俺、思い出を見つけました8 ~焦りとざわめき~
合宿3日目。朝からしとしとと降り続いていた雨は、午後になっても止む気配がない。どんよりとした空を見上げながら、私の心の中にも焦りが募っていた。というのも、合宿は明日で終わり。4日目は午前中の練習と後片付けをしたら、すぐに帰りの電車に乗る予定になっている。だから、今日、この3日目の夜が、私にとって、あの廃校へ行くことのできるラストチャンスなのだ。
午後の練習に向かうバスの中、いつものように私のレオタード姿を狙う、あのうっとうしいシャッター音が聞こえない。陸玖の姿がどこにも見当たらないのだ。
「あれ、陸玖は?」
私が隣に座っていた恵理に尋ねると、恵理のさらに隣に座っていた海美先輩が、呆れたような表情で答えてくれた。
「ああ、陸玖ならホテルで引きこもってるわよ。なんでも、カメラのバッテリーが本当に底をついちゃったみたいで。あれだけ写真を撮りまくっていれば、そりゃ充電も間に合わないわよねぇ」
海美先輩は、自分の弟ながら、その幼稚な行動に心底呆れ果てている様子だった。陸玖には悪いけれど、彼の不在は私にとって都合がいい。これで、陸玖に邪魔される心配なく、あの廃校へ行ける。
練習に向かうバスの揺れに合わせるように、恵理が私の耳元にそっと囁いてきた。
「朗報だ。ホテルで勝手口を見つけた」
恵理の言葉に、私は思わず息を呑んだ。勝手口。それはつまり、フロントを通らずにホテルを抜け出せるということ。顧問の先生に見つかるリスクを最小限に抑えられる。
「今夜は、そこから行こう」
恵理の言葉に、私は力強く頷いた。胸の中には、昨日からずっと抱えていた焦りと不安、そして期待が入り混じっていた。今日こそ、あの廃校で、私の前世の謎を解き明かしたい。そして、あの老人が誰だったのか、はっきりと知りたい。そのためなら、どんな危険も厭わない。雨音だけが響くバスの中で、私の決意は固まっていた。
バスの座席で、私は静かに窓の外を眺めていた。雨は相変わらず降り続いているけれど、私の心は不思議と落ち着いていた。先ほどまでの焦りや不安は消え去り、ある一つの確信が胸の中に広がっていた。
更衣室で出会った老人。そして、夢の中で見たあの老人。
その正体が、はっきりと分かったのだ。
あの老人は、私が前世で通っていた小学校の担任の先生だった。それだけでなく、あの小さな学校の校長先生でもあったのだ。
いつも面白おかしく、私たちの輪の中に溶け込んでくれた先生。授業中も、休み時間も、放課後も、いつも私たち子供たちと一緒に遊んでくれた。教科書通りの勉強だけじゃなく、時には図鑑を片手に虫捕りに行ったり、学校の畑で野菜を育てたり。まるで家族のように、生活を共にしていた。私にとって、あの校長先生は、第二の父親のような存在だった。
卒業間際に転校することを聞いた時、先生はとても寂しそうな顔をしていたのを覚えている。子供心に、先生も私との別れを惜しんでくれているのだと感じた。もしかしたら、もう二度と会えないと思っていたのかもしれない。
あれから、もう30年近くの歳月が流れている。先生は、もうこの世にいないのかもしれない。そう考えると、胸が締め付けられるように苦しい。
それでもいい。たとえもう会えなくても、最後にあの場所を訪れたい。あの小学校で、先生との思い出をもう一度感じたい。そして、あの時伝えられなかった感謝の気持ちを、心の中で伝えたい。
私の心は、そんな強い思いで満たされていた。今夜、必ず、あの廃校へ行く。
3日目の練習も無事に終わった。今日は陸玖がいなかったこともあって、非常に集中して練習に取り組めた。おかげで、新しい技の感覚も掴めたし、苦手だった部分も少し克服できた気がする。ただ、私にとっては、今日の練習は、普段よりも何倍も長く感じられた。早く夜になって、あの場所へ行きたい――その気持ちが、私をずっと支配していた。
帰りのバスの中では、窓を叩く雨音がいくらか弱まっているのを感じた。外の景色も、昨日よりは少し明るく見える。このまま、雨が上がってくれたらいいのに。
ホテルに到着すると、私は足早に自分の部屋へ戻り、荷物を置いた。そして、恵理との約束通り、すぐに勝手口へと向かった。心臓がドクドクと音を立てる。こんなにドキドキするのは、いつ以来だろう。
勝手口の前に着くと、恵理がすでに待っていた。彼女も私と同じように、どこか緊張した面持ちをしている。
「行くぞ、怜奈」
恵理が小声でそう言うと、私たちは周りに誰もいないことを確認し、ゆっくりと勝手口のドアを開けた。ギィ、と小さな音がして、冷たい外の空気が流れ込んでくる。




