数字は「37」のまま。


「おい、ちょっと待て!」


アレックスはドアに駆け寄り、開くボタンを連打した。反応はない。彼はドアを手で開けようとしたが、びくともしなかった。


「くそっ...」


彼は周囲を見回した。廊下には部屋のドアが並んでいた。ブルーヒルズの他の階と同じように見えるが、何かが違う。ドア番号は3701、3702と続いていた。


まさか本当に37階に来てしまったのか。


いや、冷静になれ。ブルーヒルズは36階建てだ。37階など存在しない。これは何かの間違い、あるいは悪質な冗談かもしれない。


アレックスはポケットに入れたメモを再び取り出し、文面を見直した。


『37階で待っています。真実を知る準備はできましたか?』


誰が彼を待っているというのか。そして、どんな「真実」を知る必要があるのか。


不安と好奇心が入り混じる中、彼は廊下を歩き始めた。数部屋先で、ドアが開く音がした。


アレックスは足を止め、緊張して見つめた。


ドアから姿を現したのは、見覚えのある女性だった。


「リサ...?」


彼女はアレックスと同じマンションの住人で、時々エレベーターで会話を交わす程度の間柄だった。短めの黒髪、知的な印象の眼鏡、いつも落ち着いた態度の女性。


「アレックスさん? あなたもここに...」


リサ・ヤマモトの声には明らかな動揺が含まれていた。彼女は廊下を見回し、混乱した様子でアレックスに近づいた。


「ここが37階だって? あり得ないわ。このマンション、36階までしかないはずよ」


「俺もそう思った。でもここに来てしまった。エレベーターが突然停止して...」


彼らの会話は別のドアが開く音で中断された。


今度は中年の男性が姿を現した。灰色の髪、厳しい表情の男性は、アレックスとリサを見て目を細めた。


「タクミ・ウエダです」彼は簡潔に自己紹介した。「君たちも同じようにここに閉じ込められたのか?」


アレックスは頷いた。「エレベーターが37階で停止して、ドアが開いた。戻ろうとしたけど、閉じられてしまった」


「馬鹿げている」タクミは苛立ちを隠さずに言った。「37階など存在しないのに。これは何かの間違いだ」


「あの...」


新たな声に三人が振り向くと、若い女性が別の部屋から出てきていた。神経質そうな雰囲気の彼女は、自分の腕を抱くようにして立っていた。


「私、ミユキ・カトウと言います。何が起きているのか分かりません。部屋にいたら突然ドアが開いて、外を見たらここでした...」


彼女の声は震えていた。明らかに恐怖を感じている。


タクミは冷たい目で彼女を見た。「部屋にいた? 自分の部屋からここに来たのか?」


ミユキは頷いた。「はい。私の部屋、2301号室にいたんです。それが突然...」


「おかしな話だ」タクミは疑わしげに言った。


さらに別のドアが開き、明るい表情の女性が現れた。


「あら、皆さんもここにいたんですね」彼女は微笑みながら近づいてきた。「ミカ・オオタです。何だか不思議な状況ですね」


最後に登場したのは、疲れた表情の中年男性だった。


「リョウ・サカグチだ」彼は簡単に言った。「どうやら我々は全員、何らかの理由でこの存在しないはずの37階に集められたようだな」


アレックスは状況を整理しようとした。今、廊下には6人のブルーヒルズ住人が集まっている。全員が同じように突然37階に来てしまったというが、具体的な経緯は様々だった。


「まずは、ここから出る方法を考えるべきだ」タクミが言った。「エレベーターは動かないのか?」


「試したけど反応しなかった」アレックスが答えた。「携帯電話も圏外になっている」


全員が自分のスマートフォンを確認したが、結果は同じだった。誰一人として外部と連絡を取ることができない。


「非常階段は?」リサが提案した。「この階にも非常階段への出口があるはずです」


一同は廊下の奥へと進んだ。通常、ブルーヒルズの各階には廊下の両端に非常階段への出口がある。しかし、37階の廊下を進むと、行き止まりに突き当たった。非常口を示す標識はあったが、そこにあるべきドアはなかった。壁には「非常口」の文字が書かれていたが、ドアの形だけが壁に描かれているような不気味な状態だった。


「冗談じゃない...」リサが呟いた。


反対側も同様だった。非常口の標識はあるが、実際のドアは存在しなかった。


「これは明らかにおかしい」リョウが静かに言った。「我々は意図的に閉じ込められているようだ」


「でも、誰が? なぜ?」ミカが疑問を投げかけた。


アレックスはポケットのメモを思い出した。彼はそれを取り出し、皆に見せた。


『37階で待っています。真実を知る準備はできましたか?』


「このメモを見つけたんです、エレベーター内で」


全員がメモを見つめた。タクミが眉をひそめる。


「これは何かの悪質な冗談か、あるいは...」


「あるいは何かの実験か」リョウが言葉を継いだ。「我々を観察している者がいるのかもしれない」


ミユキは明らかに恐怖に震えていた。「どうしたら良いんですか? ここから出られないんですか?」


その時、廊下の照明が突然消え、一瞬の暗闇の後、再び点灯した。しかし今度は赤い光だった。まるで非常灯のように。


そして全員の耳に、はっきりとした機械音声が響いた。


「ようこそ、37階へ。あなたたちは選ばれました。真実を知り、過去と向き合う準備はできていますか?」


アレックスは背筋に冷たいものを感じた。彼の心の奥底で、長い間封印してきた記憶が疼き始めていた。


## 第3章 閉じ込められた住人たち


赤い照明が廊下を不気味に染める中、6人の住人たちは言葉を失っていた。


「何の冗談だ?」タクミが最初に声を上げた。彼の声には怒りが含まれていた。「誰がこんなくだらないゲームを仕掛けているんだ?」


「落ち着いてください」リサが冷静に言った。「パニックになっても状況は改善しません」


アレックスは壁を見回した。声の出所を特定しようとしたが、スピーカーらしきものは見当たらなかった。


「監視されている...」リョウがつぶやいた。彼はゆっくりと周囲を見回し、天井の隅を指さした。「あそこだ」


全員が見上げると、小さなカメラが設置されているのが見えた。よく見ると、廊下の各所に同様のカメラが配置されていることに気がついた。


「マンションの監視カメラではないわ」ミカが言った。「ブルーヒルズの監視カメラはもっと大きくて、ロビーと駐車場にしか設置されていないはず」


「誰かが私たちを監視している...」ミユキの声は震えていた。


アレックスは深呼吸をして、状況を整理しようとした。閉じ込められた6人全員がブルーヒルズの住人であること、37階という存在しないはずの場所にいること、誰かが彼らを監視していることは明らかだった。しかし、なぜ彼らなのか?


「お互いのことをもっとよく知るべきだ」アレックスは提案した。「何か共通点があるかもしれない。なぜ私たちが選ばれたのか」


「賛成です」リサが頷いた。「基本的な情報から始めましょう。私はリサ・ヤマモト、32歳、ITセキュリティコンサルタントです。ブルーヒルズには2年前から住んでいます。1505号室です」


「アレックス・ジョンソン、35歳、建築設計士。5年前からブルーヒルズの2212号室に住んでいる」


タクミは腕を組み、渋々と自己紹介した。「タクミ・ウエダ、40歳。投資アドバイザー。3年前から3101号室に住んでいる」


「ミユキ・カトウです、33歳、心理カウンセラーです。1年前から2301号室に住んでいます」彼女はまだ緊張した様子だった。


「ミカ・オオタ、28歳、フリーランスのwebデザイナーです!2605号室に3年住んでます」彼女は他の人たちよりも明るい調子で話した。


「リョウ・サカグチ、45歳。大学教授。7年前から1203号室に住んでいる」彼は静かに言った。


「特に明確な共通点は見当たらないわね」リサが考え込む。「年齢も職業も様々、マンションでの居住期間も異なる」


「それとも...」アレックスは言いかけて止まった。何か引っかかるものがあった。


「何か思いついたの?」ミカが尋ねた。


アレックスは頭を振った。「いや、まだはっきりしない。ただの直感だ」


「直感より事実が必要だ」タクミは冷たく言った。「この状況から抜け出す方法を考えるべきだ。各部屋を調べてみよう。何か手がかりがあるかもしれない」


みんなは頷き、廊下に並ぶドアを見た。3701から始まる部屋番号は、まるで本当にここが37階であるかのようだった。


「グループに分かれた方がいいでしょう」リサが提案した。「安全のために」


「私は一人で行動する」タクミはきっぱりと言った。


「それは危険です」リサが反論した。「何が起こるか分からない状況で」


「彼女の言うとおりだ」リョウが同意した。「最低でも二人一組で行動すべきだ」


結局、アレックスとリサ、ミカとミユキ、リョウとタクミの三組に分かれることになった。タクミは不満そうだったが、最終的に同意した。


アレックスとリサは3701から3705までの部屋を、ミカとミユキは3706から3710を、リョウとタクミは3711から3715の部屋を調べることになった。


「30分後にここで集合しましょう」リサが言った。「何か見つけたら、すぐに他のグループに知らせてください」


アレックスとリサは3701号室のドアの前に立った。アレックスはノブに手を掛け、ゆっくりと回した。


鍵は掛かっていなかった。


ドアが開くと、そこには普通のマンションの一室があった。しかし、どこか奇妙だった。部屋には家具が揃っているが、まるでモデルルームのように人の気配がなかった。


「誰も住んでいないみたいね」リサが言った。


二人は慎重に部屋を探索した。リビングルーム、キッチン、寝室、バスルーム—すべて標準的な設備が整っていた。しかし、個人的な持ち物は一切なかった。


「窓を見て」リサが寝室から呼びかけた。


アレックスが駆けつけると、リサはカーテンを開け、外を指さしていた。


窓の外には、灰色の霧のようなものしか見えなかった。ブルーヒルズからは都市の景色が見えるはずなのに、そこにあるのは不透明な灰色の空間だけだった。


「まるでこの階だけが現実から切り離されているみたい...」リサがつぶやいた。


他の部屋も同様だった。すべての部屋が同じように家具は揃っているが、人の気配はなく、窓の外には同じ灰色の霧が広がっていた。


3704号室を調べていた時、アレックスはデスクの引き出しの中に一枚の写真を見つけた。


それは彼自身の写真だった。


「これは...」


彼はショックで言葉を失った。写真は数年前、彼がまだ別の会社で働いていた時のもので、同僚たちと笑顔で写っていた。しかし、その写真の中の一人の顔が黒いマジックで塗りつぶされていた。


リサが近づいて写真を覗き込んだ。「あなたね。誰かの顔が消されている...」


アレックスは写真を握りしめた。冷や汗が背中を伝った。この写真が意味するもの、消された顔の持ち主が誰なのか、彼は分かっていた。それは彼が長い間、忘れようとしてきた記憶の一部だった。


「どうしたの?」リサが心配そうに尋ねた。


アレックスは首を振った。「何でもない。ただの古い写真だ」


彼は写真をポケットに入れた。心の中で浮かび上がってきた記憶を押し戻そうとした。今はそれに対処する時ではない。まずはここから出る方法を見つけなければならない。


30分後、全員が集合場所に戻ってきた。


「何か見つかった?」アレックスが他のグループに尋ねた。


ミカは首を振った。「部屋はすべて同じよ。家具はあるけど、人の気配はなし。窓の外は霧だらけ」


「私たちも同様だ」リョウが言った。「しかし、3713号室のテレビが興味深かった」


「テレビ?」アレックスは好奇心をそそられた。


「そう、テレビはついていた。そしてそこに映っていたのは...」


「我々自身だ」タクミが言葉を継いだ。「この廊下で話している我々の姿がリアルタイムで映し出されていた」


全員が不安な顔を見合わせた。


「他に何か見つかった?」リサが尋ねた。


ミユキが震える手で一枚の写真を取り出した。「これ...私の写真です。でも、どうしてここにあるのか...」


それはミユキが数人の友人と写っている写真だった。アレックスの写真と同様に、一人の顔が黒く塗りつぶされていた。


「私も写真を見つけた」アレックスは自分の写真を取り出した。


他のメンバーも同様だった。全員が自分自身が写った写真を見つけており、すべての写真で誰かの顔が消されていた。


「これは偶然じゃない」リョウが言った。「誰かが我々の過去を知っていて、それを使って我々を試している」


「試している?」ミユキが震える声で尋ねた。「どんな試練なの?」


その瞬間、廊下の照明が再び明滅し、同じ機械音声が響いた。


「皆さんはそれぞれ秘密を抱えています。過去から逃げ続けてきた真実があります。37階を出るためには、その真実と向き合わなければなりません」


声が消えると、廊下の奥に新たなドアが現れた。そのドアには「真実の部屋」と書かれていた。


アレックスはポケットの写真を握りしめた。彼の過去、彼が避けてきた真実—それが彼をここに連れてきたのか。


## 第4章 最初の秘密


「真実の部屋…」


アレックスはつぶやいた。廊下の奥に現れたドアは、他の部屋のドアとは明らかに異なっていた。黒い木製のドアで、「真実の部屋」という文字が金色で描かれている。


「これは明らかに罠だ」タクミが警戒心を露わにした。「あのドアを開けるべきではない」


「でも、ここから出る方法はそこにあるかもしれないわ」ミカが言った。


「しかし、どうして私たちなの?」ミユキの声は小さかった。「なぜ私たちが選ばれたの?」


リョウは写真を見つめながら考え込んだ。「我々全員の写真で誰かの顔が消されている。これは何らかの共通点を示唆している」


「過去の罪?」リサが慎重に言った。


アレックスは不快感を覚えた。彼の内側で、長い間封印してきた記憶が蠢いていた。彼はポケットの写真を握りしめ、話題を変えようとした。


「とにかく、あのドアを調べてみるべきだ。他に選択肢はないようだし」


一同はゆっくりとドアに近づいた。アレックスが先頭に立ち、リサが彼の隣に並んだ。


「気をつけて」彼女は小声で言った。


アレックスはドアノブに手を伸ばした。触れると、冷たく感じた。深呼吸して、彼はノブを回した。


ドアが開くと、部屋の中は暗かった。わずかに見えるのは、中央に置かれた丸テーブルと、その周りに配置された6つの椅子だけだった。


全員が警戒しながら部屋に入ると、ドアが自動的に閉まった。同時に、テーブルの上の小さなランプが点灯し、薄暗い光が部屋を照らした。


「座るように設計されているようだな」リョウが言った。


「私は立っているほうがいい」タクミは警戒心を緩めなかった。


「全員座ってください」


突然、機械的な声が部屋中に響いた。その声は冷たく、感情がないように聞こえた。


「座らないと、次のステージに進めません」


アレックスはリサと視線を交わした。彼女は小さく頷き、椅子に座った。他の人々も一人ずつ腰を下ろした。最後にタクミも、不満げな表情を浮かべながら座った。


テーブルの中央にあるランプが明るくなり、突然テーブル全体が光り始めた。それはまるでタッチスクリーンのディスプレイのようだった。テーブル上に6つの名前が表示された。それぞれの名前の隣には「秘密」という単語と、小さなロックアイコンがあった。


「ゲームを始めます」機械音声が響いた。「各自の秘密が一つずつ明かされます。すべての秘密が明らかになれば、次のステージへの扉が開きます」


「これはふざけている」タクミが怒りを抑えきれず立ち上がった。「私はこんなゲームに付き合う気はない」


彼がドアに向かって歩き出した瞬間、部屋の温度が急激に下がった。


「ゲームを拒否すると、罰則があります」機械音声が警告した。


タクミは震え、渋々と席に戻った。


「では始めましょう。最初の秘密は...」


テーブルのディスプレイが明滅し、一つの名前が浮かび上がった。


「ミユキ・カトウ」


ミユキは顔を青ざめさせた。「い、いや...」


テーブル上のディスプレイが変わり、テキストが現れた。


『ミユキ・カトウは患者との不適切な関係を持った。彼女が担当していた患者、田中健太は彼女との関係が原因で自殺した』


部屋の中が静まり返った。


ミユキは震えていた。「そ、それは...」


「本当なの?」ミカが小さな声で尋ねた。


ミユキの目に涙が溢れた。「違う...全部が真実というわけじゃない...」


「どういうこと?」リサが優しく尋ねた。


ミユキは顔を両手で覆った。「健太さんは...私のカウンセリングを受けていました。彼はうつ病で...」彼女は言葉に詰まり、泣きながら続けた。「確かに私たちは親しくなりすぎました。私は彼の気持ちを利用してしまった...でも、自殺の直接の原因は...」


「あなたじゃない」アレックスが静かに言った。


ミユキは彼を見つめ、ゆっくりと頷いた。「彼の病状は改善していました。私たちの関係は...確かに倫理的には間違っていました。でも彼が自殺したのは、私が関係を終わらせようとしたからではなく、彼の薬が変更されたからだと思います」


「でも、あなたは自分を責めている」リョウが鋭く指摘した。


ミユキは黙ってうなずいた。「毎日...毎晩...もし私が適切な距離を保っていれば、もっと冷静にアドバイスできていたかもしれない...」


「だから心理カウンセラーとして働き続けているのね」ミカが理解したように言った。「償いのために」


「はい...他の患者には絶対に同じ過ちを繰り返さないと決めています」


部屋が再び静かになった。アレックスはミユキを見つめた。彼女の告白は誠実に聞こえた。彼自身も、過去の過ちに対する罪悪感を抱えていることを痛感した。


「最初の秘密が明かされました」機械音声が静かに言った。「ミユキ・カトウの過去の罪は記録されました」


テーブル上のミユキの名前の隣にあるロックアイコンが開錠されたアイコンに変わった。


「次の秘密に進みます」


全員が緊張した面持ちでテーブルを見つめた。誰の名前が次に表示されるのか、全員が恐れていた。


ディスプレイが再び明滅し、次の名前が表示された。


「タクミ・ウエダ」


タクミの顔から血の気が引いた。彼の通常の冷静で傲慢な態度が一瞬で崩れ去った。


「いや...」彼はかすれた声で言った。


テーブル上にテキストが現れた。


『タクミ・ウエダは顧客の資金を流用した。その結果、山田家は全財産を失い、山田俊夫は心臓発作で死亡した』


部屋の空気が凍りついた。


タクミは震える手でテーブルを掴んだ。「これは...」


「本当なの?」リサが厳しい目でタクミを見た。


タクミはしばらく沈黙した後、ため息をついた。「部分的には事実だ」彼の声は普段の強さを失っていた。「私は投資に失敗し、損失を隠すために一時的に資金を流用した。すぐに返済するつもりだった...」


「でも、できなかった」リョウが冷静に言った。


タクミは頷いた。「市場は予想通りに回復せず、すべてが崩壊した。山田さんの家族はすべてを失った。しかし...」彼は深呼吸をした。「彼の死は...私のせいではない。彼はすでに心臓病を患っていた」


「それであなたは自分を慰めているわけ?」ミカの声は普段の明るさを失っていた。


「いいえ」タクミは頭を振った。「毎日、私は彼のことを考える。私の判断の誤りが彼の死を早めたかもしれないという事実と共に生きている。刑務所で2年を過ごし、全てを失った...」


「それなのに今は投資アドバイザーとして働いているの?」リサは驚いた様子で尋ねた。


タクミは苦い笑みを浮かべた。「名前を変え、過去を隠し、再出発した。小さな会社で、慎重に...私は自分の過ちから学んだ。二度と同じ間違いは繰り返さない」


「そんな簡単には償えないわ」ミカが反発した。


「償いは一生続く」タクミは静かに言った。「それは私も知っている」


「二つ目の秘密が明かされました」機械音声が言った。「タクミ・ウエダの過去の罪は記録されました」


テーブル上のタクミの名前の隣のロックアイコンも開錠された。


アレックスは落ち着かない気持ちで次の名前を待った。これは単なるゲームではなかった。誰かが彼らの過去を調査し、最も深い秘密を暴いていた。そして彼自身の秘密も、いずれ明かされることになる。


彼はポケットの写真を握りしめ、消された顔の持ち主を思い出した。もし自分の番が来たら、彼は真実を語る勇気があるだろうか。


## 第5章 信頼の亀裂


ディスプレイが次の名前を表示するのを、アレックスは息を止めるようにして待った。しかし、予想に反して、テーブルのディスプレイが暗くなった。


「本日のセッションはここまでです」機械音声が冷静に告げた。「明日、残りの秘密が明かされます」


突然、「真実の部屋」のドアが開いた。


「何だって?」タクミが驚いて立ち上がった。「これで終わりなのか?」


「明日って...いつまでここに閉じ込められるつもりなの?」ミカが不安そうに尋ねた。


誰も答えはなかった。6人は困惑しながらも、開いたドアから廊下に戻った。


廊下に出ると、さらに驚きが待っていた。以前は存在しなかった6つのドアが新たに現れていた。各ドアには彼らの名前が書かれていた。


「個室を用意したってことか」リョウが言った。


「どうやら今夜はここで過ごせということらしい」リサが付け加えた。


アレックスは自分の名前が書かれたドアの前に立った。「他に選択肢はなさそうだ」


彼がドアを開けると、中は小さいながらも快適な部屋だった。ベッド、小さなテーブルと椅子、バスルームがある。必要最低限の設備だが、一晩を過ごすには十分だった。


「皆さん、休息を取ってください」リサが提案した。「明日、また集まりましょう」


疲れと緊張で全員が黙ってうなずいた。それぞれが自分の部屋に入っていく中、アレックスはリサに近づいた。


「リサ、少し話せないか?」


彼女は少し驚いた様子だったが、同意した。「もちろん」


彼らはアレックスの部屋に入った。アレックスはドアを閉め、椅子をリサに勧めた。自分はベッドの端に座った。


「今日起きたこと、どう思う?」アレックスが切り出した。


リサは考え込むように眉をひそめた。「誰かが私たちの過去を調査し、このゲームを仕掛けている。でも、目的は何なのかしら...」


「自白を強制するためか、それとも別の目的があるのか...」アレックスは写真をポケットから取り出した。「この消された顔、心当たりがあるんだ」


「誰?」


アレックスは言葉に詰まった。彼はまだ準備ができていなかった。自分の秘密をリサに打ち明けるのは、まだ早すぎると感じた。


「...話せる準備ができたら話すよ」彼は写真をしまった。「今夜はそれぞれが自分のことを考える時間かもしれない」


リサはしばらく彼を見つめた後、頷いた。「分かったわ。でも、アレックス...」彼女は言葉を選ぶように間を置いた。「ここから出るには、互いに信頼し合うしかないと思う」


「知ってる」アレックスは小さく答えた。「でも、信頼するのは簡単じゃない」


「誰にとっても」リサは立ち上がった。「おやすみなさい、アレックス。明日に備えて」


彼女が去った後、アレックスはベッドに横たわり、天井を見つめた。ここ数年、彼は自分の過去から逃げ続けてきた。他人との深い関わりを避け、誰も近づけないようにしてきた。しかし今、彼は閉じ込められ、自分の秘密と向き合わなければならなくなっていた。


彼は写真を再び取り出し、消された顔のあった場所に指を滑らせた。


「ダニエル...」彼は小さく名前を呟いた。


---


翌朝、アレックスは奇妙な音で目を覚ました。部屋のドアの下から紙が滑り込んでくる音だった。


彼は飛び起き、紙を拾い上げた。それはメモだった。


『今日は残りの秘密が明かされます。朝食後、「真実の部屋」に集合してください。』


アレックスが身支度を整えて部屋を出ると、廊下には既に他の住人たちが集まっていた。全員が同じメモを受け取ったようだった。


「おはよう」ミカが言った。彼女は疲れた様子だったが、まだ他の人たちよりも明るい態度を保っていた。


「朝食はあそこみたい」リサが廊下の奥を指さした。以前はなかった扉が、「食堂」と表示されて現れていた。


一同は無言で食堂に向かった。中には質素だが十分な朝食が準備されていた。トースト、卵、コーヒー、ジュースなど。


食事中、誰も多くを語らなかった。昨日の「真実の部屋」での出来事が全員の心に重くのしかかっていた。ミユキは特に沈んだ様子で、食事にほとんど手をつけなかった。


タクミも普段の強気な態度は影を潜め、静かにコーヒーを飲んでいた。


「今日、誰の秘密が明かされるかな」ミカが重い沈黙を破ろうとした。


「それを楽しみにしているのか?」タクミが苛立ちを隠さず言った。


「違うわ」ミカは防御的に返した。「ただ...」


「ただ皆を不安にさせているだけだ」タクミは食堂を立ち去った。


アレックスはミカが傷ついた表情を見せるのを見た。「気にするな。彼は自分自身と戦っているんだ」


「わかってる」ミカは小さく微笑んだ。「私たち全員が」


食事を終えると、全員が「真実の部屋」に向かった。ドアは既に開いており、昨日と同じ配置のテーブルと椅子が待っていた。


全員が席に着くと、ドアが閉まり、テーブルのディスプレイが点灯した。


「本日のセッションを始めます」機械音声が宣言した。「昨日の続きから」


ディスプレイが明滅し、次の名前が表示された。


「ミカ・オオタ」


ミカの顔から血の気が引いた。彼女の普段の明るさが消え、恐怖に取って代わった。


テーブルにテキストが現れた。


『ミカ・オオタは友人の作品を盗用し、自分のものとして発表した。その友人、佐藤千尋は業界から干され、うつ病になった』


ミカは震える唇で言った。「そ、それは...」


「本当なの?」リサが静かに尋ねた。


ミカは涙を拭いながら頷いた。「でも...それは全部じゃない...」


「説明して」リョウが促した。


ミカは深呼吸をした。「千尋と私は大学の同級生で、一緒にデザインを勉強していました。卒業制作で...彼女のアイデアの一部を私は確かに使いました」


彼女は泣きながら続けた。「当時は競争が激しくて、私は必死だった。彼女のスケッチブックを見て...その一部を自分のプロジェクトに取り入れた。それで賞を取って、大きな会社からオファーをもらった」


「そして千尋さんは?」アレックスが尋ねた。


「彼女は...業界に入れなかった。後に私は彼女が鬱になったと聞いた。私が謝ろうとしたとき、彼女はもう連絡を取ろうとしなかった」ミカは顔を手で覆った。「私は自分の成功を彼女から盗んだんです」


部屋は再び静まり返った。


「だからフリーランスとして働いているのね」リサが理解を示した。「会社で働き続けられなかったから」


ミカは頷いた。「罪悪感で毎日苦しんでいます。彼女の作品から取ったアイデアで生きていくなんて...でも、今さらどうすることもできない」


「謝ることはできる」アレックスは優しく言った。「まだ遅すぎることはないはずだ」


ミカは悲しげに笑った。「5年間試し続けたわ。彼女は私からの連絡を全て拒否している」


「三つ目の秘密が明かされました」機械音声が告げた。「ミカ・オオタの過去の罪は記録されました」


テーブル上のミカの名前の隣のロックアイコンが開錠された。


「次の秘密に進みます」


ディスプレイが次の名前を表示した。


「リョウ・サカグチ」


リョウは表情を変えなかった。彼はまるでこの瞬間を予想していたかのように、冷静さを保っていた。


テーブルにテキストが現れた。


『リョウ・サカグチは妻の不倫を知りながら無視し続け、その結果、妻は愛人と心中した』


リョウは深いため息をついた。彼の顔には疲労が刻まれていた。


「本当ですか?」ミユキが震える声で尋ねた。


リョウはゆっくりと頷いた。「妻の美奈子は...私の同僚と関係を持っていた。私は気づいていた。メールを見つけ、電話の会話を聞き、彼女の行動の変化に気づいていた」


「なぜ何もしなかったの?」リサが尋ねた。


「恥ずかしかった」リョウの声は感情を抑えていた。「大学教授として、私は自分のプライドを大切にしていた。妻が不倫していることを認めれば、私自身の失敗を認めることになる。だから...私は無視し続けた。彼女が苦しんでいることを知りながら」


「そして...」アレックスが促した。


「彼女は愛人と一緒に車の中で...」リョウは言葉を詰まらせた。「一酸化炭素中毒だった。最初は事故だと思われたが、彼女の残した手紙で...」


「自殺だったと分かった」タクミが静かに言った。


リョウは頷いた。「彼女は私に助けを求めていた。言葉には出さなかったが、彼女の行動は全て叫びだった。私は見て見ぬふりをした」


「四つ目の秘密が明かされました」機械音声が言った。「リョウ・サカグチの過去の罪は記録されました」


テーブル上のリョウの名前の隣のロックアイコンも開錠された。


「次の秘密に進みます」


アレックスは緊張で体が硬くなった。残っているのは彼とリサだけだった。どちらが次になるのか。


ディスプレイが次の名前を表示した。


「リサ・ヤマモト」


リサは顔を上げ、覚悟を決めたように深呼吸した。


テーブルにテキストが現れた。


『リサ・ヤマモトはハッキング技術を使って元上司の犯罪の証拠を偽造し、彼を破滅させた。木村健太は刑務所で自殺した』


リサの顔は硬直していた。彼女は両手を握りしめた。


「リサ...」アレックスは驚きと戸惑いを隠せなかった。彼が最も信頼していると思っていた人物が、こんな秘密を抱えていたとは。


「そうよ」リサは静かに認めた。「私がやったわ」


「なぜ?」ミユキが尋ねた。


「彼は...私のキャリアを台無しにした」リサの声は冷たかった。「私のアイデアを盗み、私の功績を横取りし、私が抗議すると、セクハラの噂を広めた。彼のせいで私は前の会社を辞めざるを得なかった」


「だから復讐した」タクミが言った。それは質問ではなく、確認だった。


リサは頷いた。「私はITセキュリティのスペシャリスト。彼のコンピューターに不正なデータを植え付けるのは難しくなかった。彼が横領の罪で逮捕された時、私は満足感を覚えた」彼女は苦い笑みを浮かべた。「でも、彼が刑務所で自殺したと知った時...」


彼女は言葉を切った。


「後悔した?」アレックスが尋ねた。


リサは彼の目をまっすぐ見た。「正直に言うと...最初は後悔しなかった。彼が受けるに値する報いだと思った。でも時間が経つにつれて...」彼女はため息をついた。「彼には家族がいた。子供たちがいた。私は彼だけでなく、罪のない人たちも傷つけたんだ」


「五つ目の秘密が明かされました」機械音声が言った。「リサ・ヤマモトの過去の罪は記録されました」


テーブル上のリサの名前の隣のロックアイコンも開錠された。


アレックスは緊張で体が震えていた。今度は彼の番だ。彼の最も深い秘密が、今まさに全員の前で暴かれようとしていた。


「最後の秘密に進みます」


ディスプレイに彼の名前が現れた。


「アレックス・ジョンソン」


## 第6章 アレックスの秘密


部屋の空気が凍りついたように感じた。全員の視線がアレックスに注がれていた。彼は自分の心臓の鼓動が耳の中で響くのを感じた。


テーブルのディスプレイにテキストが現れた。


『アレックス・ジョンソンは親友のダニエル・リーの設計を盗み、自分のものとして発表した。ダニエルは名誉を失い、職を失い、最終的に橋から飛び降りて自殺した』


アレックスは目を閉じた。彼の最も暗い秘密が、今、全員の前に晒されていた。彼はポケットから写真を取り出し、テーブルの上に置いた。消された顔—それはダニエルだった。


「本当なの?」ミカが小さな声で尋ねた。


アレックスはゆっくりと目を開け、頷いた。「ああ、本当だ...」


彼は深呼吸をして、話し始めた。


「7年前、私はある建築設計事務所で働いていた。ダニエルは私の親友で同僚だった。彼は天才的なデザイナーで、私は彼の才能を...妬んでいた」


アレックスは苦い笑みを浮かべた。


「ある日、彼は革新的な設計コンセプトを思いついた。環境に優しく、芸術的で、機能的な建物だった。彼はそれを大きなコンペに出す予定だったが、提出前に私に意見を求めてきた」


アレックスは手を握りしめた。


「その夜、私たちは飲みに行った。彼は酔って、早く帰った。私は彼のデスクに残された設計図を見て...衝動的に決めた。彼のアイデアに少し手を加え、自分の名前で提出したんだ」


部屋は静まり返っていた。


「コンペで優勝した。大きな賞金と、有名な建築事務所からのオファーを得た。ダニエルは驚いたが、最初は私を疑わなかった。彼は自分も同じようなコンセプトを考えていたと言ったが、誰も彼を信じなかった」


「何が起きたの?」リサが静かに尋ねた。


「彼は自分の設計が盗まれたと主張し始めた。でも証拠がなかった。彼のスケッチは...私が捨てていた」アレックスの声が詰まった。「業界の人々は彼を嘘つき呼ばわりし始めた。彼は仕事を失い、友人を失い、最終的には...希望を失った」


アレックスは写真を見つめた。


「彼の死を知ったのは、ある夜、ニュースでだった。彼が橋から飛び降りたと...彼は遺書を残していた。私の名前は書かれていなかったが、『真実はいつか明らかになる』と書いていた」


「それから、あなたは彼から逃げるように生きてきたのね」リョウが静かに言った。


アレックスは頷いた。「毎日、彼の顔が頭から離れない。栄光も成功も、すべて空虚に感じる。私は彼の才能を盗んだだけでなく、彼の人生も盗んだんだ」


「六つ目の秘密が明かされました」機械音声が宣言した。「アレックス・ジョンソンの過去の罪は記録されました」


テーブル上のアレックスの名前の隣のロックアイコンも開錠された。


「すべての秘密が明かされました」機械音声が続けた。「次のステージへの扉が開かれます」


テーブルが明滅し、部屋の壁の一部が動き始めた。新たな扉が現れた。


しかし、誰も立ち上がらなかった。全員が自分の告白と他者の告白の重みに押しつぶされているようだった。


「みんな...似たようなことをしてきたんだな」リョウが静かに言った。


「私たちは皆、誰かを傷つけた」ミユキが涙を拭いながら言った。「そして、その結果に苦しんでいる」


「だからここに集められたのか」タクミが考え込んだ。「共通点は...私たちが他者を裏切り、その結果、誰かが命を落としたこと」


「でも、なぜ?」ミカが混乱した様子で尋ねた。「なぜ私たちをここに集めて、秘密を暴く必要があるの?」


「それを知るには、あの扉の向こうに行くしかないようだ」アレックスは立ち上がった。


彼らは新しい扉に向かった。アレックスが先頭に立ち、ドアノブに手を伸ばした。


深呼吸して、彼はドアを開けた。


扉の向こうは広い円形の部屋だった。中央には大きな円形のテーブルがあり、その上には複数のコンピューターモニターが設置されていた。部屋全体が青白い光に照らされていた。


彼らが部屋に入ると、モニターが一斉に点灯した。各画面には彼らの名前と顔写真、そして彼らの秘密の詳細が表示されていた。


「監視システムか」リサが部屋を見回しながら言った。「これは...」


「ブルーヒルズの監視システムに似ている」アレックスが気づいた。「しかし、はるかに高度だ」


「見て」ミカが中央のモニターを指さした。そこには「37階プロジェクト」というタイトルの下に、彼ら6人の接続された関係図が表示されていた。


「これは何の実験なんだ?」タクミが苛立ちを隠せずに言った。「誰が私たちにこんなことをしている?」


その瞬間、部屋の奥のドアが開き、一人の男性が姿を現した。


アレックスは息を呑んだ。「サム...?」


サム・ナカムラ。彼もブルーヒルズの住人だった。アレックスは彼とは時々廊下で会う程度の間柄だったが、彼の穏やかな性格と知的な印象は覚えていた。


「こんにちは、皆さん」サムは静かに言った。「このプロジェクトへようこそ」


「あなたが私たちをここに閉じ込めたの?」ミカが驚きと怒りを込めて問いただした。


サムは頷いた。「はい、私です。しかし、単に閉じ込めたわけではありません。これは実験であり、治療でもあるのです」


「治療?」リサが疑わしげに言った。「私たちの秘密を暴いて、恥をかかせることが治療だというの?」


「私は皆さんに真実と向き合ってほしかったのです」サムは部屋の中央に歩み寄った。「皆さんは全員、過去の罪から逃げ続けてきました。その罪悪感は皆さんを蝕み続け、人間関係を破壊し続けています」


「あなたに何の権利があって...」タクミが怒りを爆発させようとしたが、サムは穏やかに手を上げて彼を遮った。


「私にはある立場があります」彼は静かに言った。「私はダニエル・リーの弟です」


アレックスは血の気が引くのを感じた。「ダニエルの...弟?」


「半分違いの弟です」サムは説明した。「母親が違います。私は彼の死後、真実を知るために調査を始めました。そしてアレックスを見つけ...そしてさらに調査を進めていくうちに、同じようなパターンを持つ人々を発見したのです」


「私たちを」リョウが理解したように言った。


サムは頷いた。「皆さんはそれぞれ、誰かを裏切り、その結果として誰かの死を間接的に引き起こしました。そして皆さん、その罪から逃げ続けています」


「だからといって、私たちをこんな場所に閉じ込める権利はない」タクミが反論した。


「確かにそうかもしれません」サムは同意した。「しかし、私は単に復讐を望んでいるわけではありません。私は兄の死から学びました。秘密と罪悪感は人を破壊します。真実こそが解放をもたらすのです」


「で、いつまで私たちをここに閉じ込めておくつもり?」ミカが尋ねた。


「それは皆さん次第です」サムは中央のコンピューターに向かった。「このシステムには、37階から脱出するためのプログラムがあります。しかし、それを起動するには皆さん全員の協力が必要です」


「どういうこと?」リサが尋ねた。


「このシステムは6つのキーで保護されています。各キーは皆さんの過去に関連した質問に答えることで取得できます。すべてのキーを取得し、全員が協力すれば、エレベーターを再起動して脱出できます」


「また質問?」タクミは不満を隠さなかった。「もう十分、恥をかかされた」


「これは恥をかかせるためのものではありません」サムは静かに主張した。「これは癒しのためのものです。皆さんは過去から逃げ続けてきました。真実に向き合い、受け入れることで初めて、前に進むことができるのです」


「分かった」アレックスが前に踏み出した。「始めよう。私から」


サムは小さく微笑み、コンピューターを操作し始めた。


「アレックス・ジョンソン」機械音声が響いた。「あなたの質問です:ダニエル・リーの死に対する責任を認めますか?」


アレックスは深く息を吸った。これは単純な質問のように見えたが、彼は長年この質問から逃げてきた。


「はい」彼ははっきりと答えた。「私はダニエルの死に責任があります。私は彼の才能を盗み、彼の人生を破壊しました。私は...彼を殺したも同然です」


コンピューターのスクリーンが点滅し、「キー1:取得」というメッセージが表示された。


「リサ・ヤマモト」機械音声が次に言った。「あなたの質問です:あなたの行動は正当化できますか?」


リサは一瞬考え、首を振った。「いいえ。私の苦しみがどれほど大きくても、誰かを破滅させる権利は私にはありませんでした。私の行動は正当化できません」


「キー2:取得」


順番に全員が自分の質問に答えていった。タクミは自分の欲望と弱さを認め、ミユキは自分の専門家としての責任を受け入れ、ミカは友人を裏切ったことへの謝罪の必要性を認め、リョウは妻のサインを無視した自分の傲慢さを認めた。


最後のキーが取得されると、中央のコンピューターが起動し、「脱出シーケンス準備完了」というメッセージが表示された。


「これで、皆さんは脱出する準備ができました」サムは言った。「しかし、最後に一つだけ」


彼はポケットから小さな箱を取り出した。


「これには、皆さんの秘密に関するすべての証拠が入っています。データドライブです。皆さんには選択肢があります。このデータを破壊して過去を葬り去るか、それともこれを持ち帰り、自分の過去に正面から向き合うか」


「どういう意味?」タクミが尋ねた。


「このデータには、皆さんが裏切った人々の詳細な情報が含まれています。彼らの家族、現在の状況、連絡先。皆さんが望めば、謝罪をする機会があります」


「それが...あなたの目的?」ミユキが小さな声で尋ねた。


サムは頷いた。「私は兄を失いました。彼は戻ってきません。しかし、皆さんは自分の行動の結果と向き合い、可能であれば償う機会があります。それが、このプロジェクトの本当の目的です」


アレックスは前に歩み出て、箱に手を伸ばした。


「私は持って帰る」彼は言った。「ダニエルの家族に謝罪したい。何も変わらないかもしれないが...それが正しいことだ」


リサも前に出た。「私も」


一人ずつ、全員が同意した。最後にタクミもしぶしぶと頷いた。


「よろしい」サムはボタンを押した。


突然、部屋が明るく輝き、彼らを包み込んだ。


アレックスが目を開けると、彼はブルーヒルズのロビーにいた。他の5人も彼の周りに立っていた。まるで今までの出来事がすべて夢だったかのように。


しかし、彼らの手には小さなUSBドライブがあった。それは現実だったのだ。


「さて...」アレックスはUSBドライブを握りしめた。「私たちは何をすべきか分かっている」


他の5人も頷いた。彼らの表情には恐れもあったが、決意もあった。


「真実に向き合う時が来た」リサが言った。


## 第7章 真実への第一歩


ブルーヒルズのロビーに立つ6人は、まだ完全には状況を把握できていなかった。彼らは互いに視線を交わし、手の中のUSBドライブを確認した。それは確かに実在していた。


「時間はどれくらい経ったんだ?」タクミがスマートフォンを確認した。「たった一日?」


全員が時間を確認すると、37階に閉じ込められていたのはたった24時間だけだったことが分かった。まるでタイムスリップしたかのような感覚だった。


「本当に起きたことなんだ」アレックスはつぶやいた。


マンションの管理人が彼らに気づき、近づいてきた。「皆さん、大丈夫ですか?何かあったんですか?」


6人は互いに視線を交わした。「いいえ、何でもありません」リサが答えた。


管理人は不思議そうな顔をして離れていった。


「これからどうする?」ミカが小声で尋ねた。


アレックスはUSBドライブを握りしめた。「私は...ダニエルの家族を探すつもりだ」


「一人でやるの?」リサが心配そうに尋ねた。


アレックスは一瞬考え、首を振った。「いや、できれば...君に来てほしい」


リサは驚いたように彼を見た後、微笑んで頷いた。「いいわ」


「私たちも自分のことをするわ」ミカが言った。「千尋に連絡を取るつもり...」


「お互い、連絡を取り合おう」リョウが提案した。「この経験は...私たちを繋いでしまった」


全員が同意し、連絡先を交換した後、それぞれの道へと別れていった。


---


アレックスのアパートは静かだった。彼とリサはテーブルを挟んで向かい合い、開いたラップトップを見つめていた。USBドライブの内容は整理されており、それぞれの名前のフォルダが含まれていた。


アレックスは自分のフォルダを開いた。そこには彼とダニエルに関するすべての情報が含まれていた。ダニエルの経歴、彼らの友情の記録、そしてダニエルの死亡記事。そして最後に、ダニエルの家族の連絡先情報があった。


「彼の両親はまだ生きているんだ」アレックスは画面を見つめながら言った。「そして、妹もいる」


「連絡するつもり?」リサは静かに尋ねた。


アレックスは深く息を吸った。「ああ。でも...どう言えばいいのか分からない」


「真実を話すのよ」リサは優しく言った。「それが難しいことは分かっている。私も同じことをしなければならないから」


彼女は自分のフォルダを開き、木村健太の情報を見た。彼の家族の写真—妻と二人の子供たち。


「彼らは知る権利がある」リサはつぶやいた。「でも、それが彼らの傷をさらに深くするかもしれない」


「それでも、秘密を抱え続けるよりはマシだ」アレックスは言った。「サムが言ったように、真実だけが私たちを解放できる」


彼はスマートフォンを取り出し、ダニエルの両親の電話番号を入力した。しかし、通話ボタンを押す勇気はまだなかった。


「明日にしようか」リサが提案した。「今日はもう遅いし、心の準備も必要だわ」


アレックスは頷いた。「そうだな」


彼らはしばらく黙ってコーヒーを飲んだ。


「アレックス」リサが静かに言った。「あなたがダニエルの設計を盗んだ理由...本当は何だったの?」


アレックスは苦い笑みを浮かべた。「嫉妬だよ。単純な嫉妬。ダニエルは天才的なデザイナーだった。私はいつも彼の影に隠れていた。そのコンペは大きなチャンスで...」彼は肩をすくめた。「弱い人間の弱い言い訳さ」


「私たち全員が弱いのよ」リサはつぶやいた。「私もただの復讐心から...」


彼女は言葉を途切れさせた。


「なぜITセキュリティに転職したの?」アレックスは尋ねた。


「皮肉なことに、あの事件がきっかけよ」リサは説明した。「システムの脆弱性を実感して。そして...同じ過ちを二度と犯さないために、自分自身を監視するような職業を選んだの」


彼らは夜遅くまで話し続けた。二人とも初めて、自分の過去について誰かに本当のことを話していた。それは恐ろしく、同時に解放的な経験だった。


---


翌朝、アレックスは決心した。彼はダニエルの両親に電話をかけることにした。


「もしもし、リー家ですか」彼の声は緊張で震えていた。


「はい、そうです」高齢の女性の声が応答した。


「私は...アレックス・ジョンソンと申します。お時間よろしいでしょうか」


電話の向こうで沈黙があった。


「ジョンソンさん...ダニエルの友人でしたね」女性の声には認識があった。


アレックスは喉が詰まる思いがした。「はい、その...お会いしてお話ししたいことがあるんです」


「何についてですか?」


「ダニエルについて...そして、真実についてです」


再び沈黙。


「明日の午後2時、私たちの家に来てください」女性は最終的に言った。アレックスは住所を確認し、電話を切った。


リサは彼の顔を見て、何も言わずに彼の手を握った。


「一緒に行ってくれるか?」アレックスは尋ねた。


「もちろん」彼女は頷いた。


---


その日の午後、アレックスはミカからメッセージを受け取った。


『佐藤千尋と連絡が取れたわ。5年ぶりに話したの。最初は拒否されたけど、粘り強く頼んだら、会ってくれることになったの。怖いけど、やるしかないわね』


アレックスは返信した。『勇気を出して。僕も明日、ダニエルの両親に会う』


次にタクミからのメッセージが来た。


『山田さんの家族を見つけた。まだ連絡は取っていない。どう始めればいいのか...』


アレックスは深呼吸をして返信した。『真実を話すしかない。僕たちはみんな同じ船に乗っている』


ミユキとリョウからも同様のメッセージが来た。彼らも自分の過去と向き合う準備を始めていた。


---


翌日、アレックスとリサはダニエルの両親の家の前に立っていた。それは郊外の静かな住宅地にある平凡な家だった。


「準備はいい?」リサが優しく尋ねた。


アレックスは頷いた。「いや、準備なんてできないよ。でも行くしかない」


彼らはドアベルを鳴らした。


ドアを開けたのは60代と思われる女性だった。彼女の目はアレックスを見つめ、認識の光が浮かんだ。


「ジョンソンさん」彼女は言った。「どうぞお入りください」


彼らはリビングルームに案内された。そこには同じくらいの年齢の男性と、30代前半の女性が座っていた。ダニエルの父と妹だと分かった。


「私の夫のリチャードと、娘のエミリーです」女性が紹介した。「私はグレースです」


アレックスは緊張で手が震えていた。「こちらは友人のリサ・ヤマモトです」


簡単な挨拶の後、不快な沈黙が続いた。


「それで」リチャードが静かに言った。「何について話したいのですか?」


アレックスは深呼吸をした。「ダニエルについてです...そして、彼の死の真の原因について」


グレースの顔が硬くなった。「どういう意味ですか?」


「私が...」アレックスの声が詰まった。「私がダニエルの設計を盗みました。彼が自殺した原因は...私です」


部屋は凍りついたように静まり返った。エミリーは息を呑み、リチャードの顔は怒りで赤くなった。


「何だって?」リチャードは低い声で言った。


アレックスはすべてを話した。設計を盗んだこと、コンペに勝ったこと、ダニエルが真実を主張しても誰も彼を信じなかったこと。そして彼の死を知ったときの自分の感情。


話し終えると、アレックスは頭を下げた。「謝罪が何の役にも立たないことは分かっています。しかし、皆さんには真実を知る権利があると思いました」


リチャードは立ち上がり、窓の方へ歩いた。彼の背中は怒りで震えているように見えた。


「7年」グレースが静かに言った。「7年もの間、私たちは息子がなぜ自ら命を絶ったのか分からなかった。彼はノートを残しましたが、具体的なことは書いていなかった」


「私たちはずっと真実を知りたかった」エミリーが加えた。彼女の声には怒りよりも悲しみが感じられた。「そして今、あなたが来て、すべてを告白する」


「なぜ今になって?」リチャードが振り返った。彼の目には怒りの涙が光っていた。


アレックスは正直に答えた。「私は長い間、自分の罪から逃げてきました。しかし最近...ある出来事があり、真実と向き合う必要があることを理解しました」


「サム」グレースがつぶやいた。「サムが見つけたのね」


アレックスは驚いて彼女を見た。「サムと連絡を取っていたんですか?」


グレースは小さく頷いた。「彼は数年前から調査していました。ダニエルの死の真相を」


「私たちは何度も彼に調査をやめるよう言いました」リチャードが加えた。「過去は過去だと。しかし彼は...執着していた」


「彼は私たちに電話をしてきました」エミリーが説明した。「昨日。あなたが来ることを告げて」


アレックスは言葉を失った。サムは彼らの再会を準備していたのだ。


「私は...」アレックスは口を開いたが、何と言えばいいのか分からなかった。


「私たちはあなたを許せない」リチャードは厳しく言った。「しかし...真実を話してくれたことには感謝する」


「私たちには知る権利があった」グレースは静かに言った。「そして今、私たちは知った。それは...何かの始まりかもしれない」


彼らは1時間ほど話し続けた。アレックスはダニエルとの思い出、彼の才能についても語った。彼が本当に優れたデザイナーだったこと、彼の作品が今でも建築界に影響を与えるべきだったことを。


最後に、アレックスはUSBドライブを取り出した。「これにはダニエルのオリジナル設計の完全なコピーがあります。彼の作品を世界に知らしめるべきだと思います」


エミリーはドライブを受け取った。「考えておきます」


帰り際、グレースはアレックスに言った。「今日のことで、私たちの痛みが消えるわけではありません。しかし...不確かさという重荷は少し軽くなりました」


アレックスはただ頷くことしかできなかった。


アパートに戻る車の中で、リサは彼の手を握った。「よく頑張ったわ」


「まだ始まったばかりだ」アレックスは言った。「でも、サムは正しかった。真実は...何かを解放する」


「私も明日、木村さんの家族に会うわ」リサは決意を固めた様子で言った。「あなたが来てくれる?」


アレックスは彼女の手を握り返した。「もちろん」


その夜、アレックスは久しぶりに穏やかな眠りについた。心の重荷が完全に消えたわけではなかったが、正しい方向に一歩踏み出した感覚があった。真実への第一歩を踏み出したのだ。


## 第8章 連鎖する真実


リサの手は震えていた。彼女と木村健太の妻、朋子が向かい合って座る喫茶店のテーブルで、コーヒーカップが微かに音を立てた。アレックスはリサの隣に座り、彼女に精神的な支えを提供していた。


「なぜ今になって?」朋子の声は冷たかった。「夫が亡くなってから5年も経って」


リサは深呼吸をした。「真実を話す勇気がなかったんです。でも今は...あなたには知る権利があると思います」


「知る権利?」朋子の目には怒りが燃えていた。「私の夫は詐欺師として刑務所で死んだ。子供たちは父親の顔を思い出すこともできない。そして今、あなたが現れて何かを告白したいと?」


リサは視線を落とし、手を握りしめた。「私は...木村さんを罠にかけました」彼女の声は小さかったが、明瞭だった。「彼が犯した罪は...彼のものではありません。私がでっち上げたものです」


朋子の顔から血の気が引いた。「何ですって?」


リサはすべてを話した。木村が彼女のキャリアを台無しにしたこと、彼女が復讐のために証拠を偽造したこと、そして彼が刑務所で自殺したと知ったときの彼女の感情。


「私は...」リサの声が震えた。「謝罪の言葉が足りないことは分かっています。でも、あなたと子供たちには真実を知ってほしかった。彼は...犯罪者ではなかったんです」


朋子は長い間、黙って座っていた。彼女の顔には様々な感情が交錯していた—怒り、悲しみ、混乱、そして微かな安堵。


「あなたは」朋子はついに言った。「私の人生を台無しにしました。子供たちの人生も」


「はい」リサは頭を下げた。


「でも」朋子は続けた。「真実を話してくれたことには...感謝します」彼女の声には苦々しさがあったが、真実だった。「子供たちは、父親が実は犯罪者ではなかったことを知るべきです」


「私にできることがあれば、何でも...」リサは申し出た。


「今はもう何もできません」朋子はきっぱりと言った。「ただ...この真実を警察に話すつもりですか?」


リサは頷いた。「はい。自首するつもりです。私の行為は犯罪でした」


朋子は複雑な表情を浮かべた。「それが...正しいことかもしれません」


彼らは少しの間、静かに座っていた。


「子供たちに会いたいですか?」朋子が突然尋ねた。


リサは驚いて顔を上げた。「会いたいです。でも...それは適切ではないかもしれません」


「彼らは父親について知る権利があります」朋子は言った。「それに...彼らは大丈夫です。強く育ちました」


リサは感謝の念を込めて頷いた。「ありがとうございます」


アレックスは彼女の手を握り、彼女が強くなるように支えた。彼は自分自身の経験から、真実を語ることがいかに難しく、同時に解放的であるかを知っていた。


---


次の数日間、グループのメンバーはそれぞれの道を進んだ。ミユキは自殺した患者の両親に会い、謝罪した。ミカは盗用した友人千尋を探し出し、謝罪した。タクミは山田さんの家族と連絡を取り、リョウは亡くなった妻の家族を訪れた。


彼らは定期的にメッセージを交換し、進捗状況を報告し合った。誰もが似たような経験をしていた—恐怖、拒絶、怒り、そして場合によっては小さな許しの可能性。


一週間後、彼らはブルーヒルズのカフェで再会した。


「みんな顔色がいいわね」ミカが言った。彼女は依然として最も明るいメンバーだったが、今はその明るさの下に真の深みがあった。


「変わったの?」リョウが微笑んだ。


「すべてが」タクミは驚くほど率直に言った。彼の通常の尖った態度は柔らかくなっていた。「私はまだ山田さんの家族に許されてはいない。彼らはそれを明確にした。しかし、真実を彼らに知らせることで...何かが変わった」


「内側のもの」ミユキがつぶやいた。「私もそう感じます。患者の両親は私に会おうともしませんでした。でも、手紙を送ることができました。それだけでも...」


「解放的」アレックスが言葉を補った。


「そう、解放的」ミユキは微笑んだ。「私はまだ自分を許せていません。でも、逃げるのをやめました」


「私は警察に行ってきた」リサは静かに言った。「私の行為について自首した」


全員が驚いて彼女を見つめた。


「どうなったの?」ミカが心配そうに尋ねた。


「調査が始まるでしょう」リサは肩をすくめた。「私はおそらく職を失い、場合によっては法的な罰則を受けることになるでしょう。でも...それが正しいことだと分かっています」


「勇敢だな」リョウは敬意を込めて言った。


「千尋は私に会ってくれたわ」ミカが話題を変えた。「最初は怒っていたけど、私が真実を話すと...彼女は泣き始めた。5年間、自分自身を疑っていたんだって。自分のアイデアが本当に良かったのか、それとも自分が妄想していたのか」


「彼女を傷つけた」タクミが言った。


「ええ。でも今、彼女は真実を知った。それに私は...彼女のデザインに対して正当なクレジットを与えるよう、以前の会社に手紙を書くつもり」ミカは決意を示した。


「私の場合、もう遅すぎる」リョウはため息をついた。「妻は戻ってこない。彼女の家族は...私を責めた。そして彼らは正しい。私が彼女のサインを見ていれば、彼女はまだ生きていたかもしれない」


「それでも、真実を語ることには価値があった?」アレックスが尋ねた。


リョウは考え込んだ後、頷いた。「ある。私は長い間、自分自身に嘘をついてきた。他人にも。その重荷から解放されたのは...良いことだ」


彼らは数時間、話し続けた。過去の数日間の経験、感情、学んだことについて。彼らはもはや単なる知り合いではなかった。彼らは共通の経験によって結びついた仲間だった。


「サムに連絡を取った人はいる?」アレックスが尋ねた。


全員が首を振った。


「彼のアパートに行ったけど、いなかった」リサが言った。「管理人によると、彼は休暇を取ったらしい」


「彼は私たちに課題を与え、そして立ち去った」リョウが考え込んだ。「彼の目的は達成された」


「彼の兄弟の死の真相を明らかにすることだけじゃなかった」アレックスは理解した。「彼は...私たちを救おうとしていたんだ」


「救う?」タクミは疑わしげに言った。


「精神的に」ミユキが説明した。「心理カウンセラーとして言えますが、罪悪感と秘密は人を内側から破壊します。サムは私たちに真実と向き合う機会を与えてくれたんです」


「それは...奇妙な親切だな」タクミはまだ完全には納得していない様子だった。


「しかし効果的」リョウが言った。


彼らが別れる前に、アレックスは提案した。「定期的に会おう。私たちはまだ...回復の途中だ。互いに支え合えるかもしれない」


全員が同意した。


---


その夜、アレックスはアパートに帰ると、ドアの下に一通の封筒が差し込まれているのを見つけた。開けると、中には一枚のカードがあった。


『真実に向き合う勇気を持ってくれてありがとう。ダニエルは誇りに思うだろう。 - サム』


アレックスはカードを胸に押し当てた。彼はまだ長い道のりの始まりにいることを知っていた。ダニエルの両親との関係修復、自分自身の過去の受け入れ、そして何より、他者を信頼する能力の再構築。しかし、彼は正しい方向に一歩踏み出したことを感じていた。


電話が鳴り、ディスプレイにリサの名前が表示された。


「ダニエルの両親から連絡があったの」彼女は興奮した声で言った。「彼らはダニエルの設計を公開することに同意したわ。彼の業績を認めてもらうために」


「それは...素晴らしい」アレックスは感動して言った。


「それだけじゃないの」リサは続けた。「彼らはあなたに、その展示会の開催を手伝ってほしいと言っているわ。ダニエルの作品と、それにインスパイアされたあなたのその後の作品を一緒に」


アレックスは言葉を失った。それは彼が期待していなかった展開だった。ダニエルの才能を認める機会であり、彼自身の過ちを公に認める機会でもあった。


「受けるべきかな?」彼は不確かに尋ねた。


「それはあなたが決めることよ」リサは言った。「でも私は...それが癒しの一部になると思う。ダニエルのためにも、あなた自身のためにも」


アレックスは窓の外を見た。夜空は澄んでいて、星が見えた。数日前までは、彼はそれを見上げることさえしなかっただろう。彼は自分の世界の中に閉じこもり、過去から逃げ続けていた。


「受けるよ」彼は決意した。「それが正しいことだ」


「明日、一緒に返事をしに行きましょう」リサは提案した。


「ありがとう、リサ。この数日間、君がいてくれて本当に助かった」


「私たちは互いに助け合っているのよ」彼女は静かに言った。「私もあなたがいてくれて感謝しているわ。木村さんの家族に会うとき、自首するとき...あなたの支えがなければできなかったかもしれない」


彼らは少しの間、電話を通して静かに繋がっていた。


「おやすみ、アレックス」


「おやすみ、リサ」


アレックスは電話を切り、再びカードを見た。真実に向き合うことは痛みを伴った。しかし、その痛みの中に、彼は長い間失っていた何かを見つけ始めていた—希望。


真実は連鎖していた。一つの正直な行動が次へとつながり、彼らは少しずつ自分自身と他者への信頼を取り戻していた。エレベーター37での経験は彼らを変えた。それは単なる恐怖の体験ではなく、彼らを解放への道に導いたのだった。


## 第9章 新たなつながり


一ヶ月が経過した。アレックスの生活は大きく変わっていた。ダニエルの両親との協力により、「ダニエル・リー回顧展」の準備が進められていた。彼はダニエルの設計図を整理し、解説を書き、展示会の構成を考えていた。それは専門的な仕事であると同時に、個人的な癒しの旅でもあった。


ある日曜日の朝、アレックスはブルーヒルズの近くのカフェで朝食を取っていた。彼は展示会のスケッチを広げ、コーヒーを飲みながら考え込んでいた。


「邪魔していい?」


顔を上げると、リサが微笑んでいた。彼女は最近、いつもより疲れた様子だったが、その目には新たな穏やかさがあった。


「どうぞ」アレックスは笑顔で答えた。彼らはこの数週間で親しくなっていた。


リサはコーヒーを注文し、アレックスのスケッチを覗き込んだ。「展示会の準備は順調?」


「ああ、来月のオープニングに向けて最終調整中だ」アレックスは説明した。「ダニエルの両親は本当に協力的で...正直、驚いている」


「彼らは息子の遺産を残したいのよ」リサは言った。「そしてそれを手伝うことで、あなたも自分自身を癒している」


アレックスは頷いた。「君の方は?法的な問題は?」


リサはため息をついた。「まだ調査中。私はすでに仕事を辞めたわ。弁護士によれば、おそらく執行猶予付きの判決になるだろうとのこと。木村さんの家族が私を罰することを望んでいないから」


「それは良かった」


「でも、キャリアは実質的に終わったようなものね」リサは肩をすくめた。「ITセキュリティの専門家として、誰が犯罪歴のある人間を雇うかしら?」


「新しい道を見つけられるさ」アレックスは励ました。「君ほどの才能があれば」


彼らは朝食を共にし、他のメンバーの近況について話した。ミカは千尋と和解し、共同プロジェクトを開始していた。ミユキは心理カウンセラーとしての倫理についての記事を書き始めていた。タクミは投資の仕事を辞め、詐欺被害者を支援するNPOでボランティアを始めていた。リョウは妻の思い出を記録した本を書いていた。


「私たちは皆、変わったわね」リサが言った。


「良い方向に」アレックスは同意した。


彼らが話している間、カフェのドアが開き、見覚えのある顔が入ってきた。


「サム」アレックスは驚いて立ち上がった。


サム・ナカムラは彼らのテーブルに近づいてきた。彼は以前と同じ穏やかな表情をしていたが、どこかほっとしたように見えた。


「座っていいですか?」彼は丁寧に尋ねた。


アレックスとリサは頷き、サムを招き入れた。


「どこにいたの?」リサが尋ねた。「あなたのアパートに行ったけど...」


「少し距離を取る必要がありました」サムは説明した。「皆さんが自分自身の道を見つける時間を与えたかったんです」


「あなたの...37階プロジェクト」アレックスはやや戸惑いながら言った。「あれはどうやって...」


サムは小さく笑った。「技術的な詳細は秘密にしておきましょう。しかし、あれは実在のシステムと、少しの心理的トリックの組み合わせでした」


「なぜそこまでしたの?」リサが真剣に尋ねた。


サムは一瞬考え込んだ。「兄の死後、私は復讐を考えていました。アレックスを見つけて、彼を破滅させようと」彼はアレックスをまっすぐ見た。「しかし調査を進める中で、あなたが自分の行いによってすでに苦しんでいることに気づいたんです」


「それから他の人たちも見つけた」アレックスは理解した。


サムは頷いた。「同様のパターンを持つ人々を。秘密を抱え、罪悪感に苦しみ、他者との本当のつながりを避ける人々を」


「そして、私たちを救おうと決めた」リサがつぶやいた。


「自分自身を救うためでもあります」サムは静かに認めた。「兄の死に対する私の怒りと悲しみは、私自身も破壊していました。皆さんが真実と向き合うのを助けることで、私も過去を手放す方法を見つけられると思ったのです」


「あなたのやり方は極端だったけど」アレックスは言った。「結果として、私たちは皆、より良い場所にいる」


「それを聞いて嬉しいです」サムは心から言った。「皆さんがどうしているか知りたかったんです」


「今度の土曜日、私たちは全員で集まるんです」リサが言った。「よかったら来ませんか?」


サムは驚いたように見えた。「私を招待してくれるのですか?あんなことをした後で」


「あなたは私たちの救世主であり、拷問者でもあった」アレックスは皮肉っぽく言った。「どちらにしても、私たちの人生の一部になった」


サムは感謝の微笑みを浮かべ、招待を受け入れた。


---


土曜日、アレックスのアパートには6人のブルーヒルズ住民と、サムが集まっていた。最初は緊張感があったが、食事と会話が進むにつれて、雰囲気は和らいでいった。


「乾杯」リョウがグラスを上げた。「新たな始まりに」


全員がグラスを合わせた。


「私たちは変わったわね、本当に」ミカが言った。彼女の笑顔はかつてのように明るかったが、今はより真実味があった。「千尋と私は来週、共同展示会を開くの。私が彼女から盗んだデザインについて公に認め、彼女に正当なクレジットを与えるわ」


「勇気あるわね」ミユキは優しく言った。


「勇気というか、必要なことよ」ミカは肩をすくめた。「あなたはどう?」


ミユキは小さく微笑んだ。「私は患者の安全についての研修プログラムを開発し始めたの。特に境界線の問題について。私の経験から学んだことを共有したいの」


「素晴らしいじゃないか」タクミが言った。彼の態度は以前よりもずっと柔らかくなっていた。「私は...山田さんの家族と定期的に連絡を取るようになった。彼らは私を許してはいないが、彼らの子供たちの教育費を援助することを受け入れてくれた」


「償いの形ね」リョウが頷いた。「私も同様だ。妻の記憶を残すために、奨学金を設立した。彼女が情熱を持っていた分野—精神保健—のために」


アレックスはサムを見た。「あなたの37階プロジェクトは成功したようですね」


「予想以上に」サムは穏やかに言った。「私はもともと復讐を望んでいました。しかし今は...癒しを見ています」


「あなた自身も?」リサが尋ねた。


サムは考え込んだ後、頷いた。「はい。私はまだ兄を失った悲しみを抱えています。しかし、その悲しみはもはや私を支配していません」


彼らは夜遅くまで話し続けた。過去、現在、そして未来について。彼らはそれぞれ異なる道を歩んでいたが、共通の経験によって結びついていた。


アレックスは窓際に立ち、街の明かりを見下ろしながら、リサが彼の隣に立つのを感じた。


「考えていることは?」彼女は優しく尋ねた。


「変化について」彼は言った。「数ヶ月前、私は孤独だった。他者との本当のつながりを恐れていた。そして今...」


「今はどう?」


アレックスは彼女に向き直り、微笑んだ。「今は...希望を持っている。これが新しい始まりだという感覚がある」


「私もよ」リサは彼の手に自分の手を重ねた。「私たちはお互いに支え合って、この困難を乗り越えてきた。それは...特別なことだわ」


彼らの目が合い、言葉なしの理解が二人の間に流れた。アレックスは長い間、他者との親密な繋がりを避けてきたが、今は違った。彼はリサを信頼し、彼女もまた彼を信頼していた。それは彼らの最も暗い部分を知った上での信頼だった。


部屋の向こうでは、他のメンバーが笑い合っていた。かつては秘密と罪悪感によって孤立していた人々が、今は共に癒しの道を歩んでいた。


「エレベーター37は存在しなかったかもしれないけれど」アレックスはつぶやいた。「でも、そこで起きたことは、とても現実だった」


「そうね」リサは同意した。「それは私たちを新しい階層に連れて行ったわ。より高く、より良い場所へ」


アレックスは彼女の言葉に心から頷いた。彼らはまだ完全には癒されていなかった。それは長い過程だった。しかし彼らは正しい方向に進んでいた。真実という確かな土台の上に、新たなつながりを築き始めていた。


## 第10章 監視カメラの秘密


ダニエル・リー回顧展のオープニングまで一週間を切った。アレックスはギャラリーで最終準備に追われていた。壁にはダニエルのスケッチや設計図が丁寧に展示され、その隣には彼の作品の影響を受けた現代の建築家たちの作品が配置されていた。


アレックスは一枚の大きな設計図を調整しながら、これが彼の人生で最も重要なプロジェクトだと感じていた。これはダニエルへの謝罪であり、彼の才能への敬意であり、自分自身の過ちの公的な認識でもあった。


「こちらでいいですか?」アシスタントが別の展示パネルを持って尋ねた。


アレックスは頷き、作業を続けた。そのとき、彼のスマートフォンが振動した。メッセージを確認すると、リサからだった。


『急いでブルーヒルズに来て。重要なことがある。』


アレックスは眉をひそめ、すぐに返信した。『何があった?』


『電話では言えない。とにかく来て。』


不安を感じながら、アレックスはアシスタントに残りの作業を任せ、急いでブルーヒルズへと向かった。


---


マンションに到着すると、リサが彼を正面玄関で待っていた。彼女の表情は緊迫していた。


「何があったんだ?」アレックスが尋ねた。


「上で話しましょう」彼女はエレベーターに向かって歩き始めた。


彼らはエレベーターに乗り込み、リサは「B」ボタンを押した。


「地下?」アレックスは混乱した。


「マンションの監視室があるのよ」リサは説明した。「私は調査していたの...」


彼女はそれ以上説明しなかった。エレベーターが地下に着くと、彼らは長い廊下を進み、「関係者以外立入禁止」と書かれたドアの前に立った。リサはポケットからカードキーを取り出した。


「どうやってそれを手に入れた?」アレックスは驚いた。


「もう忘れた?」リサは小さく笑った。「私はITセキュリティのスペシャリストよ。または、少なくとも以前はね」


彼女はカードをスワイプし、ドアが開いた。彼らは小さな部屋に入った。そこには複数のモニターが並び、ブルーヒルズの様々な場所を映し出していた。


「なぜここにいるんだ?」アレックスは混乱していた。


「サムのことを考えていたの」リサは説明し始めた。「彼がどうやって37階を作り出したのか。そして、どうやって私たちの秘密を知ったのか。確かに、彼はダニエルの弟として、あなたのことを調査する動機があった。でも他の人たち?どうやって私たちの秘密を知ったの?」


「そう、それは不思議だな」アレックスは同意した。「それで?」


「だから私は調査を始めたの。ブルーヒルズの監視システムを調べてみようと思って」リサはコンピューターのキーボードを操作し始めた。「そして驚くべきことを発見したわ」


彼女は画面を切り替え、アーカイブされた映像のリストを表示した。


「ブルーヒルズの監視カメラは、公共エリアだけじゃないのよ」彼女は言った。「個々のアパートにも小さなカメラが隠されているの」


「何だって?」アレックスは愕然とした。「それは違法だろう!」


「完全に違法よ」リサは同意した。「でも、それが現実」


彼女はキーボードをさらに操作し、アレックスのアパートの映像を表示した。彼のリビングルーム、キッチン、さらには寝室までもが映っていた。


「これは...」アレックスは言葉を失った。


「全住民が監視されているわ」リサは言った。「そして、見て」


彼女は別のファイルを開いた。そこには「特別監視対象」と題されたリストがあり、アレックスたち6人の名前が含まれていた。


「私たちは特別に監視されていたのよ」リサの声には怒りが含まれていた。「サムはこのシステムにアクセスして、私たちの秘密を発見したの」


「でも、なぜブルーヒルズが住民を監視しているんだ?」アレックスは混乱していた。


「それが一番不思議なところなの」リサは別のファイルを開いた。「このシステムの管理者は...ブルーヒルズ不動産開発株式会社。そして、その会社の所有者は...」


彼女は画面をスクロールし、株主リストを表示した。


「サム・ナカムラ」


アレックスは息を呑んだ。「サムがブルーヒルズの所有者だったのか?」


「正確には部分所有者ね」リサは言った。「彼は主要株主の一人。そして、彼はこの監視システムを使って私たちを観察し、私たちの秘密を発見したのよ」


「これはおかしい」アレックスは頭を振った。「サムは私たちに真実と向き合うよう促した。でも、彼自身は嘘をついていたのか?」


「もっと悪いことがあるわ」リサは別のファイルを開いた。「このデータを見て」


アレックスは画面を見て、血の気が引いた。そこには「行動パターン分析」と題された報告書があり、彼らの日々の行動、会話、さらには感情的な反応まで詳細に記録されていた。


「これは単なる監視じゃない」リサは言った。「これは研究よ」


「何の研究だ?」


「罪悪感と償いの心理学、おそらくね」リサは推測した。「サムは私たちを実験台として使っていたのよ」


「でも、なぜ?」アレックスは理解できなかった。「彼はダニエルの弟だ。彼の動機は私への復讐だったはずだ」


「それだけじゃないかもしれない」リサは言った。「私はさらに調査したの。サム・ナカムラは心理学者よ。彼は大学で教えていて、人間の罪悪感と償いのメカニズムについての研究で知られているの」


「つまり、37階プロジェクトは...」


「彼の研究の一部だったのよ」リサは結論づけた。「彼は私たちを使って、罪悪感を抱える人間が真実に直面したときの反応を研究していた」


アレックスは椅子に座り込んだ。「これは信じられない」


「待って、まだあるわ」リサはさらに別のファイルを開いた。「これは最新の報告書。サムは私たちのその後の行動も追跡しているの。ダニエルの両親との和解、私の自首、他のみんなの行動...すべて記録されている」


「つまり、私たちはまだ実験の一部だということか」アレックスは怒りを感じ始めていた。


「そうみたい」リサは頷いた。「でも、この情報を見つけたことで、私たちはもうサムのゲームの駒ではなくなったわ」


「他のみんなに知らせる必要がある」アレックスは立ち上がった。


「すでに連絡したわ」リサは言った。「全員が今夜、ここで会うことになっている」


---


その夜、ブルーヒルズの共用ラウンジに6人が集まった。リサは彼女の発見を詳細に説明し、証拠を示した。彼らの反応はさまざまだった。


「信じられない」ミカは怒りを隠せなかった。「私たちのプライバシーが完全に侵害されていたなんて」


「法的措置を取るべきだ」タクミは冷静に言った。「これは明らかな違法行為だ」


「でも、なぜサムはここまでしたんだろう?」ミユキは混乱していた。「彼の動機が単なる研究だったとは思えない」


「復讐と研究の組み合わせかもしれない」リョウは推測した。「彼はアレックスに復讐したかったが、同時に学術的価値も見出したのだろう」


「でも、私たちがしたことは真実だった」アレックスは言った。「私たちは自分たちの過去と向き合い、償おうとしている。サムがどんな動機を持っていたとしても、結果として私たちは良い方向に変わった」


「それは確かよ」リサは同意した。「でも、ここで問題なのは、サムが私たちに真実を求めながら、自分自身は嘘をついていたということ。それに、彼はまだ私たちを監視し続けている」


「では、どうする?」ミカが尋ねた。


アレックスは考え込んだ。「サムに直接会って聞くべきだ。彼の真の動機を」


「彼が正直に答えると思う?」タクミは疑わしげだった。


「分からない」アレックスは認めた。「でも、私たちは真実を求める権利がある。サムが私たちに求めたのと同じように」


全員が同意し、サムに連絡を取ることになった。


---


二日後、彼らはサムのオフィスで彼と対面していた。サムはブルーヒルズから少し離れた大学のキャンパス内に研究室を持っていた。彼は彼らを見て、驚きよりも諦めの表情を浮かべた。


「私の研究を発見したのですね」彼は静かに言った。


「なぜだ?」アレックスは怒りを抑えながら尋ねた。「なぜ私たちを実験台として使ったんだ?」


サムはため息をついた。「座ってください。すべて説明します」


彼らは座り、サムは話し始めた。


「私はダニエルの死後、復讐を考えていました。そして、アレックスを見つけました」彼はアレックスをまっすぐ見た。「しかし、あなたを観察していくうちに、あなたが既に罪悪感に苦しんでいることに気づきました。そして、心理学者として、私は興味を持ちました」


「私たちを研究対象にしたんですね」リョウは冷静に言った。


サムは頷いた。「私は長年、罪悪感と償いのメカニズムを研究してきました。そして、ブルーヒルズの監視システムを通じて、類似のパターンを持つ人々を見つけました。あなた方です」


「それで私たちを選んだのね」ミカが理解した。


「はい。37階プロジェクトは、確かに実験でした」サムは認めた。「しかし、それは単なる学術研究ではありませんでした。私は本当にあなた方が真実と向き合い、癒されることを望んでいました」


「でも、なぜ私たちに言わなかったの?」ミユキが尋ねた。「なぜ秘密にしたの?」


「知らされていれば、あなた方の反応は本物ではなくなります」サムは説明した。「そして、私は...自分自身のことを正直に話せませんでした。私はダニエルの死に対する自分の感情と向き合うことができていなかったのです」


「どういう意味?」アレックスは混乱した。


サムは長い間黙っていた。「私は...ダニエルの自殺を防げたかもしれません」彼はついに言った。「彼は死ぬ前に私に連絡をしてきました。絶望していました。しかし私は...忙しすぎて、彼の苦しみに気づかなかったのです」


部屋は静まり返った。


「私も罪悪感を持っていました」サムは続けた。「そして、あなた方を助けることで、自分自身も救おうとしていたのです。それは...エゴイスティックでした」


「だから私たちの回復過程も記録していたのね」リサは理解した。「あなた自身の癒しの過程の一部として」


サムは頷いた。「私は間違っていました。あなた方のプライバシーを侵害し、信頼を裏切りました。そのことを心からお詫びします」


彼らは長い間沈黙していた。


「監視はすぐに止める」サムは約束した。「そして、あなた方が望むなら、すべてのデータを破棄します」


「その監視システム自体が違法よ」リサは指摘した。「ブルーヒルズの全住民がプライバシーを侵害されている」


「それも止めます」サムは同意した。「私は...間違っていました」


アレックスは深く考え込んでいた。サムの告白には真実があった。彼もまた自分の過去から逃げていたのだ。


「私たちは皆、何かから逃げていたんだな」アレックスはついに言った。「あなたも例外ではなかった」


サムは頷いた。「私は偽善者でした。真実を求めながら、自分自身は嘘をついていました」


「でも今、あなたも真実を話した」ミユキは静かに言った。


「遅すぎるかもしれませんが、はい」サムは同意した。


アレックスはサムを見つめた。彼には怒りがあったが、同時に理解もあった。「あなたの行為は許されることではない。しかし...私たち全員が間違いを犯してきた。そして、私たちはみな、それを償おうとしている」


「私はあなた方に何を求められても受け入れます」サムは真摯に言った。「法的措置でも、公の謝罪でも」


タクミは考え込んだ後、話した。「私たちが求めるのは、すべての監視を即座に停止すること、すべてのデータを私たちの立ち会いのもとで破棄すること、そして全住民に事実を知らせ、謝罪すること」


サムは頷いた。「そうします」


彼らは具体的な手続きについて話し合い、サムはすべての要求を受け入れた。最終的に、彼らは研究室を後にした。


外に出ると、アレックスは深く息を吸った。「なんてこった...」


「私たちは皆、仮面を被っていたのね」リサは静かに言った。「サムでさえも」


「でも、最終的には真実が明らかになった」リョウが言った。「それがすべてだ」


「私たちはどうするの?」ミカが尋ねた。「ブルーヒルズを出る?」


アレックスはしばらく考えた。「私は残るつもりだ。あの場所で新しい始まりを作りたい」


リサは彼に微笑んだ。「私も」


「私たちは皆、自分自身のストーリーを続けなければならない」ミユキは言った。「そして今は、それを正直に生きることができる」


彼らは互いに頷き、それぞれの道へと向かった。監視カメラの秘密が明らかになった今、彼らは本当の意味で自由になったのだった。


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