表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうする元信  作者: Aju
19/20

19 月光転移

 そして26日の当日。


 その日、午前中から3人で名古屋港の水族館まで行き、そのあと名駅でリバイバルの映画を1本観た。

 3人ともそれぞれに想いを抱えているが、それは誰もあえて言わない。


 元信くんが鎧を身に着けるために、一旦刈谷のまりんの家に戻った。


「本当に良いのか? まりん殿。——母上が悲しむぞ?」

 自分でぐるぐると髪の毛を紐で巻いてまげを作りながら、元信くんが改めて訊く。


「うん。わたしはもっちゃんの力になりたい。わたしにしか、それはできない。お母さんへの手紙は昨日のうちに書いて、今、わたしの机の上に置いてある。」

 明日の朝になっても戻らなければ、お母さんはそれを読むだろう。

 ごめんなさい。


 鎧の上にパーカーとゆるいパンツを着込んで、フードでチョンマゲを隠して電車に乗る。

 夜の岡崎城には、さすがに観光客の姿はなかった。

 月はすでに東の空に現れている。大きな満月だ。


「夜中過ぎの方が、確実だよね?」

 今でも十分、条件はそろっているだろう。真人の計算ではそうなる。

「うん。」

 しかし真人はそれだけを言い、3人ともそのまま夜の岡崎城跡公園を歩いた。


「本丸にはあのあたりに館があった。奥まで入ったことはござらぬが。」

 歩きながら元信くんが説明をしてくれる。

「もちろんこんな形じゃないし、瓦でもない。草葺だ。」


「どうして入らないんですか? 自分の城なのに。」

 真人の問いにまりんが答える。

「今川の代官に遠慮したんだ。それが戦国という時代で生きる知恵なんだよ。」


 月が中天に上った。

 それでも3人の足はまだ、大椋の木の方には向かない。


 もう少し、3人で一緒に‥‥。


「そうだ。3人で記念写真撮ろう。」

 まりんが言い出し、元信くんはパーカーを脱いで武者姿になった。

 観光客用に用意されたスマホ台の上にスマホをセットして、まりんがタイマーのボタンを押して駆け戻る。

 元信くんを挟んで両側でまりんと真人がピースをすると、フラッシュが光った。

「真人のでも撮ろうよ。」



 深夜1時を回った。

「そろそろ始めねば。月が木の陰に入ってしまっては何にもならぬ。」

 元信くんがそう言い、3人は大椋の木の下へと移った。


 (まりん)が自分のスマホを石の上に置く。

「これに‥‥」

(まりん)が言う。

「真人へのメッセージを入れておいたから‥‥あとで見てみて。」


 月を背にして元信くんが脇差しを抜く。


「いろいろありがとう。真人。」

 まりんの目が心なしか潤んで見えた。

「世話になり申した。」


 ぼくは、見届けるだけ。

 戦国の世にまで行く勇気のないぼくは‥‥ただ岳川さんのこの先の幸せを祈るだけしかできない‥‥。

 真人は奥歯をぎゅっと噛み締めて、ひと言も発しなかった。

 そうしていないとカッコ悪く泣いてしまいそうだった。


 元信くんは脇差しを水平に構える。

 月光が刀の形に2人の顔をつなげて照らす。

 その光が真っ白になって広がり、2人の姿を白い光の塊に変えた。


 そして一瞬ののち、その白い光の塊は消えた。


 行ってしまった‥‥。

 岳川さん。


 ‥‥‥‥

 真人は誰もいなくなった岡崎城跡公園で、心にぽっかり空いた穴と共にたたずんでいた。


 中天をやや越えた満月が、煌々と誰もいない岡崎城を照らしている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こらこらこら! 行くんじゃない! ……ま。 止めても無駄かな? 少女パワー恐るべし。 少年二人も少女パワーに呑まれたか? 帰ってこいよ~。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ