28レスター3
剣と剣のぶつかり合う音が、王宮内にある稽古場の中で響き合う。
今日は、王太子の側近となるための大切な訓練が行われるということで、側近候補である者達は全員、早朝から秘密裏に稽古場へと呼び出されていた。
「一本! それまで!」
到着早々すぐに試合が始められ、問答無用で戦わされていたレスターは、審判を務めていた騎士がそう言うが早いか、挨拶もそこそこに、通用口へ向かい駆け出していく。
これ以上は付き合いきれない。今帰らなければ、ユリアの家との話し合いに遅れてしまう。
そう思い、先を急ぐレスターだったが──稽古場の通用口に入ったところで運悪くカーライルに出会してしまい、思わず唇を噛んだ。
「おや、レスターじゃないか。どうしたんだ? まだ訓練が終わる時間ではないはずだが」
レスターが横を通り抜けることができないよう──王族相手に、そのような不敬を働くことなどできようもないのだが──カーライルは通路の中央に立ち、腕を組んで睨め付けてくる。
彼が稽古場へと姿を現すのであれば、当然ながら正門を使うだろうと思ったからこそ、密かに通用口から帰ろうとしたのに、何故彼はこんなところを歩いているのか。
こんなことなら正門から堂々と帰れば良かったとレスターは思ったが、後の祭りであった。
「昨日お話しした通り、僕は本日どうしても反故にできない約束があるため、そろそろ帰らせていただきたいと──」
一縷の望みを懸けて、レスターはカーライルへと懇願する。
しかし、レスターの願いは聞き入れられなかった。
「はあ? 何を言ってるんだ、レスター。今日の訓練は私の側近を決める大切な要素になると説明をしただろう。……それとも何か? お前は私の側近の座を辞退するのか?」
「そ、それは……」
言い淀むレスターに、カーライルは畳みかけるように言葉を続ける。
「お前が私の側近を辞退すると言うのであれば、今日はここで帰宅することを許そう。だが、そうでないと言うのであれば、最後まできちんと訓練に参加していくことだ。でないと他の者達に、示しがつかないからな」
「………………」
「レスター、返事はどうした?」
「はい……分かり……ました」
俯き、両手を強く握りしめながらも、レスターは頷くしかない。
ここで辞退などしてしまえば、確実に将来が違うものになってしまう。そうなれば、自分の妻となるユリアにも、迷惑をかけてしまうことになるのだ。
ただでさえ、今日は婿入り先となるサイダース侯爵家から『婚約について大切な話がある』とのことで呼び出しを受けている。これ以上、自分が不利になる案件を増やしたくはなかった。
「では、訓練に戻ります……」
これ以上なにか言われる前に、とレスターはすぐに踵を返そうとしたのだが。
「レスター」
カーライルに名を呼ばれ、まだ用があるのかと思いつつ振り返ると、柔和な笑みを浮かべた彼と目が合った。
「…………!」
普段は見せないその表情に、レスターが目を見張る。
しかし、そんな彼の様子を気にすることなく、カーライルは笑んだままこう告げた。
「勝手に帰ろうとした罰として、お前には今日、最後まで訓練に付き合ってもらう。本当は昼に帰してやろうと思っていたのだが……自分の行動が招いた結果だ。観念して受け止めるんだな」
「なっ……そんな!」
カッとなり、レスターは思わずカーライルへと掴み掛かりそうになる。が、すんでのところで理性を取り戻し、その手は空を掴んだ。
「どうした? 納得がいかないか? なんなら私に手をあげても良いのだぞ。自分の将来がどうなっても良いのであれば……だがな」
「…………っ!」
掴み掛かろうとした両手を力無く体の横にだらりと垂らし、唇を噛みしめ、今度こそレスターは踵を返して訓練場へと歩き出す。
頭の中を占めるのは、カーライルに対する怒りと、ユリアへの申し訳なさだ。
今日は一体、どんな話があって呼び出されたのだろう?
学園に入学してからというもの、ユリアはレスターの言葉通り、ずっと他人を貫き続けてくれていた。
それでも一度だけ、他の令嬢達に紛れて近付いてきたことがあったものの、あの時は久し振りにユリアを近くで見た驚きから固まってしまい、何の言葉もかけてやることができなかった。あの状況であれば、一言二言、言葉を交わすこともできただろうに。
それを悔やみつつ、また近付いて来てはくれないだろうかと心待ちにしていたら、今度は知らない男と四阿で親しそうに話をしていた。
あの時は嫉妬から、つい咎めてしまったが、あれ以来学園内でユリアの姿をまったくと言っていいほど見かけなくなった。偶然なのか、故意に避けられているのか、本人に聞かなければ判断のしようがないが。
そう思っていたところで今日の呼び出しだ。
絶対に何かある。なければおかしい。
なのに自分は、側近となる訓練のせいで、重要な話し合いの場へ行くことができないのだ。
『今回の訓練は秘密裏に行われるため、家族といえど口外せぬように』
そう注釈が付けられていたせいで、今日の行き先は家族でさえ知らない。行き先も告げず、話し合いに参加しない自分のことを、家族は、ユリア達は、どのように思うだろうか。
最悪、婚約解消なんてことも……?
嫌な考えが頭を過ぎり、レスターはすぐにそれを振り払うべく、激しく頭を横に振った。
「ユリアなら大丈夫だ。彼女は俺を心から愛してくれている。だから絶対に大丈夫だ……」
訓練場の隅で一人頭を抱えながら、レスターは自分に言い聞かせるかのように呟いていた──。




