19 月光転移
そして26日の当日。
その日、午前中から3人で名古屋港の水族館まで行き、そのあと名駅でリバイバルの映画を1本観た。
3人ともそれぞれに想いを抱えているが、それは誰もあえて言わない。
元信くんが鎧を身に着けるために、一旦刈谷の海の家に戻った。
「本当に良いのか? まりん殿。——母上が悲しむぞ?」
自分でぐるぐると髪の毛を紐で巻いて髷を作りながら、元信くんが改めて訊く。
「うん。わたしはもっちゃんの力になりたい。わたしにしか、それはできない。お母さんへの手紙は昨日のうちに書いて、今、わたしの机の上に置いてある。」
明日の朝になっても戻らなければ、お母さんはそれを読むだろう。
ごめんなさい。
鎧の上にパーカーとゆるいパンツを着込んで、フードでチョンマゲを隠して電車に乗る。
夜の岡崎城には、さすがに観光客の姿はなかった。
月はすでに東の空に現れている。大きな満月だ。
「夜中過ぎの方が、確実だよね?」
今でも十分、条件はそろっているだろう。真人の計算ではそうなる。
「うん。」
しかし真人はそれだけを言い、3人ともそのまま夜の岡崎城跡公園を歩いた。
「本丸にはあのあたりに館があった。奥まで入ったことはござらぬが。」
歩きながら元信くんが説明をしてくれる。
「もちろんこんな形じゃないし、瓦でもない。草葺だ。」
「どうして入らないんですか? 自分の城なのに。」
真人の問いに海が答える。
「今川の代官に遠慮したんだ。それが戦国という時代で生きる知恵なんだよ。」
月が中天に上った。
それでも3人の足はまだ、大椋の木の方には向かない。
もう少し、3人で一緒に‥‥。
「そうだ。3人で記念写真撮ろう。」
海が言い出し、元信くんはパーカーを脱いで武者姿になった。
観光客用に用意されたスマホ台の上にスマホをセットして、海がタイマーのボタンを押して駆け戻る。
元信くんを挟んで両側で海と真人がピースをすると、フラッシュが光った。
「真人のでも撮ろうよ。」
深夜1時を回った。
「そろそろ始めねば。月が木の陰に入ってしまっては何にもならぬ。」
元信くんがそう言い、3人は大椋の木の下へと移った。
海が自分のスマホを石の上に置く。
「これに‥‥」
と海が言う。
「真人へのメッセージを入れておいたから‥‥あとで見てみて。」
月を背にして元信くんが脇差しを抜く。
「いろいろありがとう。真人。」
海の目が心なしか潤んで見えた。
「世話になり申した。」
ぼくは、見届けるだけ。
戦国の世にまで行く勇気のないぼくは‥‥ただ岳川さんのこの先の幸せを祈るだけしかできない‥‥。
真人は奥歯をぎゅっと噛み締めて、ひと言も発しなかった。
そうしていないとカッコ悪く泣いてしまいそうだった。
元信くんは脇差しを水平に構える。
月光が刀の形に2人の顔をつなげて照らす。
その光が真っ白になって広がり、2人の姿を白い光の塊に変えた。
そして一瞬ののち、その白い光の塊は消えた。
行ってしまった‥‥。
岳川さん。
‥‥‥‥
真人は誰もいなくなった岡崎城跡公園で、心にぽっかり空いた穴と共にたたずんでいた。
中天をやや越えた満月が、煌々と誰もいない岡崎城を照らしている。