いじめ事件14 ~あっけない結末~
昼休み、俺はいつものように食堂へ向かおうと、カバンから弁当を取り出そうとしていた。その瞬間、突然目の前に人影が立ちふさがった。
気がつけば、田岸のヤツが目の前に立っていた。だが、この日は、一緒にいるはずの他の2人の姿はいない。彼女の右手に握られていたのは、鈍い光を放つスタンガンだ。
「あんたのせいよ!」
田岸は狂ったように叫び、右手に握っていた鈍い光を放つスタンガンを、躊躇なく俺の脇腹に当ててきた。
「ぎゃあああああ!!」
体に電気が走るような激痛が走り、俺は思わずうめき声をあげた。体が痺れて、その場に膝をついてしまった。
田岸は、さらに激しく言いがかりをつけてきた。その表情は憎悪に歪み、完全に正気を失っているように見えた。
「あんたのせいで、あたし、ひどい目に遭ったじゃない!」
「あんたのせいで、あいつら2人にバカにされたのよ!」
「あんたのせいで、二人に裏切られた!」
「あんたのせいで、お父さんに見限られた!」
彼女の言葉は、まるで壊れたレコードのように繰り返される。「全部あんたのせいで、何もかもうまくいかなかった!」と、彼女は俺に全ての責任を押し付けようとしている。取り巻きに裏切られ、父親からも見限られたことで、田岸は完全に追い詰められているようだ。
俺はまだ体勢を立て直す間もなく、田岸は再びスタンガンを構え、俺に襲いかかろうとした。
(やられる……!)
激痛を覚悟し、両目を強く閉じたその時だった。
恐る恐る目を開くと、恵理が無言で、田岸のスタンガンが握られてある手首を力強くつかんでいた。
「何よ、あんた!?」
田岸は怒鳴り、スタンガンを恵理に向けた。彼女は、もはやなりふり構っていられない状態だ。恵理は冷静に、田岸の動きを見極めている。
「深雪、そこまで!」
田岸が恵理にまでスタンガンを向けたその時、教室のドアが勢いよく開いた。そこに立っていたのは、グレーのスーツを完璧に着こなし、威厳のある白髪交じりのミセスヘアの女性だった。その佇まいからして、ただ者ではないことは一目瞭然だった。
女性は、一歩教室に足を踏み入れるなり、田岸の頬を平手打ちにした。
パァァァン!!
田岸の頬を叩いた音は小さかったが、一切の容赦がなく、教室の空気が凍りついたように感じられた。田岸は、その女性の姿を見るなり、顔色を失って固まった。彼女の目には、恐怖の色が浮かんでいた。
その女性こそ、田岸の祖母であり、この学園の理事長だった。
田岸は、祖母である理事長に必死で言い訳をしようとした。
「お、おばあ様…これは…浅間のヤツが…」
しかし、理事長は田岸の言葉に一切聞く耳を持たなかった。それどころか、理事長は田岸のこれまでの悪行を、まるで見ていたかのように洗いざらい並べ立て始めた。
「あなたが、浅間さんに対しいじめを繰り返し、いえ、浅間さんだけでなく、多くの生徒を苦しめてきたこと。そして、今回、このような凶器を持ち出し、学園内で暴挙に及んだこと。全て把握しています」
理事長の言葉は、田岸の心を確実に打ち砕いていた。そして、彼女は冷たく言い放った。
「田岸深雪、あなたを本日付けで退学処分とします。そして、我が家から破門とする!」
田岸は愕然とした顔で理事長を見つめた。彼女の顔からは血の気が引き、完全に絶望しているようだった。
田岸は、最後の悪あがきとばかりに、父親の名前を出して食い下がろうとした。
「そんな…パパが…お父さんが黙ってないわ!」
しかし、理事長の返答は、田岸の最後の希望を打ち砕くものだった。
「義信の件は、既に私が警察に告発しました。一連のインサイダー取引の証拠も全て提出済みです。まもなく逮捕される予定です」
俺は息をのんだ。資産家であるあの田岸義信が逮捕される?あの、警察すら手が出せなかったと言われる資産家が?
理事長はさらに続けた。
「加えて、私が大地主としての地位を活かし、この地域の政財界の人間にも、今後一切義信と関わらないように釘を刺しておきました。彼が再起することはないでしょう」
そして、追い打ちをかけるように、理事長は告げた。
「それと、義信の全資産も凍結させました。後日、差し押さえが入ることでしょう。」
田岸は、その場で腰を抜かしてしまった。彼女の表情は、憎しみと絶望に満ちていた。全てを失った田岸は、失意のまま、その場に立ち尽くしていたが、やがてふらふらと教室を立ち去っていった。
俺は、田岸の祖母である理事長の、冷徹かつ圧倒的な力に震えた。彼女は、田岸を、そしてその父をも、たった一人で完膚なきまでに叩きのめしたのだ。この学園でのいじめは、これで終わりを告げるだろう。しかし、俺たちの戦いは、新たな局面を迎えたのかもしれない。
田岸が去った後、理事長は俺の方に向き直った。その表情は、先ほどまでの冷徹さとは打って変わり、どこか申し訳なさそうだった。
「怜奈ちゃん…じゃなく浅間さん、この度は、私の孫がご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます」
理事長は深々と頭を下げた。俺は、突然のことでどう反応していいか分からなかった。謝罪されるようなことをした覚えはないし、むしろ助けられたのは俺の方だ。
「まさか、あなたがここまでの被害を受けているとは…本当に申し訳ありませんでした」
理事長は、まるで俺の被害状況を全て知っているかのように話す。なぜ、この人が俺のことをそんなに詳しく知っているのだろうか? 何よりも「怜奈ちゃん」と口にしてしまっている。この理事長とそんなに親しい間柄だったのだろうか。
俺が困惑していると、理事長は問いかけた。
「怜奈ちゃん、私の顔を見忘れまして?」
暴れん坊将軍のお決まりのフレーズに似たような口調に、俺は首を傾げた。そして、理事長がふわりと後ろ髪を束ねた瞬間、俺は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「か! か! か! か! か!」
言葉を失ってしまい、つい「か」としか声を発せなかった。そこにいたのは、まさに、俺のマンションの管理人だった。いつも古着を着て、花壇の水やりをしていた、あの年配の女性が、まさかこの学園の理事長だったなんて。俺は呆然とした。恵理もまた、俺と同じように固まってしまっていた。
理事長は、俺が怜奈としていじめられていたこと、そして怜奈が自殺未遂をしたこと、その全てを知っていたのだ。だからこそ、あの時、俺に「思い詰めなさんな」と言い、「何かあったら遠慮なく言いなさいな」と忠告してくれたのか。
理事長は、俺が汚されて捨てた制服やカバン、墨汁で汚されたテキスト、そして壊されたスマホのことまで知っていた。
「深雪たちに汚された制服やカバン、テキストなどは、全て新しいものに弁償させていただきます。」
理事長はそう言いながら、俺の壊れたスマホに目を向けた。
「そして、このスマホも、私が自腹で新しいものを用意させていただきます」
俺は、そこまでしてもらうのは申し訳ないと思い、遠慮しようとした。しかし、理事長は俺の気持ちを見透かしたように言った。
「いいえ。これで深雪の気が済むのです。これは、私の孫が犯した罪に対する償いですから」
理事長の言葉には、有無を言わせぬ強い意志が感じられた。俺は、その言葉を受け入れるしかなかった。田岸の祖母である理事長が、自らの手で田岸を断罪し、その償いをしようとしている。この重みは、俺が拒否できるものではなかった。
こうして、田岸への復讐は、理事長の手によって完遂されたと言えるだろう。なんだか最後はあっけない幕切れだったが、これで一度死んだ怜奈の無念が晴らされるのなら、これもアリなのかもな。