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とある物書きもどきの腹の底

とあるところに、物書きがおりました。売れない物書きです。

 彼は、物書きになる前に、別の仕事をしていて妻も子どももおりました。


 彼はその仕事に誇りをもっていましたが、病気にケガとなかなかうまく仕事ができなくなってしまったのです。

 たくさんの仲間たちは、彼を支え励ましてくれました。


 彼は、動けない分、子どものころから大好きだった本を読むことが多くなりました。

 彼の中での想像の翼は広がります。そう・・・自分勝手に。


 彼は思いはじめます。生きることは書くこと、死にゆくまで書くことができていたらどんなに素晴らしいだろう。


 満足な働きができない自分は仲間の支えに甘え過ぎてはいけない。

 

 彼はきっぱり仕事をしなくなってしまいました。


 それはそれは茨の道でした。


 奥さんも働きますが、暮らしは傾くばかりです。


 彼は狂っていたのです。なんと反省はしていますが後悔はしていないのです。


 一日中、物を書いているのです。



 そんな彼も筆が止まってしまいます。



 それはなぜか?ひとつの報せが届いたのです。


「お父さんが死んだよ。」 母親からでした。


 親子ゲンカの果てに縁を切ると言い張って別れた両親でした。


「本当はあなたに会いたがっていたのよ。でも、あんたの気の済むようにさせてあげようって」 

 母親はその言葉以上のことは伝えてきませんでした。


 物書きはこのところ胸がずっと苦しかったのです。少し前、彼の父親は胸を病んで死んだとのことでした。


 物書きの彼は、ふと子どもたちの顔を見ました。親としての感情が泣き始めました。


 彼はようやく知ったのです。父親の見ていたものを。


 人が人たる理由。同じということを認識できること。その他の動物はできない。


 父親の感じていたことが今の自分と同じだということ。


 そして、初めて償いきれないことに後悔をしたのです。




 物書きの彼は遅すぎたのです。そして戯言を言いはじめます。


ー時間が巻き戻せないかな?- 


 きっと頭がおかしくなってしまったのでしょう。


 5歳くらいがいいかな?そしたら、死んだじいちゃんとばあちゃんとの時間を大切にできる。


 勉強をちゃんとして、もっと立派になっていれば?


 恋人が自殺したあの日?あの日の少し前にもどれば・・・。


 だけどそうすると・・・


 確実に妻には出会えないし、何よりこの子たちが生まれてこない。


 誰かをやり直せば、確実に誰かに会えない。


 仕事を辞める前に戻れば、この小説はできていない。まったく同じものは書けない。


 だから、親父も。


 つまりは、全てを手に入れることはできない。何かが誰かがこぼれ落ちる。


「巻き戻しなんてできない。」・・・結論だった。


 そもそも今を放り出したこの後のこの世界線はどうなる?・・・それを見届けないのか?


 フラフラの彼の頭は、目の前の小さな幸せを集めることにしたらしいのです。


 寝ころんで腕に耳をつけるとまだ鼓動が聞こえる。この手は子どもに触れることができる。働く妻を見てありがとうと言える。


 決して埋まらない傷に束の間の鎮痛剤であったとしてもその小さなな幸せを掻き集める。


 まだまだ恵まれている。


 死の淵で実の子に会えない親の気持ち、・・・分かるか?想像できるか?したか?できたか?いやできるはずなどない。


 まだまだ甘ったれている。


 だから物書きもどきの彼よ、その命尽きるまで苦しみ、地獄で土下座して謝罪をしなさい。


 でも、集めた小さな幸せでこの業が家族に繋がるのを切れれば良いですね。


 物書きは決意しました。このままでいい。このまま生きられるところまで生きる。自分を認め許して信じて。


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