俺、思い出を見つけました4 ~前世で見た光景~
練習は結局、夜7時までみっちり続いた。へとへとになりながらも、充実感でいっぱいだ。私以外の部員たちは、さっさと着替えをするために更衣室へと向かっていった。私はというと、最後の床運動の練習に集中しすぎて、気づけば5分ほどオーバーしてしまっていた。
「怜奈、そろそろ終わりにしなさい。みんな着替え終わっちゃうわよ」
着替えを終えた麻衣子先輩が、私の練習を止めてくれる。私は慌てて頷き、更衣室へと足を向けた。
更衣室へ向かう途中、ふと視線を感じて顔を上げた。そこには、作業着を着た見慣れない老人が立っていた。体育館の管理人さんだろうか? 老人は私を見ると、優しい微笑みを向けてくれた。その笑顔は、どこか懐かしく、そしてほんの少しだけ寂しそうにも見えた。誰だろう、この人。なぜだろう、こんなにも心が惹きつけられるのは。
疑問に思いながら、もう少しちゃんと見ようと振り返った時には、老人の姿はどこにも見当たらなかった。まさか、幻でも見たのだろうか?
「怜奈ー!」
突然、背後から声をかけられて、思わず「ひゃっ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。心臓が飛び跳ねるかと思った。
「もう、恵理! びっくりさせないでよ!」
振り返ると、そこには心配そうに私を見つめる恵理の顔があった。
「ごめんごめん! 怜奈がぼーっとしてたから。どうかしたの?」
恵理の問いに、私は先ほどの老人のことを話してみた。
「え? おじいさん? 私、全然見てないよ? 怜奈の幻覚じゃないの?」
恵理はきょとんとした顔で首を傾げる。やっぱり幻覚だったのだろうか。妙な感覚に、少しだけ背筋がゾッとした。
「なんでもない。気のせいかな。」
「早くして。もうみんな着替え終わっちゃったから。」
私は恵理の言葉に頷き、再び更衣室へと向かった。帰りのバスを待たせていることもあり、レオタードの上にTシャツとジャージを羽織るだけの簡易的な着替えで済ませ、すぐに体育館の玄関へと急いだ。
体育館からホテルへ向かうバスの中は、昼間の練習の疲れからか、みんなが静かだった。私も窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、うつらうつらとしていた。しかし、そんな静寂も長くは続かない。バスはしばらくして、車通りの多い市街地へと差し掛かり、そのまま渋滞に巻き込まれてしまった。
「うわー、まじかよ。全然動かねえじゃん」
水泳部の男子生徒の声が聞こえてくる。普段は元気いっぱいの彼らも、さすがに退屈を持て余しているようだ。すると、どこからともなく、彼らの間でテレビアニメの話題が持ち上がった。
「なあ、知ってるか? 『キン肉マン』のリバイバル放送が決まったらしいぞ!」
「マジで!? やべー! 超楽しみなんだけど!」
その話題になった途端、彼らの声は一気にヒートアップした。「キン肉マン」か。懐かしいな。前世では、毎週楽しみに見ていたっけ。キン肉バスターとか、パロ・スペシャルとか、マッスルスパークとか、友達と真似して遊んだな……。
そんなことを考えているうちに、私の意識はだんだんと夢の世界へと引きずり込まれていく。バスのエンジンの振動と、遠くで聞こえる男子生徒たちの興奮した声が、心地よい子守唄のように響いていた。
バスの心地よい揺れに誘われて、私は夢の世界へと滑り込んだ。目の前には、どこまでも広がる緑豊かな田園風景。風に揺れる稲穂の音が、サラサラと耳に届く。
と、その時、後ろから誰かに声をかけられたような気がした。耳を澄ますと、微かに、私の前世の名前が聞こえてくる。
「〇〇!」
――懐かしい響きに、思わず振り返る。そこには、前世の頃の友達らしき子供たちが立っていた。みんな、昔と変わらない笑顔で私を見上げている。
子供たちは私の手を引くと、ぐいぐいと森林の中へと連れて行った。鬱蒼と茂る木々の間を抜けていくと、やがて視界が開け、古いけれどどこか見覚えのある学校らしき建物が姿を現した。
その校門の前には、一人の老人が立っていた。
「あの人は……」
私は息を呑んだ。その老人は、まさに先ほど体育館の更衣室で私が出会った老人と同じ人だったのだ。なぜ、こんな場所に? そして、この懐かしい風景は一体……? 老人は、私に何か語りかけるように、優しい眼差しを向けている。私は彼に何かを言おうと口を開きかけた、その時だった。
「怜奈、着いたわよ」
恵理の声が聞こえ、私はハッと目を開けた。どうやら夢を見ていたようだ。バスはちょうど、合宿先のホテルに到着するところだった。
ぼんやりとした意識の中で、バスの窓から外の景色を見た。辺りは暗闇が広がっていたが、そこには、夢で見たのと微かに、いや寸分違わぬ田園風景が広がっている。そして、そのすぐ近くには、深い緑色の大きな森林が。
「ハッ……!」
何かが、頭の中でカチリと音を立てて繋がったような気がした。目の前の景色と、今見たばかりの夢。それらが、まるでパズルのピースのようにぴったりとはまる感覚。私は思わず、声を出してしまっていた。




