俺、部活はじめます9 ~盗撮犯、躍動する~
翌日の昼休み、恵理と二人で弁当を食べるために、いつもの屋上へ向かっていた。例のいじめ事件をきっかけに、俺と恵理は一緒に弁当を食べるようになったのだ。それにしても、陸玖のヤツのことも、盗撮犯のことも、頭から離れない。本当に、体操部の盗撮犯は別にいるのか?
廊下を歩いていると、前から咲良先輩と麻衣子先輩が歩いているのが見えた。
「先輩、お疲れ様です」
「やあ、怜奈か……」
二人の表情は、どこか暗い。
「先輩、どうしたんですか?」
私が声をかけると、二人はハッとしたように顔を上げた。
「怜奈……実は、うち等も練習中に盗撮されとるん知ってしもうて……」
咲良先輩が沈痛な面持ちでそう告げた。麻衣子先輩も不安そうな顔で咲良先輩の隣に立っている。やはり、里亜先輩だけの問題ではなかったのだ。
「これ、見てよ……」
咲良先輩はスマホを取り出し、俺に写真を見せた。そこに写っていたのは、紛れもなく体操部員たちの下半身や胸を写した写真だった。どれも、練習中のレオタード姿を狙ったものだ。全身が粟立つような嫌悪感が込み上げてくる。そして、もっと恐ろしいことに、咲良先輩によるとこれらの写真は、すでにネット上に広がってしまっているという。
「最近では、体操部の他にも、水泳部や陸上部とか、色々なところで盗撮騒ぎが起こってて大変らしいよ……」
麻衣子先輩が付け加えるように話した。体操部だけじゃなかったんだ。被害は想像以上に広範囲に及んでいるらしい。
「お二人さんも、本当に注意してね」
麻衣子先輩の忠告に、俺は静かに頷いた。まさか、こんな悪質な犯罪が身近で起きているなんて。
ふと、俺は里亜先輩のことが気になった。
「そういえば、里亜先輩は今日は?」
「里亜先輩はのう、今日病院に行くけぇ休んどるんよ。」
咲良先輩はそう答えた。やはり、例の一件で、体調を崩してしまったのだろうか。
「でも、怜奈ちゃん、心配することないよ。里亜先輩も、きっと大丈夫だから」
先輩方は、俺が里亜先輩を心配しているのを感じ取ったのか、励ますようにそう言ってくれた。それでも、里亜先輩のこと、そして今度は咲良先輩や麻衣子先輩にまで被害に遭ったという事実に、俺の心はざわめいていた。このまま、何もしないでいいはずがない。
盗撮騒ぎの影響は、あっという間に学校全体に広がった。そしてこの日、ついに校長先生からのアナウンスで、全てのクラブ活動が一時休止されることになった。体操部も例外ではない。練習ができないのは残念だけど、これ以上被害が広がるのを防ぐためなら仕方ない。
その日の午後、俺は忘れ物を取りに、休止された体操部の更衣室へ向かった。誰もいないはずの体育館は、しんと静まり返っている。更衣室のドアに近づくと、中からガサゴソと物音が聞こえてきた。まさか、誰かいるの?
恐る恐るドアの隙間から中を覗いてみると、女子生徒の制服を着た見知らぬ人物が、更衣室の中を物色しているのが見えた。背格好は私よりはるかに小さい。一体誰だろう、と目を凝らすと、その人物の正体に愕然とした。
小柄な体格に、うっすらと見える白髪交じりの短髪。彼女、いや彼は、背の低い中年の男性だった。まさか、この人が……?
盗撮犯人は、俺が覗いていることに気づくと、ハッと顔を上げた。その瞬間、彼は信じられないほどのスピードで更衣室から飛び出し、俺の方へと走ってきた。
「あっ!」
俺は咄嗟に道を塞ごうとしたけれど、彼の足は予想以上に速かった。あっという間に俺の横をすり抜け、体育館の出口へと向かっていく。俺は慌てて追いかけたけれど、元サラリーマンの体が、女子高生になったばかりの体に追いつかない。息を切らしながら追いかけるも、結局、彼は体育館の出口を飛び出し、そのまま人混みに紛れて見失ってしまった。
目の前にいた犯人を、取り逃がしてしまった。千載一遇のチャンスを逃してしまい、悔しさでいっぱいだったが、俺はすぐに恵理に電話をかけた。
「恵理! 大変なの! 今、体操部の更衣室で盗撮犯に遭遇した!」
俺の興奮した声に、恵理も驚いたようだった。
「えっ、怜奈!? 大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫。でも、そいつ逃げちゃって……」
俺が状況を説明していると、恵理が急に声を上げた。
「待って、怜奈! 今、校門からものすごい勢いで走り去っていく女子生徒を見かけたんだけど……もしかして、あいつ?」
「恵理! それだ! その走り去った女子生徒こそが盗撮犯で、しかも男なんだよ!」
俺は確信をもって告げた。あの小柄な体格、そしてあの信じられないほどの俊足。あれは間違いなく、中年の男性だ。女子生徒の制服を着ていたけれど、それは変装に違いない。
「え、男の人だったの!? あまりにも速すぎて、素顔までは見えなかったよ……」
恵理の声も、どこか落胆しているのがわかる。
結局、犯人の特定には至らなかった。落胆した俺は、忘れ物を取りに改めて更衣室へと足を踏み入れた。すると、床に何か光るものが落ちているのが目に入った。
それは、俺がケーブルを切り落としたものとは別の、小型カメラだった。きっと、逃げる際に落としていったのだろう。そのカメラのすぐ近くには、もう一つ、小さな鍵が落ちていた。よく見ると、自転車の鍵だ。
盗撮犯は、ここに忘れ物をしてしまった。これは、きっとまた戻ってくるに違いない。俺はそう確信した。
「恵理、聞いてくれる? 犯人が、更衣室に忘れ物をしていったみたいなんだ」
俺は再び恵理に電話をかけ、相談を持ちかけた。このまま泣き寝入りするなんて、絶対に嫌だ。犯人を捕まえて、体操部のみんなの無念を晴らしたい。そして、里亜先輩の心の傷を癒してあげたい。




