6 下限の月
元信少年はコンビニおにぎりの剥き方を面白がり、ペットボトルのお茶を海の真似をして直接飲んだ。
その後、じっとペットボトルを眺めている。
「珍しいでしょ?」
海が少しドヤ顔を見せて言うと、元信少年はちょっと大人びたような微笑を見せた。
「ギヤマンのようなのに、柔らかい。これは、戦場に持って出るに便利だな。」
「もっちゃんの時代には、これを作る技術はないよ?」
「しかし、似たような工夫はできるかもしれぬ。」
ああ、そうだった。ここにいる「もっちゃん」は戦国武将だったんだ——。と海は改めて思い出す。
そのふくよかな頬と澄んだ目を持った少年を、つい「もっちゃん」なんて呼んじゃったけど‥‥。
この子は、岡崎城主、松平次郎三郎元信。のちの徳川家康様なんだ——。
博物館脇の野陣での夕食を終えてから、海は元信少年に鎧の上からパーカーを羽織らせ、袴の上にパンツをはかせて、一見目立たない服装にさせると、月が昇るまでの間、岡崎城内を案内してもらうことにした。
「元信くんがいた頃の岡崎城がどんなふうだったか、教えてくれる?」
海の呼び方はまた少し変わった。
元信くんと岡崎城跡公園の中を歩く時間ほど、海にとって至福の時間はなかった。
「このあたりには館がござった。草葺きではあったが——。堀にも石垣はござらんかった。」
そんなふうに元信くんは海に話してくれる。
「この石垣は、元信くんが『元康』と名乗って岡崎城の実質的な支配者になってから築かれたものだって‥‥資料にはあるよ。」
「さようか。たしかに、城は分際にあったものでよい。守るのは城ではなく、人だから。三河者は強うござるで。」
元信くんの言葉の端々に、のちの家康の片鱗が見える。
月が昇るまでにはまだ4時間ほどの時間がある。その間、推しと2人きりの史跡デート。
ヤバい!
また理性が吹っ飛びそう——!
そんな時、スマホが、ピロン、と着信音を鳴らした。
「あ、お母さんからだ。」
『どこに泊まるの? 今、どこ? 泊まるところの電話番号くらい教えてよ。』
「う゛‥‥」
来た。わりと早い時間‥‥。
『まだ決めてない。今は岡崎城にいる。』
今度は電話の着信音が鳴った。海はちょっとため息を吐いてから、電話に出た。
「はい。わたし。‥‥‥うん。大丈夫。明るいとこだし。そもそも、変な人出るようなとこじゃないし。‥‥‥うん。宿、決まったら電話番号LINEしとく。月が昇るのは真夜中だから、終電ないし。‥‥‥うん。大丈夫。いつもの史跡旅行とおんなじだから。」
電話を切って、ふうっ、とため息をつく。
「母上殿が心配なさっておられるのだな?」
「大丈夫なのに。三河武士の頭領も一緒だし。」
「今は脇差ししか持っておらぬが‥‥?」
いや‥‥、それ、今の時代に使ったらヤバいでしょ?
「その板は、遠くの者とも話ができるのでござるか?」
「うん。声だけだけどね。あ、そうだ。写真も撮れるんだよ。」
そう言って海は元信くんを隣に並ばせ、フードを外して髷を見えるようにすると、自撮りスタイルで手をいっぱいに伸ばし、2ショット写真を撮った。
「せっかく会ったんだもん。証拠の‥‥、思い出の写真、撮っとかなきゃ!」
海は今撮ったばかりの写真を、スマホの画面に表示して元信くんに見せる。
「わ‥‥私とまりん殿が、板の中に‥‥!」
そんなことをしている間にも夜は更けてゆき、やがて、東の空に下弦の月が昇った。
海と元信くんの顔に緊張が走る。
「まりん殿、世話になり申した。」
元信少年はパーカーとフードを脱いで海に手渡しながらそう言うと、すらりと脇差しを抜いた。
それを顔の前に持ってきて、月に背を向ける。
‥‥‥が、何も起こらない。
「最初に現れた場所でないとダメなのかもしれない‥‥。」
海がそう言って、2人であの椋の木の陰に行った。
「たしかに。堀の形と位置から思うに、ここが二の丸館の寝所の位置でござろう。」
元信少年はもう一度、月に背を向けながら脇差しを顔の前に持ってきた。




