5 とりあえず今日どうする
海は七間門を飛び出すと歩道橋を2段跳びで駆け上がり、康生通りを東へと走った。
右に商店街の建物を、左に証券会社のビルを見ながら、たしかこの先の交差点を左に曲がったところに小さなファッションビルがあったはず——と思い出しながら駆け抜ける。
時間はまだ6時少し前だから、開いてるはず。そこならたぶん、何か適当な防寒着を手に入れられるだろう。
なるべく安くて暖かそうなパーカーを見繕ってから、ふと海はその先への配慮に思いが至った。
もし、月にも反応しなかった場合‥‥。なんらかの方法が見つかるまで、あの格好のままってわけにはいかないよね?
上は腹巻を外してパーカーを着れば、おおむね隠せるとして(チョンマゲもフードで隠せる)下は袴ってわけにはいかない。
街中を歩くにしろホテルを探すにしろ‥‥、いや、ホテルはまずいか‥‥。高校生の女と中学生の少年がホテル‥‥は、‥‥‥通報されるな。(・・;)
何にしても、現代の日本の街中でそこそこ目立たない服に着替えさせないと‥‥。
まあ貫と革足袋くらいは、気がつかれても(変だな?)くらいにしか思われないだろうが、パンツかジャージみたいなものは要るな。
男性用のブティックは値段が高かったので、女性向けのブティックで中性的な感じのゆったりしたパンツを見繕った。
これなら袴の上からはけるだろう。
スマホ決済の後で残高を見ると‥‥。バイトの成果が吹っ飛んでる‥‥。
しばらくは遠方の史跡には行けない。
でも! それがなんだっての?
だって、本物の松平元信様が一緒にいるんだよ!?
海は少し先まで足を伸ばして、コンビニにも寄った。
夕食用に何か温かいものを買っていこうと思ったのだ。
「肉まんを‥‥」と言いかけてから、あ、あの時代、普通の人は獣肉を食べないか——と思い直した。
あんまんとピザまんを買って、おにぎり3つに温かいお茶とレジ袋も買った。
冷めないようにレジ袋を衣類の入った大きな紙袋に入れて、国道1号を歩いて岡崎城に戻る。
元信くんは、目立たないよう博物館と植え込みの間の陰の中で待っていた。見知らぬ環境の中でもすぐにこういう配慮ができるあたり、さすがは若き日の家康様。——と海は感心する。
「元信くん・・・殿。温かい食べ物も買ってきたから。」
敬語とタメ口がぐちゃぐちゃ。
「まりん殿。呼びやすい呼び方で良うござるよ。」
元信少年は海に対しては、信頼できる、と踏んだのか、警戒心を感じさせない笑顔を見せてそう言った。
「じゃあ、わたしにも『殿』は要らないよ。」
「家来でもないのに、呼び捨てでござるか?」
「うん。現代‥‥未来では、その方が親しみがあっていいの。」
「で‥‥では‥‥、まりん?」
「はい♡」
元信少年はちょっとくすぐったそうな表情を見せた。
「じゃあ、わたしも——もっちゃん、って呼んでいい?」
いや、海。それはいきなりくだけ過ぎだろ!?
「う‥‥う、む‥‥。」
元信少年は少し面食らったようだった。
「あ、熱っ! これは? まりんど‥‥。」
「温かい饅頭。こっちがあんまん、こっちがピザまん。」
「毘座‥‥?」
「ピ、ザ。もっちゃんの時代にはない食べ物だよ。どっちがいい?」
元信少年はピザまんに興味を持ったようだったが、少し迷ったのち、そっと言った。
「では、餡の方を——。」
見知らぬ地で見知らぬものを食べて腹をこわしては‥‥。と思ったのだろう。
う———。この慎重さが、すでに家康様だわぁ!
「大丈夫。お腹こわしたりするようなものじゃないから。それにこの時代には、いいお薬もいっぱいあるから。ほら、ちょっと分けてあげる。」
海が3分の1ほど千切ったピザまんを差し出すと、元信少年はそれを受け取ってしばらく中の赤っぽい具を見ていたが、やがて、恐る恐るといった感じに唇の端で摘むように口の中に入れた。
途端、目をまん丸に見開く。
「お‥‥美味しゅうござる!」
それから、まるで小学生の子どもみたいな目で海を見た。
か‥‥かわいい!
別の意味で‥‥惚れちゃいそう!
「あ、あんまんの方も食べる? 中、熱いから気をつけてね♡」
完全に子ども相手の口調になっている。