俺、勉強を教えます10 ~荒れ狂う嵐と感情~
勧誘員たちに囲まれ、恵理の恐怖が最高潮に達しているのがわかった。このままではまずい。どうにかして、この状況を切り抜けないと。私の頭の中で、高速で思考が巡る。
その時、ひらめいた。
《1632143+C》
脳裏に浮かんだのは、長年やり込んだ格闘ゲームのコマンドだった。そうだ、こんな時はこれしかない!
私は無意識のうちに、大きく踏み込み、その場で咆哮した。
「レイジングストームッ!!」
声と共に、私の拳から放たれた衝撃波が、私たちを囲んでいた勧誘員たちを吹き飛ばした。彼らは「うわっ!」とか「な、なんだこれは!」とか、情けない声を上げながら、まるで紙吹雪のように後方に舞い上がっていく。
その瞬間、私は恵理の腕を掴んだまま、全力で駆け出した。
「行くぞ、恵理!」
「え、ちょ、怜奈!?」
恵理の戸惑う声が聞こえたが、振り返る余裕はない。とにかく、勧誘員たちの目の届かないところへ、必死に走った。路地を曲がり、裏通りを抜け、息を切らして走り続けた。
ようやく人気のない場所までたどり着き、立ち止まる。荒い息を整えながら恵理を見ると、彼女は呆れたような顔で私を見つめていた。
「もう! 怜奈ったら、また格闘ゲームの技なんて使って……!」
恵理の言葉に、私はようやく冷静さを取り戻した。
「ごめん、恵理。でも、あれしか方法がなくて。それにしても、あの宗教グループ、本当にやばいんだぞ」
私が真剣な顔で言うと、恵理は少し身構えた。
「名前、見た? あれ、『邪除の会』っていうんだ。昔からいる、結構危険なカルト宗教の一つなの」
私の言葉に、恵理の顔からみるみる血の気が失せていく。彼女の目に、再び恐怖の色が浮かび始めた。
「だから、恵理も迂闊なことしないで。今回は逃げ切れたけど、もし次、また会うようなことがあったら……」
そこまで言いかけたところで、恵理はたまらずその場に泣き崩れてしまった。
「うっ……うう……」
嗚咽が、暗くなった夜道に響く。前世での悪夢のような経験と、今日の現実の恐怖が重なって、恵理は完全にパニックに陥ってしまっていた。私は何も言えず、ただ、彼女の震える肩を抱きしめることしかできなかった。
駅前の喧騒から離れ、ようやく電車の中へ。しかし、恵理は私の隣で、うつむいたまま何も話さない。彼女の震える肩が、あの時の恐怖と、そして前世の深い傷を物語っていた。
「邪除の会」。恵理の両親が没頭し、貯金を食い潰されたという宗教。今日の駅前での遭遇は、恵理にとって、まさにその悪夢の再来だったのだろう。きっと、彼女の前世は、あの宗教グループの直接的な被害者だったに違いない。そう推察できたけれど、今の恵理に、それ以上何も聞くことはできなかった。ただ、彼女の隣に座り、静かに寄り添うことしかできない自分が歯痒かった。
やがて、電車は自宅の最寄り駅に到着した。私と恵理は黙って電車を降り、改札を抜ける。駅のロータリーで、私たちは別れようとした。
「……怜奈」
恵理が、か細い声で私を呼んだ。私は恵理の方を向く。
「今日は……本当にありがとう。怜奈が、守ってくれて……助かった」
ようやく顔を上げた恵理の目は、まだ少し潤んでいたけれど、その瞳には感謝の気持ちがはっきりと宿っていた。
「気にしないで。当然のことだし」
私がそう言うと、恵理は少しだけ微笑んだ。その笑顔に、少しだけ安堵する。
「それから、恵理も。自分の勉強も、ちゃんとやってよね」
私がそう付け加えると、恵理はこくりと頷いた。
「うん……わかってる」
そして、恵理は何かを振り払うかのように、足早に家へと向かって歩き出した。その小さな背中を見送りながら、私も心の中で誓った。恵理の無念を晴らすためにも、陸玖の勉強だけじゃなく、私も自分の目標に向かって、もっと頑張らなければいけない。
夜風が少し冷たく感じられたけれど、私の心は、どこか晴れやかだった。早く家に帰って、私も勉強しよう。




