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どうする元信  作者: Aju
2/5

2 その少年

 その小柄な人影は、博物館と(むく)の木の間の狭い空間にいた。

 たまたま博物館の角のあたりにいたまりん以外には、容易に見える場所ではない。今の時間帯、すでにあたりよりも暗い。

 暗さに目が慣れてくると、太っていると見えたのは甲冑を着ているからだ、ということが分かってきた。


 役者さんかな?

 それにしても小柄な‥‥。


 出し物の武将隊——というのは以前に来た時に見たことがあるが、もっと背が高くてイケメンばかりをそろえていた。

 あの大音量がまりんの楽しみを阻害するので、二の丸にはできるだけそれが終わった時間帯に来るようにしている。


 博物館の方で舞台のようなことはやっていないはず‥‥。

 だとすると、コスプレ?

 なら、もっと目立つ場所にいるよね?

 あ、着替えようとしてるのかな?

 じゃあ、あんまり見ちゃ悪いよね——。


 まりんが向きを変えて遠ざかろうとした時、その大椋の木の方から静かな声が聞こえた。


「そこな、お女中。」

 女の子のような、いや、声変わり前の少年のような声。

「少しモノを尋ねたいのだが——。」


 じゃり。

 じゃり。


 と、ゆっくり砂利を踏み締める音が聞こえて、その人影がこちらに近づいてくる。


 やがて、椋の木の陰を外れて夕方の残照の中に現れた姿を見て、まりんは驚いた。

 完璧な戦国武将のコスプレ!

 観光客相手の武将隊なんかとは違う。まりんの知る限り、時代考証のどこにも齟齬がない。カツラのまげの形まで完璧と言っていい。強いて言えば、大刀と兜だけがない。


 いや。

 というよりも‥‥‥この精妙なおどし腹巻は! しかも、縅の色がくれない‥‥とくれば‥‥!

 それは、家康が今川義元から最初に贈られたというそれの完璧な復元ではないか?


 その頃の家康の名乗りは、松平元信!

 しかも、しかも!

 それを着ているのがまだ中学生くらいの少年なのだ。元服当時の松平元信だったら、こうもありなん——という、家康フリークのまりんにしてみたら、震えがくるほどの完璧さだ。


 ひょ‥‥ひょっとして、同好の士かしら?

 だとしたら‥‥、かなりやまい進行してるよね‥‥?


 まりんは思わずその少年の方に向かって数歩、足を進めてしまった。


「ここは‥‥‥」

と少年は口を開いた。

何処いずこであろうか?」


 少年は、まっすぐにまりんを見ている。

「そなたは‥‥、その見慣れぬ召し物は‥‥、如何なる身分のお方であられるか?」


 成り切って揶揄からかっているのだろうか? と一瞬思ったが、それにしては少年の表情も声も、芯から戸惑っている様子をしている。


 なに? この子‥‥?

「こ‥‥ここは、岡崎城だけど?」


 少年はまりんの顔を見てから、あたりを眺め回した。

「そのよう‥‥にも、見えるが‥‥‥。地形や、堀の形は‥‥我が岡崎城によく似ておるが‥‥‥。これらの見慣れぬ建物は‥‥? 周りにそびえ立つ天を突くような建物は、何なのか? 私は、二の丸の寝所にいたはず‥‥‥。彦右衛門ひこうは? どこへ行ったのか‥‥‥?」

 少年は、親指の爪を噛みながら独り言のように呟いている。


 こ‥‥これは‥‥?

 これは?

 これは———っ!?


 まさか‥‥。

 まさか‥‥‥!

 まさか———!!


 まりん迂闊(うかつ)にSFチックな妄想を抱く方ではない。

 そういう妄想とまりんの趣味である脳内ARが混じり合ったら、それこそヤバいからである。


 しかし‥‥‥!


 今、目の前で戸惑っている少年は‥‥。

 ふくよかな頬を持つ顔立ち。きらきらとした大きな目。怯えた時に爪を噛む癖‥‥。どこにも継ぎ目など見当たらない青々とした月代さかやきまげ。駿河で共に人質となっている鳥居彦右衛門を「ひこう」と呼ぶ呼び方‥‥‥。

 いくらなんでも、中学生がここまでの時代考証をベースに、ここまでの完璧な演技などできるとは思えない。


 まさか‥‥。何らかの方法で時を超えてきてしまった‥‥‥?

 (まりん)はつい、自ら禁じてきたはずの禁断(もうそう)のエリアに足を踏み入れてしまった。


「あ‥‥あなた、名前は?」


「そ‥‥それがし‥‥」

と少年は戸惑いながらも、やや会釈するように首を前に倒す。

「松平次郎三郎元信と申す。今川一族の末席にて、若輩ながら岡崎城主にござる。」


 ひくっ‥‥‥


「た‥‥誕生日‥‥。生まれた日は?」


「天文11年、12月26日でござる。して、お女中、そなたは? 何処いずこのお方にござりましょうや?」


 きゃ————————————————っ!!


 マジ? マジ? 

 マジで、本物の松平元信!?

 タイムリープ?


 いや待て。『モニタリング』ということは‥‥?


 まりんは思わずあたりを見回す。‥‥‥が、それらしい様子はない。そもそも、こんな薄暗い場所で、観光客の姿もまばらになってしまったような場所でやってたってカモに当たる可能性が低すぎるじゃないか。


 まりんはもう一度、少年の月代さかやきを見る。カツラのようには見えない。思わずその月代に手を伸ばして撫でてみる。

 継ぎ目はない。


「な‥‥何をする!? 無礼者!」

 少年は咄嗟に脇差のつかを掴んだ。が、まりんのあまりにも嬉しそうな顔を見て、その手が固まってしまう。


 こ‥‥この女子おなごは‥‥‥?


「マジ? マジでぇ? 本物ぉ———!?」


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