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愛する婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた  作者: 迦陵れん


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38/80

38 綻び

「ネーヴラント伯爵令息様……レスターを助けていただき、本当にありがとうございました」


 両手の拳を握りしめ、俯く彼に向かい、私は心からの感謝を述べる。


 レスターが生きていてくれて良かった。彼を失わずにすんで良かった。


 心の底から、そう思う。


「いや、でも俺は……当然のことをしたまでですし──」

「いいえ!」


 自分の行いを否定しかけたネーヴラント様の言い分を、私はキッパリと否定する。


「貴方がいらっしゃらなければ、レスターは今頃生きていなかったかもしれません。ですからそんな風に仰らないで下さい。ご自分の全身に傷を負ってまで他人を助けるなど、誰にでもできることではごさいませんから」


 断固として感謝の気持ちを受け入れてもらいたい私は、若干詰め寄りながら彼の瞳をじっと見つめる。


 するとネーヴラント様は、少しだけ頬を赤くしつつ、なんとか頷いてくれた。


「わ、分かりました……。そこまで言ってくれるのであれば、感謝の気持ちはありがたく受け取らせてもらうことにします」


 その言葉に、私はにこりと微笑んで頷く。


 ネーヴラント様が受け入れてくださって良かった。今日邸に帰ったら、お礼の品も手配しよう──そんなことを考えつつ、私はレスターへと視線を戻し、心配で彼の様子を窺う。


 生気のない顔で、浅い呼吸を繰り返しているレスター。


 意識はまだ戻っていないし、布団の中の身体がどうなっているのかも分からない。


 医務室に入って彼を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた。あんな思い、できれば二度と味わいたくはない。


 レスターとの関係が中途半端な状態で、彼を失うかもしれないと思ったら怖くなった。婚約破棄をすると言いつつ、まだ彼に未練を残していることを否が応にも気付かされて、胸が痛くなった。


 もう、どうでも良いと思っていた。早く婚約破棄をして、彼を忘れたいと思っていた。それなのに──。


「こんなやり方、酷いじゃない……」


 こんな風に大怪我をされたら、見捨てることなどできない。もしも後遺症などが残って、今まで彼の周りにいた令嬢達に彼がそっぽを向かれでもしたら、尚更私はレスターを切り捨てることなどできないだろう。レスターの両親だって、きっと私を離すまいとしてくるはずだ。


 こんなことになる前に、婚約破棄をしておけば良かった。


 そう思う気持ちと、こんなことになるのなら、婚約破棄をまだしていなくて良かった、という気持ちが混ざり合う。


 ここでレスターを切り捨てたら、私は間違いなく、今後罪悪感を抱えて生きていくことになる。


 だから、このままレスターを失うわけにはいかない。


 どんなに酷いことを言われても、蔑ろにされたとしても、逃げずにちゃんと向き合って、彼との今後を決めなければ。


 それこそが、私の新しい未来への一歩となるはずだから──。


 だけど、その前にやらなければいけないことがある。


「……ネーヴラント伯爵令息様」


 レスターが大怪我を負うことになった事情を聞こうと、私はネーヴラント様に声をかけた。


 今回のことは彼が一番よく知っているだろうし、──まだ──婚約者であるレスターをこんな酷い目に遭わされたとなれば、放っておくわけにはいかないから。


 そのためネーヴラント様に事情を尋ねようとしたのだけれど、「パルマークでいいって言ったよね?」と言うので、ここはそう呼ばせてもらうことにし、私は彼から慎重にレスターが倒れていた時の状況を聞き出した。


 彼曰く、殿下は普段から訓練にはほとんど参加されておらず、むしゃくしゃすることがあった時だけ参加し、適当に側近候補達を叩きのめして帰るということが、これまで何度かあったということ。けれど、一人に集中攻撃することはなかったし、相手の骨を折るなどの大怪我はさせたことがなかったため、すべては王宮内のこととして隠蔽されてきたそうだ。


 なのに今回、殿下は誰にも知らせず密かにレスターを呼び出したばかりか、意識を失うまで彼を攻撃し続けた。──否、パルマーク様が言うには、彼が駆けつけた時、既にレスターは意識がなかったそうだから……意識がなくなってからも、ずっと彼を攻撃し続けていたことになる。


「俺がレスターを訓練場から運び出そうとしたら、俺にまで襲いかかってきましたからね。こっちは両手が塞がってるってのに、なんの容赦もなく……」


 まるで狂人のような行いに、私は背筋が寒くなった。


 あの優しそうな殿下を、そこまでの凶行に駆り立てた原因はなんだったんだろうか。


 話を聞いても、実感が湧かない。何故なら私の中にある優しい殿下のイメージと、パルマーク様の話す殿下のイメージとが、まったく重なり合わないから。


「……にしてもあんた、よくそんな状況で無事に逃げ出せたな」


 関心したように言ったフェルに、パルマーク様は


「俺の取り柄は声がデカいことだけじゃないんで。スカウトでしたらいつでも大歓迎ですよ」


 と返していた。


 けれど、不意にその表情が物憂げになり──。


「どのみちもう……下りようと思ってた船でしたから」


 と寂しそうに言った。


「船?」


 言葉の意味が分からず私が首を傾げると、パルマーク様は暗くなった雰囲気を払拭するかのように笑顔を見せた。


「じゃあ俺はそろそろ行きますので。レスターのことお願いします」


 私とフェルに頭を下げて、パルマーク様は医務室を後にする。


 それがなんだか誤魔化されたようにも思えて言葉の意味を考えていると、フェルが「お前はここにいろ」と言って、突然医務室から飛び出して行ってしまった。


 残された私は、医師と顔を見合わせるだけだった。











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