俺、星座を占います10 ~初めての感情~
夕焼けに染まる帰り道、陸玖の言葉が私の頭から離れなかった。
「怜奈さんを撮り続ける」
あの言葉が、まるで呪文のように、何度も脳裏で繰り返される。いじめられていた頃の私を見ていたこと、プロポーションがいいのに自信なさげだった私を心配していたこと、そして、イメチェンした私を「まばゆい」と感じていたこと。彼の言葉は、私の知らなかった私自身を浮き彫りにした。
なぜ、そこまで私を追い続けているのだろう? ただの被写体として、そんなに興味が持てるものなのだろうか。嫌悪感は確かにあった。あの隠し撮りは許せないし、一方的な言動にも腹が立つ。でも、それだけじゃない、何か別の感情が、私の心の奥底でざわめいているのを感じていた。それは、まるで興味のような、あるいはもっと複雑な、今まで感じたことのない感覚だった。
混乱していた。まさか、私が、陸玖に……?
これまで、前世を含めて、私は誰かに恋愛感情を抱いたことなんて一度もなかった。仕事一筋のサラリーマンだった前世も、今はただの女子高校生として第二の人生を楽しんでいるだけ。そんな私が、今、恋愛というものに直面しようとしているのかもしれない。
もしそうなら、これは私の人生にとって、初めての経験だ。今まで知らなかった感情に、私の心はぐるぐるとかき乱される。まるで、複雑な数式を解いている時のように、頭の中がこんがらがって、答えが出せない。
「ねえ、恵理……」
隣を歩く恵理に、思わず声をかけた。私の声は、震えていたかもしれない。
「怖い……」
口から出たのは、そんな一言だった。何が怖いのか、自分でもうまく説明できない。陸玖の執着心なのか、それとも、今まで知らなかった自分の感情なのか。夕焼け空が、まるで私の心の混乱を映しているかのように、赤く燃えていた。
私のその一言に、恵理は驚いた顔をしたけれど、すぐに私の腕を掴んで、人気の少ない公園の隅まで連れ出してくれた。
「おいおい、どうしたんだよ怜奈。いきなり『怖い』なんて、らしくないぜ」
恵理は、いつもの可愛らしい声とは違う、少し低めの、どこかぶっきりと響く男性口調で言った。そうだ、恵理も前世は男だったんだっけ。こんな時、無意識に出る男らしい口調が、妙に頼もしく感じられる。
「恋愛なんて、所詮は感情のぶつかり合いみたいなもんだろ? 小難しく考えたって始まらんよ。お前はお前らしく、いつも通り振舞ってりゃいいんじゃないか?」
恵理の言葉が、私の混乱した心にスッと染み渡る。そうだ、私は私だ。無理に誰かの期待に応えようとしたり、今までと違う自分を演じたりする必要なんてない。
「それにさ、俺は怜奈が羨ましいぜ」
恵理はそう言って、少し寂しそうな、それでいて期待に満ちたような表情で私を見た。
「俺はまだ恋愛なんて経験したことないからな。怜奈が一足先に経験しようとしてるって思うと、なんかワクワクするっていうか……」
まさか恵理に、そんな風に思われていたなんて。私の抱えている不安をよそに、恵理は自分のことのように喜んでくれている。その純粋な気持ちが、私を少しだけ楽にしてくれた。
「ま、いざとなったらよ、男なんて踏み倒すくらいでちょうどいいんだよ。お前の気が向かなきゃ、そのままスルーしてやったって構わないんだ。そういうくらいの気持ちでいたって、バチは当たらんよ」
最後の言葉は、完全に前世の男性の口調だった。でも、その乱暴とも取れるアドバイスが、なぜだか私の心に勇気をくれた。そうか、別に陸玖の気持ちに応えなきゃいけないわけじゃない。私の気持ちが一番大切なんだ。
恵理の言葉を聞いているうちに、私の心の靄が少しずつ晴れていくのを感じた。混乱していた感情が、少しずつ整理されていく。無理に答えを出さなくてもいい。今はまだ、この新しい感情と向き合ってみるだけでいいんだ。
「ありがとう、恵理」
私は心からの感謝を込めて言った。恵理のおかげで、もやもやしていた気持ちが吹っ切れた気がした。夕焼けはもうほとんど沈みかけていたけれど、私の心の中には、少しだけ明るい光が差し込んできていた。
恵理のアドバイスで、私の心はすっかり軽くなった。もう、わけのわからない不安に怯える必要はない。私は私らしくいればいいんだ。
「そうだよな! ありがとう、恵理!」
私が心から感謝を伝えると、恵理はふわりと微笑んだ。いつもの可愛らしい女性口調に戻っている。
「どういたしまして。でもさ、念のため、今日の獅子座の恋愛運も見ておかない?」
恵理の提案に、私は少し笑ってしまった。今月の運勢であんなに一喜一憂したのに、今度は今日の運勢か。でも、まあ、いいか。
「今月の運勢と今日の運勢が同じとは限らないもんね」
恵理がスマホを取り出し、画面を操作する。しばらくして、恵理の顔が少し曇った。
「えっとね……今日の獅子座の恋愛運は……最悪、だって」
「最悪!?」
思わず吹き出しそうになった。どんだけ私に恋愛させたくないんだ、今日の運勢は。
「その後にね、『相手が必ずしも好意を向けているとは限らない。いったん立ち止まり、深呼吸してから行動すべき』って書いてある……」
恵理が読み上げた言葉に、私は声を出してクスッと笑ってしまった。さっきまでの私の混乱と不安を、そのまま言い当てているような文章だ。まったく、この占いはどこまで私を翻弄すれば気が済むんだろう。
「深呼吸……だね」
私は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。隣にいる恵理も、同じように深呼吸をしている。最悪の恋愛運と言われても、なんだか今は笑えてしまう。
公園を出て、私たちは家へと向かう道を歩き始めた。辺りはすっかり暗くなり、街灯が道を照らしている。ふと空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。
「わあ、すごい! 星がいっぱい!」
「ほんとだ! ねえ、怜奈、自分の星座、どこにあるか分かる?」
恵理の言葉に、私は夜空に輝く星々を一つずつ辿っていく。前世で、こんな風に星空を見上げたことなんてあっただろうか。忙しさに追われ、空を見上げる余裕もなかったかもしれない。
獅子座はどこだろう。乙女座は? そして、陸玖の蟹座は? 私たちは夜空を指差し、自分の星座がどこにあるのかを探すのであった。今日の出来事を笑い飛ばせるようになった今、きっとどんな未来が待っていようと、この第二の人生を楽しんでいけるだろう。
俺、星座を占います 終




