7 夜明けのコーヒー
大椋の木の陰は街灯の光も届かず、暗い。
その闇溜まりの中で、元信少年の脇差しに月の光が映えた。
刃の形に月光が少年の顔を照らす。
すると‥‥。その光がにわかに強くなり、元信少年の顔もまたそれに合わせて白く光り始めた。
‥‥‥が、そこまでだった。
白い光は、少年の首から肩、鎧の胸へと走るように移動し‥‥。そして、消えてしまった。
2人はしばらく無言でいた。
やがて、元信少年が静かに口を開く。
「私が、寝所で受けた感触に似ていた‥‥。月が‥‥、欠けておるのがいけないのかもしれぬ。」
海は大急ぎでスマホで検索する。
「次の満月は‥‥?」
3週間以上先‥‥。
ここで——この場所で、月の光に反応することまでは確信が持てた。‥‥が、完全な転移に必要な条件が満月だとするなら‥‥。
「あと24日ある。」
2人は顔を見合わせた。
それまで、どうする?
どこで、元信くんは‥‥、この現代で、月が満ちるのを待てばいい?
2人は並んで博物館の階段の隅っこに腰掛けたまま、夜空を見ていた。
空は澄んで、哀しいくらいに星が美しい。
月が高くなった。中天まで来れば夜明けだ。
この下弦の月が新月になって、再び満ちるまで‥‥。もし、その日が曇りや雨だったら‥‥、次の満月までさらに1ヶ月、待たなくてはならない。
その間、向こうの時間はどうなっているのだろう? 同じように1ヶ月経ってしまうのだろうか? それともリープしてきた時点に戻るのだろうか?
いずれにせよ、満月の夜まで元信くんはこの現代でどうにかして日を過ごさなければならないのだ。
現代のお金を持っていないのだから、食べるものだって‥‥。
「うちに‥‥来る?」
海が前を向いたまま、ぽつりと言った。
元信少年が驚いたように海の横顔を見る。その横顔がゆっくりと正面になって、海は静かに微笑んだ。
「まさか、何日もここで野営するわけにはいかないでしょ。」
お母さんにはどう話そう?
正直に全部話して、協力を頼むしかないよね。突拍子もない話だけど、信じてくれるかな? その前にまず、宿の電話番号ウソだったこと謝らなきゃ——。
話のわからない人じゃないから、たぶん‥‥。
「寒くなってきたね。」
海は立ち上がって、ひとつ伸びをした。
「パーカー着て、パンツはいちゃって——。コンビニに行こう。温かいコーヒーでもご馳走するよ。」
元信少年は素直に言うことを聞いて、現代の服を鎧の上から着た。この世界では、頼れるのは海しかいないのだ。
『混尾人』やら『古緒緋』やら、分からない言葉だらけだが、頼る、と決めたらとことんその言に従う——というのは、この少年の性質でもあるようだった。
「始発の電車で、自宅に戻るから——。」
国道1号を一風変わった若い男女が歩いてゆく。女性は肩まであるストレートの黒髪で、大きな紙袋を持っている。
男性の方はまだ少年のようで背が低い。小太りの体型でパーカーとゆったりしたパンツ、というややコーディネートを間違えたようなファッションだ。すっぽり被ったフードで頭は隠れているが、フードのすぐ下に見える目は、大きくて澄んでいる。
姉弟——といった雰囲気でもない奇妙な取り合わせだが、この時間帯、道ゆく人もないので特に気にかけられることもない。
コンビニの店員は1人だけで、少し日本語のイントネーションがおかしい色黒の青年だった。
その額の下の眼の雰囲気からするに、たぶん外国から来ている留学生か何かなんだろう。
夜明け前の小さな商空間に、如何なる縁にてか、はるかに離れた空間や時間を超えて集まった3人がかすかな邂逅を遂げていた。
「暖かでござるな、ここは。」
レジでカップを受け取って、サーバーでSサイズのコーヒーを淹れる。
砂糖もミルクもたっぷり入れた。
海は甘いのが飲みたかったし、元信くんもその方が飲みやすいだろうと思ったのだ。
中は暖かいので、サーバーの前で立って飲むことにした。どうせこの時間帯には、お客さんは多くはないだろう。
「どう? 元信くん、飲める?」
「煎じ薬みたいでござるな。」




