18 本当の想い
「え‥‥?」
岳川さんのその言葉に、真人は耳を疑った。
「わたし、歴史詳しいし。それはつまり、もっちゃんの未来に起こることを知ってるってことだし‥‥。逆に言えば、もっちゃんのこれからの人生の中で酷いことが起こらないように事前に手を打つことだってできると思うし‥‥」
海は真剣だ。
「わたし、役に立てると思う。パラレルワールドが存在するって、そういうことだよね? ね? 岩吝図くん!」
真人は、目の前が真っ暗になった。
岳川さんが、過去へ行く?
つまり‥‥この現代からいなくなる?
そんな‥‥‥。
「2人でも、くっついてれば行けるよね? 心も量子の作用なら、想いが強ければ来た時の1点につながる可能性はある——って、岩吝図くん言ったよね?」
岳川さんの声がどこか遠くの方で聞こえる。
そう。2人であっても、その可能性はある‥‥。でも‥‥。
混ざってしまう可能性‥‥‥は、ないか‥‥。鎧と人体はそのままの形で転移してきたんだから‥‥。
真人は止めるための理由を探している。と、自分でわかっている。
だけど‥‥
だけど‥‥‥‥。
行ってほしくない。この先、岳川さんのいない世界なんて‥‥。
「ぼくも‥‥」と言いかけて、その言葉は喉のところで止まった。
自分が、戦国などという荒くれた世界で生きてゆける男だとは思えない。すぐに死んでしまうに違いない。
一緒に行く。と言い出す勇気が持てなかった。
こんな結果を予想して、ぼくは岳川さんに協力してきたんじゃない!
真人はそう叫びたかった。
しかし、その声を上げる勇気さえ真人は絞り出すことができなかった。
ダメなやつ‥‥。
岡崎衆のために、天下泰平のために、そこへ戻る。と言い切れる元信様とぼくじゃ‥‥‥。
真人の口からは、単なる希望的推論が出ただけだった。
「可能性は‥‥あるよ。何しろ、元信様がそのままの形で現れたんだから‥‥。逆向きの現象も起こる可能性はある。‥‥想いが強ければ、それも量子だから。」
行かないで‥‥。
行かないでください。岳川さん‥‥。
ようやく真人の視界が回復して、岳川さんの顔が目に入ってきた。
その凜とした目はまっすぐに真人を見ていた。
止められない。これは‥‥‥。
「ありがとう。真人。」
海が初めて、真人を名前の方で呼んだ。
その意味を、真人も悟った。
ああ、岳川さんはたぶん、ちゃんとぼくの気持ちにも気づいていたんだ。
このところ、休みごとに「3人」のデートにしてくれていたのは、そういうことだったんだ‥‥。
行く、と決めてたから———。
ならば。
と真人は思った。
ぼくも———。好きな人のために、できる限りのことをしよう。
こんなぼくにできることは、それしかないじゃないか。
真人はその日一晩中かけて、知りうる限りの家康に関する歴史資料の内容をメモに書き出した。
これを渡しておけば岳川さんは、より安全に、より確実に、もっちゃんの役に立つことができるだろう。
実のところ、海には迷いが生まれている。
岩吝図くんの気持ちにも気がついている。
それなのに岩吝図くんは、海の思いに応えようと懸命に努力してくれている。
お母さんへの置き手紙も書き終えた。
岩吝図くんへの海の気持ちと感謝のメッセージもスマホの動画に残した。
過去に持ち込む最低限のものもバックパックに詰めた。
けれど‥‥‥
このまま行ってしまっていいの?
現代人のわたしが、自分の住む現代の人間関係を断ち切って‥‥。過去へと‥‥‥。
でも‥‥。
あのもっちゃんの未来に、いくらかでも酷い結果にならない可能性を示すことができるのは‥‥わたししかいない。
力になりたい。
大きな流れは無理でも、過酷な運命を引き受けようとするもっちゃんのための、小さな変化は起こせるはずだ。