俺、お姉ちゃんになりました3 ~理沙との帰り道~
「お姉ちゃーん!」
校門を出たところで、理沙がパタパタと小走りで駆け寄ってきた。私より頭一つ分くらい低い理沙は、私の顔を見上げると、嬉しそうににこりと笑う。その笑顔は、前世の記憶を持たない私には全く見覚えのないものだったけれど、なぜか不思議と嫌な気はしなかった。
「お待たせ。恵理も一緒だよ」
恵理も手を振って理沙に挨拶する。私たちは三人で連れ立って、帰り道を歩き始めた。
「お姉ちゃん、背、高くなったね!」
理沙が突然、そんなことを言い出した。
「前は、もっと小さかったのに。私、全然背が伸びないんだよ……」
理沙は自分の頭に手を当てて、しょんぼりと肩を落とす。彼女の言葉に、私は少しだけ胸がチクリとした。身長が伸びないことへの悩み、それは私が前世では感じたことのない、この「女子高校生」としての身体が抱える悩みだ。
「あのね、お姉ちゃん……私、お母さんから聞いたんだ。お姉ちゃんが、いじめられてて、それで……」
理沙の言葉に、私は思わず足を止めた。自殺未遂。そうか、私が転生する前のこの身体は、いじめが原因で自殺を図ったのだった。その事実を、理沙は知っていたのか。私のことを心配そうに見上げる理沙の瞳は、純粋で真っ直ぐだった。
「ああ、そのことね。うん、いじめられてたのは本当だよ。」
私は隠すことなく、正直に話した。今となっては、それはもう過去の出来事だ。
「でも、もう大丈夫だよ。いじめた奴はもう転校していったし、他の奴らも見かけなくなったから。いじめは解決したんだ」
他の奴ら、田岸の他にいたあの2人のことだ。理事長(兼マンションの管理人)から聞いた話によると、あの2人は、あれから自主退学したそうだ。田岸のいじめに加担したことが学校中に知られて、居づらくなってしまったらしい。
「うん、私も怜奈がいじめられているの、何回か見ちゃったことがあるんだ。本当に辛そうで……でもね、怜奈は本当に頑張って、一人で立ち向かっていったんだよ」
恵理もそう言って、理沙に説明してくれた。理沙は、私たちの言葉を聞いて、ほっとしたように息をついた。
「そっか……良かったぁ……」
そして、次の瞬間、理沙は小さな拳をぎゅっと握りしめ、私を見上げて宣言した。
「もし、また何かあったら、私がお姉ちゃんを守るからね! 私、ちゃんと、お姉ちゃんを守れるように、もっと強くなる!」
その真っ直ぐな瞳と、小さな身体から放たれる強い決意に、私は思わず笑ってしまった。私の「第二の人生」に、こんなにも健気で可愛らしい「守護者」が現れるとは、思いもしなかったな。頼もしいような、ちょっと心配なような、複雑な気持ちで私は理沙の頭をそっと撫でた。
理沙と恵理と三人で、他愛ない話をしながら駅に着くと、そこには普段見慣れない光景が広がっていた。電光掲示板には「人身事故」「信号故障」の文字が踊り、ダイヤは大幅に乱れている。アナウンスも、いつもより慌ただしく聞こえた。
「え……嘘でしょ!?」
理沙が乗るはずだった路線を見ると、そこには「終日運休」の表示が。理沙はたちまち不安そうな顔になり、みるみるうちに瞳が潤んでいく。
「どうしよう。帰れないよ……」
今にも泣き出しそうな理沙の姿を見て、私は慌ててスマートフォンを取り出した。
「もしもし、母さん? 理沙のことなんだけど……」
状況を説明すると、母は少し考えてから言った。
「そう。じゃあ、理沙ちゃんを家に連れてきてくれる? ちょうど、今日から理沙ちゃんを預かってほしいって、おばさんから連絡があったのよ」
「……ゑ?」
母の言葉に、私は思わず固まった。今日から? いくら何でも急すぎるだろ! 確かに理沙が学校見学に来るかもしれないとは聞いていたけれど、まさか今日から我が家に泊まり込むことになるとは。
そんな私の戸惑いとは裏腹に、隣では、理沙が目を輝かせている。
「え、本当!? 怜奈お姉ちゃんの家に泊まれるの!?」
理沙は飛び跳ねるように大喜びだ。その純粋な喜びに、私の口から「えー……」という言葉は出てこなかった。
「うん、泊まれるみたいだよ。母さんがそう言ってる」
私がそう告げると、理沙は満面の笑みで私に抱きついてきた。
「やったー! ありがとう、怜奈お姉ちゃん!」
私は理沙の小さな頭を撫でながら、心の中で大きくため息をついた。これでまた、頭痛の種が増えてしまった。目の前には、無邪気に喜ぶ理沙。そして、その隣で「あらあら」と微笑む恵理。私はこれからどうなるのだろう、と、漠然とした不安と、ほんの少しの期待が入り混じった複雑な気持ちで、夕焼け空を見上げた。




