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俺、女子高生になりました  作者: アガッタ
第11章 俺、この日を忘れない
100/100

俺、この日を忘れない3 ~再スタート~

ここでは、麻衣子目線で物語が進みます。

大会から数日後、私たちは新学期前の最後の練習日を迎えていた。私は少し不安な気持ちを抱えながら、怜奈が部室に入ってくるのを待っていた。

「おはようございます!」

元気な声が聞こえ、怜奈が部室に入ってきた。いつもの挨拶だ。しかし、どこか声に張りがないような気がする。大会での失敗を、まだ引きずっているのかもしれない。

練習が始まっても、彼女の様子はどこかぎこちなかった。平均台の上でバランスを取るときも、以前のような自信に満ちた表情はない。いつもなら軽々とこなせる技でも、少し躊躇しているように見える。

休憩時間になり、私は怜奈の隣にそっと座った。

「怜奈ちゃん、体調、大丈夫?」

「はい! 大丈夫です!」

いつものように元気な返事が返ってきたが、その声はやはり少し弱々しい。

「大会のこと、まだ気にしてる?」

私の問いかけに、怜奈は黙り込んでしまった。

「……気にしないように、とは思ってるんです。いつまでもくよくよしてちゃいけないって」

そう言って、彼女は小さくうつむいた。

「でも、どうすればいいのか分からなくて。また本番で失敗するんじゃないかって、怖くて……」

彼女の言葉を聞いて、私は胸が締め付けられるような思いになった。怜奈がどれほど努力してきたか、私は一番近くで見てきた。休みの日も、居残り練習も、誰よりも熱心に体操と向き合ってきた彼女の努力が、あの大会で報われなかったことが、今でも心苦しかった。

「どうすれば、本番でも練習通りの力が出せるんだろう……」

怜奈のその言葉に、私は何も答えることができなかった。私だって、本番で緊張しないわけじゃない。でも、怜奈ほどではない。私には、彼女の苦しみを完全に理解することはできないのかもしれない。


「二人とも、どうしたん?」

怜奈の隣に座り、どう声をかければいいのか悩んでいると、咲良が近づいてきた。彼女は真っ先に、俯いている怜奈の頭を優しく撫でた。

「怜奈、大丈夫よ。終わったことは仕方ないんじゃけぇ、くよくよせんでもええんじゃけ」

そう言って、咲良は私たちの間に腰を下ろすと、少し懐かしむような目で遠くを見つめながら話し始めた。

「うちが中学1年生のときの話なんじゃけどね」

彼女は、自分が広島に住んでいた頃の思い出を語り始めた。アイドルになるためのダンス大会のオーディションを受けた時の話だった。

「うち、ダンスが好きで、周りの誰よりも練習したんよ。家でも毎日鏡の前で踊りまくっとった」

咲良の努力は、誰よりも報われるべきものだったはずだ。しかし、オーディション本番で彼女は、振り付けを忘れたり、ぎこちない動きになったりと、散々な結果に終わってしまったそうだ。

「結果は、不合格。めちゃくちゃ悔しくて、家に帰ってからもベッドで声上げて泣いたわ」

咲良は、その時の怜奈の姿を見て、かつての自分を見ているようでとても辛かった、と続けた。

「でも、そのオーディションの数週間後に、新体操の大会があったんよ」

「え、新体操やってたの?」

初めて聞く事実に、私は驚いて咲良の顔を見つめた。

「マジじゃ。うち、広島では新体操部に所属しとったんよ」

咲良は続きを話し始めた。

「オーディションの失敗を引きずって、ほとんど練習に身が入らんまま本番を迎えたんよ。いわば、ぶっつけ本番じゃったね」

私は、思わず息をのんだ。失敗を引きずった状態で挑んだ本番なんて、まともな結果が出せるはずがない。

「ところが、不思議なことに、なぜか体が勝手に動いて、普段はできんような演技ができたんよ。それで、まさかの4位に入賞してしもうたんじゃ」

咲良は、笑顔でそう言った。何が起こるか分からないものだと、今でも思っている、と。

「だから怜奈、終わったことは仕方ないんじゃけぇ。今まで通り、何も考えずに、怜奈らしくやっていけばええんよ。きっと、何か良いことがあるけん」

咲良の言葉は、怜奈の心にじんわりと染み込んでいくようだった。私はその横顔を見て、怜奈が少しずつ立ち直っていくのを確信した。


咲良は、真剣な表情で、とっておきの方法を教えようとした。私と怜奈は、食い入るように彼女の目を見つめた。これまで話してくれた、真摯で、少し切ない思い出話から、きっと何か深い教訓を授けてくれるに違いないと確信していたからだ。

「そうじゃ。本番に強くなるにはのぅ……前日に『笑点』を見るんが一番じゃけぇ」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。私と怜奈は、呆気にとられて、ただ咲良を見つめることしかできない。

「なんじゃ、その顔は。疑っとるじゃろ?」

咲良は、そう言って笑った。

「うちがオーディションで失敗した数週間後、新体操の大会があったって言うたじゃろ? あの前日、たまたま親が録画しとった『笑点』を暇つぶしに見よったら、大喜利が面白すぎて、腹抱えて大爆笑したんよ。そしたら、なんか、どうでもよくなったというか、何かが吹っ切れたんじゃ」

彼女は、真面目な顔で、しかしどこか得意げにそう語る。

「まあ、それが功を奏したかどうかは分からんけど、次の日に上手くいったんじゃけぇ、それ以来、大事な大会の前日には、必ず『笑点』を見るようにしとるんよ。もし怜奈ちゃんも試したかったら、うち、歌丸師匠とか圓楽師匠の時代のが録画してあるDVD持っとるけぇ、よかったら貸そうか?」

私は、開いた口が塞がらなかった。こんな、馬鹿げた、でもどこか咲良らしい方法論に、どう反応すればいいのか分からなかった。しかし、隣にいた怜奈は、最初は戸惑っていたものの、やがてフフフッと笑い始めた。そして、とうとう声を上げて、お腹を抱えながら笑いだした。

「ふ、ふふ、咲良先輩、すごい…!」

彼女の笑顔を見るのは、大会以来初めてだった。

「ほんとですか!? ありがとうございます、ぜひ、お借りしたいです!」

怜奈は心から喜んでいるようで、その顔にはもう、大会での悔しさや、今後の不安はなかった。咲良が彼女にかけてくれた言葉や、このおかしな方法論が、彼女の心に大きな光を灯したのだろう。私も、つられて笑ってしまった。


「お疲れ様でしたー!」

怜奈の元気な声が体育館に響き渡った。彼女は咲良から『笑点』のDVDを受け取ると、笑顔で私たちに手を振って帰って行った。

その視線の先には、恵理の姿があった。怜奈は恵理に気づくと、パッと顔を輝かせ、彼女の元へと駆け寄っていく。二人は親しげに笑い合いながら、仲良く体育館を後にした。

「咲良、ありがとう」

私は隣にいた咲良に、心から感謝の気持ちを伝えた。彼女の明るい振る舞いと、少しばかりおかしなアドバイスが、怜奈の心を救ってくれたのだ。

「うちも、怜奈ちゃんが立ち直ってくれてよかったわ。ほんま、あんな純粋で可愛い子がおるんじゃね」

咲良は、嬉しそうに微笑んだ。その言葉に私も深く頷く。怜奈と出会ってから、私の日々は少しずつ明るくなっていった。格闘ゲームの技を真似してみたり、陸玖くんの盗撮騒ぎに手を焼いたり、夏祭りで大騒ぎしたり。彼女との時間は、私にとってかけがえのないものになっていた。

「いやあ、いつか怜奈ちゃんと付き合ってみたいわぁ」

咲良は、突然そんな冗談を口にした。

「はいはい、また始まった」

私は、彼女の唐突な「拉致癖」に呆れながらも、思わず笑ってしまった。

「麻衣子、今日は予備校の授業はないんじゃろ? 久々にうちと一緒に帰ろうや」

咲良の誘いに、私は少し驚いた。もちろん、断る理由なんてない。

「うん、いいよ。でも、甘いものだけは勘弁してね」

私がそう言うと、咲良はニヤリと笑い、私の肩をポンと叩いた。

「わかっとる、わかっとる。今日は、麻衣子の好きなものに付き合うけぇ」

そうして、私たちも体育館を後にした。夕日が差し込む長い廊下を、二人並んで歩いていく。

俺、この日を忘れない 終

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