俺、部活はじめます1 ~元男、レオタードを着る~
「はぁ〜、午後から授業がないって最高」
俺はブランコを大きく揺らしながら、独りごちた。隣のブランコでは、親友の恵理がニコニコと笑っている。
「怜奈、本当に楽しそうだね! でも、いくら授業がないからって、放課後をゲーセンで過ごすのはどうかと思うよ?」
怜奈は小首を傾げながら、心配そうに俺を見つめる。
「えー、いいじゃんゲーセン。ストレス発散にもなるし。それに、格ゲーの新作、もうすぐ出るんだよ?」
俺は反論するが、恵理は首を振る。
「駄目だって。この前だって、ナンパされてたじゃないか。女の子がゲーセンなんて、危ないだろ」
恵理の前世も男だったためか、時たま男言葉になることがある。そんな恵理の忠告に、私はぐっと詰まる。そういえば、この間の休日、恵理とのショッピングの帰り道に、あわやナンパされるところだった。前世がサラリーマンのおっさんだった私にとって、女子高生としてナンパされるというのは、想定していなかったというか、気にも留めていなかった。
「ほら、やっぱり何か部活でもするべきだよ。怜奈、運動神経もいいんだからさ」
「えー? でもあたし、体育は苦手だし……」
「そんな体育の苦手な怜奈が、ジェノサイドカッターとか覇王翔吼拳とか、どうして出せるのかな~?」
しまった。恵理には全てお見通しだった。田岸のグループに絡まれたときにダークジェノサイドをお見舞いしたことも、ショッピングの帰り道に出会ったナンパに覇王翔吼拳を喰らわせたことも、恵理は全てその目で見ていたのだ。しかも、ご丁寧に技名まで言ってしまったのだから、反論する余地すらない。
しかし、部活か……。前世の学生時代も、部活には少し憧れたものだ。だが、結局、自分に合うものも、心から打ち込みたいものも見つからず、結局は帰宅部だった。だから、今世こそは、と意気込んでいたものの、やはり興味が湧くものがなくて、結局ゲーセンに入り浸る日々。
遠い目をしながらそんなことを考えていると、ブランコの揺れが最高潮に達したところで、俺はバランスを崩した。
「うわっ!」
幸い、とっさに手をついたので、盛大に転ぶことはなかったが、体勢を立て直すのに少し手間取った。その様子を見ていた者がいた。
「おお、あんた、ええ体しとるねぇ」
突如として、背後から広島弁が聞こえてきた。振り返ると、そこには黒髪ポニーテールの女子生徒が立っている。見慣れない顔だ。年齢は俺より一つ上だろうか。
彼女は、俺に近づくと、遠慮なく私の腕や脚を触り始めた。
「こりゃあ、滅多にない逸材じゃ! うちの部活に来んさい!」
突然のことに、俺は困惑する。何かの間違いでは、と視線を恵理に送ると、恵理は目を輝かせながら頷いている。
「怜奈、折角転生したんだから、部活、始めてみたら? ほら、こういう出会いも、きっと何かの縁だから!」
恵理の強烈なプッシュに、俺はたじろぐ。すると、ポニーテールの彼女は、俺の腕を掴んで引っ張った。
「そうじゃそうじゃ! ええ機会じゃけぇ、うちの部活に来んさい! さ、部室行くで!」
半ば強引に腕を引かれ、俺はそのまま、見知らぬ部室へと連行されていくのだった。
「……は? これ、なんかの罰ゲーム?」
次に意識がはっきりした時には、俺は鏡の前に立っていた。そして、そこに映る自分の姿に、思わず目を疑った。
茶色のボブカットにメガネ。それは確かに俺だ。だが、その俺が着ているのは、どう見てもレオタード! ピッチリと体に張り付く生地が、普段は隠れている体のラインをこれでもかと主張している。前世が中年サラリーマンだった俺にとって、これはあまりにも刺激が強すぎる。羞恥心で顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
「あぁ〜、やっぱりあんたはええねぇ! このレオタード姿、完璧じゃわ!」
背後からご満悦の声が聞こえる。振り返ると、そこにはポニーテールの彼女が、キラキラした目で私を見つめていた。
「ダマシタナァァア!?」
思わず片言で語気が荒くなる。まさか、公園でいきなりスカウトされて、気がつけばレオタードを着せられているなんて、どんな悪質な拷問だよ!?
ポニーテールの彼女は、俺の言葉にキョトンとした顔をした。
「な〜に言うとるん? 騙すとか、そんなつもりこれっぽっちもないわ。うちはあんたの運動神経に惚れ込んだんじゃ。特にあのバランス感覚! 体幹が素晴らしいけぇ、うちの体操部の次期エースになれると確信したんよ!」
体操部……だと? まさかの展開に、俺の頭は混乱するばかりだ。体操なんて、学生時代の体育の授業でちょっとやったきりだ。
そういえば、恵理もついてきたはずだが、見当たらない。どこに行ったのだ。
「ああ、あんたの連れなら、そこで帰らぬ人になっておる。」
その時、視界の端で、床に倒れ込んでいる恵理の姿が見えた。その姿は、矢吹丈が燃え尽きたような、いやどちらかというと、ヤン・ウェンリーが殺されたときのあのシーンを連想してしまう。いや、どれも超トラウマ級のシーンだけどさ、まだ物語が始まったばかりでそりゃないだろ!
「あれ、新しい子?」
そう声がしたかと思うと、部室の扉がガラッと開き、一人の女子生徒が入ってきた。ダークブルーのショートヘアが特徴的だ。彼女は俺を見るなり、にこりと微笑んだ。
「はじめまして。私は麻衣子だよ。泉麻衣子。咲良ちゃんとは同級生なの。よろしくね!」
「あ、いけんいけん。うちは咲良、高山咲良じゃ。よろしゅう頼むね。」
優しそうな声で自己紹介をしてくれる麻衣子先輩とスカウトしてくれた咲良先輩に、俺は
「あ、あさまれなです……」
と蚊の鳴くような声で返した。未だにレオタード姿でいることに慣れず、居心地の悪さを感じていたのだ。
咲良先輩はそんな俺に構わず、麻衣子先輩に満面の笑みで話しかけた。そして、ふっと優しい笑みを浮かべ、
「怜奈ちゃん、これから一緒に頑張ろうね!」
と、にこやかに言ってくれた。なんだか、麻衣子先輩の存在に少しだけホッと胸を撫で下ろした。しかし、その安堵も束の間だった。
「さてと、咲良、この子の柔軟性と可動域、ちょっと見てもらってもいいかな?」
「あ、ちょうどうちもそう思おとったとこじゃ。始めよか。」
麻衣子先輩と咲良先輩のその示し合せに、俺の心臓は一気に冷え込んだ。柔軟性。可動域。前世の俺にとって、それは悪夢の言葉だった。体がとにかく硬かったのだ。開脚なんて、90度開けばいい方だった。体操部でそれをチェックされるということは……想像しただけで、目に涙が浮かんでくる。
「ひぃぃぃっ! や、やめてください! お願いします、それだけはっ!」
俺は思わず、泣きながら助けを求めてしまった。しかし、そんな俺の悲痛な叫びなど、咲良先輩と麻衣子先輩の耳には届いていないようだった。さらに、恵理はいまだに床の上に倒れ込んだままだ。絶体絶命じゃないか、このくそったれぇ!
「往生際が悪いわよ、怜奈ちゃん!」
「はよー始めるでぇ!」
俺の両側にそれぞれ咲良先輩と麻衣子先輩が立ち、有無を言わさず開脚させようとしてくる。絶望的な気持ちで足を広げようとした、その時だった。
「……あれ?」
予想に反して、俺の体はスルスルと開いていく。膝裏が全く痛くない。むしろ、普段の俺ではありえないほど、べったりと床に体がついてしまった。前世では決して成しえなかった180度開脚。
「何よ、全然柔らかいじゃないの。」
「心配して損しとったわ。」
しかし俺は内心で驚きを隠せなかった。泣き止んだ俺は、目の前の光景に呆然とした。転生した私の体、思っていた以上にハイスペックじゃないか!?
いや、そういえば、女性は男性よりも骨盤が大きいがために体の柔軟性が高いということを聞いたことがある。前世では体が思い通りに動かせなかったのに、今ではどうだ。自分の意思の通りにフレキシブルに動かせる。それがなぜかひどく心地よく感じられて、俺の顔は自然とニヤけてしまった。
その瞬間、
パシィィィンッ!!
乾いた音が響き渡った。
「あべしぃっ!?」
顔面に走る衝撃。何が起こったのか理解できず、顔を押さえると、そこにはなぜかハリセンを持った麻衣子先輩の姿があった。
「怜奈ちゃん、いくら体が柔らかいからって、一瞬の気のゆるみが大けがにつながるよ。気を引き締めないと」
どこから出したのかも分からないハリセンをしまいながら、麻衣子先輩は真剣な表情で俺に忠告したのであった。
それにしても、恵理と言い麻衣子先輩と言い、現世ではハリセン装備がトレンドなのだろうか。ひょんなことで叩かれないようにしないと。桑原桑原……。




