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俺、女子高生になりました  作者: アガッタ
第8章 俺、思い出を見つけました
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(Ex)僕、怜奈さんを追いかけます

この話は、陸玖目線で物語が進みます。

放課後、写真部の部室には誰もいなかった。普段なら誰かしらいるのに、今日はたまたま僕一人。仕方ないから、そのまま帰ることにした。いつもは友達と連れだって帰るんだけど、今日に限ってそいつも用事があるとかで、結局一人ぼっち。まあ、いいか。どうせ駅前の本屋に寄りたかったんだ。お目当ては、最近発売された中華料理の写真集。

僕は、写真を撮るのが好きだ。特に、料理の写真は得意。自分で作るのも嫌いじゃないけど、やっぱり撮る方がもっと好き。熱い湯気が立ち上るラーメン、キラキラと油が光る麻婆豆腐、色鮮やかなエビチリ。見るだけで食欲が湧いてくるような写真を撮るのが僕のこだわりだ。

駅に向かって歩いていると、不意に誰かにぶつかった。

「うわっ!」

思わず声が出た。バランスを崩しそうになった体を立て直すと、ぶつかった相手もよろめいていた。

その人は、女子生徒だった。茶色のロングヘアが特徴的で、すらりとした手足。モデルみたいに背が高くて、僕よりも少しだけ高いかもしれない。

「ご、ごめんなさい……」

か細い声で謝ると、彼女は顔を上げないまま、そそくさと立ち去ってしまった。

着ている制服からして、同じ学校に通っている女子生徒だろう。あんなに素晴らしいスタイルをしているのに、なんであんなに自信なさげなんだろう。いつも伏し目がちで、あまり目立たない。僕にはそれが不思議で仕方がなかった。

彼女の後ろ姿を見送りながら、僕は駅に向かって歩き出した。本屋に着いたら、さっそく中華料理の写真集を探そう。きっと、最高の料理写真が僕を待っているはずだ。


本屋で中華料理の写真集をじっくり堪能し、満足して店を出た。次は駅の改札口へ。今日の夕飯は何にしようかな、なんて考えながら歩いていると、改札の前で立ち止まっている人影を見つけた。

先ほどの女子生徒だった。

制服のポケットに手を入れたり、カバンの中をのぞいたりして、落ち着かない様子だ。まるで何かを探しているみたいに、ソワソワしている。きっと、帰りの定期券でもなくしたんだろう。

「どうかしたの?」

心配になって、つい声をかけた。すると、彼女はビクッと体を震わせて、僕の方を見た。そして、すぐに目を伏せて小さな声で答えた。

「何でもないです」

そう言って、またカバンの中を探し始めた。僕はそれ以上聞けなくて、そのまま改札を抜けた。だけど、後ろを振り返ると、彼女はまだ定期券を探しているようだった。

放っておけなかった。

僕はすぐに改札を出て、再び彼女の元へ駆け寄った。そして、自分のポケットに手を入れる。しわくちゃになった千円札を一枚取り出して、彼女に差し出した。それが、今の僕の全財産だった。

「これで、今日の電車賃に……」

僕の言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。そして、少しの間、じっと僕の顔を見ていた。やがて、その小さな手が僕の手から千円札を受け取った。

「ありがとう……」

掠れた声でそう言うと、彼女はすぐに券売機の方へ向かっていった。その小さな後ろ姿を、僕はただ心配そうに見つめることしかできなかった。無事に家に帰れるといいんだけど。


数日後の放課後、僕は駅に向かう道を歩いていた。あの日の女子生徒のことが、時々頭をよぎる。無事に家に帰れただろうか、また困っていないだろうか。そんなことを考えていると、不意に、また誰かにぶつかった。

「あっ!」

ぶつかった相手を見て、僕は息を呑んだ。そこに立っていたのは、あの女子生徒だった。けれど、その姿はあまりにも痛々しいものだった。彼女は全身ずぶ濡れで、おまけにカバンには、マジックで乱暴に描かれたような落書きがいくつもされていた。

「どうしたの!? 何があったんだ!?」

僕は思わず、そう叫ぶように尋ねた。びしょ濡れの体と、見るに堪えないカバン。誰が見ても異常な状況だ。しかし、彼女は何も答えなかった。ただ、僕の目から逃れるように、一言も発さずに走り去ってしまった。

「待って!」

僕は慌てて彼女を追いかけたが、細い路地を曲がった彼女の姿は、すぐにビルの陰に消えてしまった。見失った。呆然と立ち尽くす僕の背後から、聞き慣れた声がした。

「おい、陸玖じゃん。何してんだ、突っ立って」

振り返ると、そこにいたのは写真部の友人だった。彼は僕の視線の先にある路地を見て、怪訝な顔をした。

「……なぁ、お前、さっきのって怜奈じゃないか?」

「怜奈? 誰なんだ?」

僕が言葉を濁していると、友人は少し言いづらそうに口を開いた。

「もしかして、知らないのか? あいつ、一部の奴らにいじめられてるって話だぞ」

その言葉は、僕の頭にガツンと響いた。いじめられている? あの彼女が? あの、いつも自信なさげで、だけどモデルみたいに綺麗なあの子が? 全身を濡らし、カバンに落書きをされた彼女の姿が、鮮明に脳裏に蘇る。それは、まさに“いじめ”の証拠だった。

僕はいたたまれない気持ちになった。なんで気づかなかったんだ。なんで、もっと早く声をかけてやれなかったんだ。千円札を渡した時も、本当はもっと話を聞いてやるべきだったのかもしれない。後悔と、怜奈に対するどうしようもない不安が、僕の胸の中で渦巻いた。


後日、僕は自宅のリビングで姉の海美とおしゃべりをしていた。珍しく部活を休んでいる姉ちゃんは、ソファに寝転がってスマホをいじっていた。他愛ない話をしている中で、ふと、姉ちゃんが口を開いた。

「そういえばさ、陸玖。同じ学年の子で、怜奈って子、知ってる?」

怜奈。その名前を聞いた途端、僕は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。あの、びしょ濡れの怜奈。落書きされたカバン。そして、友人の言葉。

「……知ってるよ。どうしたの?」

「あの子、この間、自殺を図ったらしいんだ」

姉ちゃんの言葉に、僕は息を飲んだ。耳を疑った。自殺。あの怜奈が。

「幸い、一命は取り留めたみたいだけどね」

そう付け加える姉ちゃんの声が、遠くに聞こえる。僕の頭の中は、怜奈の姿でいっぱいになった。あの時、もっと何かできたんじゃないか。もっと強く引き止めて、話を聞いてあげるべきだったんじゃないか。千円札を渡しただけで、満足してしまった自分に、強い後悔の念が押し寄せてきた。

「陸玖、大丈夫だって。あんまり気にしすぎるなって」

姉ちゃんは僕の様子を見て、そう声をかけてくれた。だけど、僕にはその言葉が全く届かなかった。大丈夫なわけがない。僕の目の前には、びしょ濡れで、絶望に打ちひしがれた怜奈の姿が鮮明に浮かんでいた。どうしようもない無力感と、もっと早く手を差し伸べられなかったことへの自責の念に駆られ、僕は居ても立っても居られなかった。


その日以来、僕はまるで抜け殻のようだった。勉強も手につかないし、写真部に行っても、シャッターを切る気にもなれない。レンズを覗いても、被写体ではなく、びしょ濡れで走り去る怜奈の姿ばかりがちらつくんだ。どうしようもない無力感に苛まれながら、僕はただ、悶々とした日々を過ごすしかなかった。

そんなある日、テレビのニュースが飛び込んできた。資産家の田岸義信が、インサイダー取引の疑いでついに逮捕されたという。普段なら芸能人のスキャンダルくらいにしか興味のない姉ちゃんが、そのニュースに釘付けになっていた。

「へえ、あの田岸さんがねえ。噂じゃ、この学校にも田岸さんの子どもがいたらしいよ」

姉ちゃんの何気ない一言が、僕の脳裏に電流のように走った。田岸さんの子ども。どこかで、そんな話を耳にしたような、しないような。まさか、と妙な予感がよぎった。そして、その予感はすぐに現実のものとなる。

その日以降、田岸の子供であると噂されていた生徒が、学校に来なくなってしまった。はっきりと誰とは言われていなかったけど、なんとなく、僕にはピンとくるものがあった。もし、怜奈が……。僕は、新たな不安に胸がざわつくのを感じていた。


あれから数日、学校生活はどこか上の空だった。怜奈のことが心配で、勉強も部活も手につかない日々。田岸さんのニュースも、僕の心をさらにざわつかせた。そんな鬱屈した気持ちを抱えながら、いつものように学校へ向かっていた。

その途中、またしても僕は誰かとぶつかった。

「あっ、ごめんなさい!」

反射的に謝りながら顔を上げると、そこにいたのは、驚くほど見慣れない女子生徒だった。茶髪のボブカット。新品らしくピカピカのかわいらしい眼鏡をかけている。足元は、引き締まった黒のタイツ。あれ……? この雰囲気、どこかで……。

次の瞬間、僕の頭の中に電撃が走った。

「もしかして……怜奈、さん?」

僕がそう呟くと、彼女はにこりと微笑んだ。紛れもなく、そこにいたのはイメチェンした怜奈だった。以前のうつむきがちで自信なさげな雰囲気はどこにもなく、その表情はどこか明るく、生き生きとしているように見えた。

「ごめんなさいね、ぶつかっちゃって」

怜奈は、以前とは全く違う、かわいらしいしぐさで僕に謝った。その変化に、僕はただ呆然とするしかなかった。さらに驚いたのは、彼女の隣に友人(恵理と名乗っていた)がいたことだ。二人は並んで、まるで男性が使うような砕けた口調で楽しそうにおしゃべりをしながら、学校へと向かっていった。

「ったく、あいつったらさー」

「ちょ、怜奈、やめろよ! てか、言葉遣い…」

そんな会話が聞こえてくる。僕の知っている怜奈とは、あまりにもかけ離れた姿だった。あの、自殺を図るほど追い詰められていた怜奈が、こんなに明るく、生き生きとしているなんて。その衝撃的な変貌ぶりに、僕はしばらくその場に立ち尽くすことしかできなかった。一体、怜奈に何があったんだろう?


あの衝撃的なイメチェン以来、僕の日常は一変した。以前の僕なら、きっと遠くから見守るだけだっただろう。でも、新しい怜奈は、僕の好奇心を刺激してやまなかった。あの自信なさげで、うつむいていた怜奈が、あんなにも明るく、表情豊かに変わるなんて。一体、彼女に何があったんだろう? その答えを知りたくて、僕はカメラを手に、怜奈を追いかけることにした。

まるでストーカーだ。自分でもそう思う。でも、やめられなかった。レンズ越しに見る怜奈は、毎日が発見の連続だった。

友人の恵理と一緒に楽しそうにおしゃべりしながら歩いている姿。一人、ベランダで遠くを見つめ、何か考え事をしているかのような横顔。たまに、お腹を抱えて大爆笑している姿も見かけた。かと思えば、恵理に何か説教されているのか、眉を下げて困ったような、つらそうな表情を浮かべていることもあった。その一つ一つの表情が、僕のレンズを通して、僕の心に焼き付いていく。

そして、ある日のこと。それは、僕にとって決定的な瞬間だった。

体操部の勧誘だろうか。怜奈が、少し恥ずかしそうに、でもどこか好奇心に満ちた表情で、体操部の部室から出てきたんだ。その身体には、レオタード。普段の制服姿とは全く違う、そのぴたりとした布地越しに、怜奈のプロポーションの素晴らしさがはっきりと見て取れた。思わず息を呑んだ。引き締まったウエスト、しなやかな手足。まさしく、モデルのような体型。恥ずかしがる怜奈の姿を、僕は夢中でシャッターを切った。その瞬間、僕は完全に、怜奈のプロポーションの虜になってしまったんだ。

それからも、僕は怜奈の様子を影から撮り続けた。ただ、彼女の変化を記録したい一心で。そして、いつか、このレンズ越しの彼女と、もっとちゃんと向き合える日が来たらと、密かに願っていた。


ゴンッ!


突然、僕の頭に衝撃が走った。思わず頭を押さえて顔を上げると、そこには、まさかのレオタード姿の怜奈が仁王立ちしていた。

「いってぇ! 何するんだよ、怜奈さん!?」

頭をさすりながら文句を言う僕に、怜奈は怒りを押し殺したような低い声で問い詰めてきた。

「あんた、また隠し撮りしてたでしょ」

図星だった。僕の顔は、きっと真っ赤になっていたに違いない。怜奈はため息をつくと、僕にビシッと指を差した。

「いい? どうせ撮るなら、ちゃんと撮りなさいよ。私の練習風景をね」

そうだった。この日、僕は体操部の部活紹介の写真を撮るために、体育館を訪れていた。もちろん、目的はそれだけじゃない。怜奈の練習風景を撮る絶好のチャンスだ。隠し撮りじゃなくて、堂々と撮れる。

怒っているはずなのに、どこか呆れたような、それでいて少しだけ照れたような怜奈の表情に、僕は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。これは、公認ってことか!?

「はい、喜んで!」

僕は慌ててカメラを構え直した。怜奈は、呆れた表情をしながらも、マットの上に立った。そして、しなやかな動きで床運動の演技を始めた。一つ一つの動きに集中し、真剣な表情を見せる怜奈。僕は夢中でシャッターを切った。跳躍、回転、着地。どの瞬間も絵になる。ファインダー越しに見る怜奈は、以前にも増して輝いて見えた。

演技が終わり、怜奈が息を整えている間に、僕は撮れたての写真を確認した。完璧だ。これぞ、僕が求めていた怜奈の姿。まさにベストショットだ。

「どうだ、怜奈さん! こいつぁすごいぜ!」

僕が興奮気味に声をかけると、怜奈は呆れつつも、ふわりと笑みを浮かべた。その笑顔は、以前よりもずっと自然で、魅力的なものだった。

「はいはい、わかったから」

そんな怜奈の言葉に、僕は改めて誓った。これからも、僕は怜奈を撮り続けていく。きっと、彼女の笑顔を、もっとたくさんレンズに収めることができるはずだ。

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