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俺、女子高生になりました  作者: アガッタ
第11章 俺、この日を忘れない
98/100

俺、この日を忘れない1 ~屈辱~

ここでは、麻衣子目線で物語が進みます。

大会当日の朝、空はどんよりとした曇り空だった。体育館特有の、冷たい空気と緊張感が肌を刺す。私たちは今、開会式を終え、体操競技の最初の種目である平均台の準備をしていた。

「怜奈、大丈夫?」

隣に立つ怜奈に声をかけると、彼女は「はい、大丈夫です!」といつもの元気な返事をした。だが、その声は上ずっており、よく見ればユニフォームの袖から覗く手が、小刻みに震えている。

「初めての大会で、緊張しとるんじゃね」

咲良が怜奈の肩に手を置き、広島弁で優しく語りかける。

「そうよ、怜奈。緊張する気持ちはわかるけど、楽しむことが一番だから」

「はいっ! 先輩方の言葉、胸に刻んでおきます!」

そうは言ったものの、怜奈の顔から笑顔は消え、表情は硬いままだ。私たちのアドバイスは、彼女の心の奥深くまでは届いていないようだった。

「緊張しすぎると、体が硬くなって、いつも通りの演技ができんくなるけぇね」

「失敗しても、次の演技で取り返せばいいの。気負わずにいこう」

私たちは立て続けに言葉をかけるが、怜奈はただ「はい」と頷くだけだった。その様子を見て、私と咲良は顔を見合わせる。

「麻衣子、あんなに緊張しとる怜奈、大丈夫かのう?」

「……どうだろうね。でも、やるしかないから」

正直、不安は拭えなかった。怜奈は練習では素晴らしい才能を見せていた。特に、そのダイナミックで力強い演技は、体操部の中でも際立っていた。しかし、本番に弱いという欠点があることも、私たちは知っていた。

「格闘ゲームの必殺技みたいな演技、本番でも出してほしいのう」

咲良がぽつりと呟く。

「そうだね。彼女ならできるはずなんだけど……」

私たちは、怜奈の演技順が来るまで、ただただ祈るしかなかった。どうか、あの子が練習通りの力を出せますように。そして、この大会が、彼女にとっての新たな一歩となりますようにと。


しかし、私たちの祈りは届かなかった。

最初の種目、平均台。怜奈は真剣な表情で台の上に立ち、演技を始めた。最初のうちは、練習通りに完璧な動きを見せていた。会場の空気も、怜奈の演技に引き込まれていくのが分かる。しかし、簡単なターンをしようとした瞬間、彼女の体がわずかに傾いた。なんとか立て直そうと必死にもがいたが、重心を失い、そのまま台から転落してしまった。

「ああ……」

客席から、落胆のため息が聞こえる。私たちも息をのんだ。再開した怜奈の演技は、先ほどまでの堂々としたものではなく、簡単なジャンプでも着地が安定せず、足を踏み外すなど、凡ミスを連発してしまった。彼女の心は、すでに乱れ始めていた。

続く段違い平行棒でも、状況は好転しなかった。怜奈は、練習ではできたはずの回転技をしようとして、バーを掴む手が滑り、失敗してしまった。その後も、本来ならダイナミックな技を繰り出すはずが、まるで別人のようにこじんまりとした技しか出せない。その場をしのぐような、覇気のない演技に終始した。

床運動では、大技がなかなか決まらず、ダンスもぎこちなかった。一目見て、彼女が明らかに動揺しているのが分かった。顔は蒼白で、目は宙をさまよっている。私たちはただ、その姿を祈るような気持ちで見つめるしかなかった。

最後の跳馬。助走をつけ、力強く踏み切り、見事な大技を決めた。しかし、着地でバランスを崩し、大きく尻もちをついてしまう。その瞬間、会場全体が静まり返った。

電光掲示板に表示されたのは、大会でも最低の点数だった。それは、彼女の努力が報われなかったことを、無情に告げていた。

全ての演技を終えた怜奈は、ふらふらとベンチに戻ってきた。言葉をかけることもできず、ただ彼女の隣に腰を下ろす。

「ちくしょう……ちくしょう……」

怜奈は、膝を抱え、何度も何度も、小さな声でつぶやいていた。やがて、その肩が小刻みに震え始め、大粒の涙がユニフォームを濡らした。

「怜奈……」

咲良が隣に座り、彼女の肩をそっと抱き寄せる。私たちはただ、彼女の背中をさすることしかできなかった。彼女の悔しさが、痛いほど伝わってくる。

閉会式が終わり、会場を後にする私たちの間には、重苦しい沈黙が流れていた。怜奈は、私たちが何を話しかけても、ただ「ごめんなさい」と力なく答えるだけだった。そして、誰もいない廊下で、彼女は堰を切ったように嗚咽を漏らし始めた。

その嗚咽が、私の心に深く突き刺さった。


私たちが重い足取りで体育館の出口に向かうと、そこに一人の少女が立っていた。水泳部のジャージに身を包んだ、栗色のセミロングヘアーが愛らしい恵理だった。彼女もまた、今日開催された水泳の大会に参加していたはずだ。

「麻衣子先輩! 咲良先輩! それと、怜奈!」

いつもの明るい声で私たちに駆け寄ってきた恵理だったが、私たちの暗い雰囲気に気づき、すぐに表情を曇らせた。

「あの、今日の大会……どうでした?」

恵理は心配そうな声で尋ねる。彼女自身も、どうやら満足のいく結果ではなかったらしい。後で友人である海美に聞いた話だが、恵理はそこそこの結果は残したものの、惜しくも予選で敗退してしまったそうだ。

「それがさ……」

私は、言葉を選ぶようにして、今日の怜奈の大会での出来事を手短に恵理に伝えた。平均台での落下、段違い平行棒での凡ミス、そして過去最低の点数。そして、今も泣き止むことのできない怜奈の姿を。

私の話を聞くうちに、恵理の顔はどんどん重苦しいものになっていった。

「そう、だったんですか……」

彼女は俯き、辛そうに眉をひそめている。

「恵理、お願い。怜奈を勇気づけてやってくれない?」

私は、恵理に怜奈を託すように頼み込んだ。恵理は怜奈の親友だ。私や咲良先輩の言葉よりも、きっと彼女の言葉の方が怜奈に響くはずだと思った。恵理は、ただ黙って、力強く頷いた。

その時、怜奈が私たちの元にたどり着いた。彼女の目の周りは、赤く腫れ上がり、まるで別人のようだった。

「怜奈……」

恵理は、そっと怜奈の手を握り、優しい声で語りかける。

「お疲れ様、怜奈」

恵理は、怜奈を責めるどころか、その頑張りをねぎらった。しかし、怜奈は力なく微笑むだけで、何も言葉を発することはなかった。ただ小さく頷き、恵理の手を握り返すことしかできなかった。

私たちにできることは、もう何もなかった。あとは、恵理と怜奈の二人に任せるしかない。私は、そう信じていた。

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