21 取り付く島もない
「お父様、大事なお話があります」
王太子殿下に慰められたその日、屋敷に帰った私は、着替えを済ませるとすぐにお父様の執務室へと向かった。
レスターとの婚約破棄については既に何度か話をしていたものの、いつも真剣に聞いてもらえなかったことから、内心諦めかけていたけれど。今日、四阿でレスターに言われたことと、殿下に勇気付けられたことを踏まえ、もう一度お父様にきちんと自分の気持ちを伝えてみようと思ったのだ。
これまでは、婚約破棄の話題を出すと不機嫌になって怒鳴り出すお父様が怖いという気持ちと、心の奥底でレスターのことを諦めたくないと思う自分の気持ちとが重なり合って、最後まで話をすることができなかった。でも、それももう終わりにしなければいけない。
私はこれからお父様に、精一杯自分の気持ちと今の状況をお伝えするのだ。
大好きだったレスターへ、婚約破棄を突きつけるために。
「やるわよ……私」
扉の前で拳を握りしめ、気合を入れる。すると、執務室の扉がタイミング良く開いた。
「お嬢様、お入り下さい」
そう声を掛けてきた執事の向こう側に、不機嫌そうなお父様の姿が見える。このところ執務室を訪ねる度に婚約破棄の話をしていたから、既に私が何をしに来たのか分かっているのだろう。
だからといって、退くわけにはいかない。
私にだって、幸せになる権利はあるはずなのだから。
「お父様──」
「また、婚約破棄の話でもしに来たのか? お前は本当に懲りないな。何度来てもレスター君との婚約破棄は認めない。以上だ」
私がまだ何も言わないうちから言葉を被せ、自分の言いたいことだけを言い、話は終わったとばかりに私を追い出そうとするお父様。
いくら何でも酷すぎる。話の内容を聞く前から、決めつけて否定するなんて。
娘に対する愛情が欠片ほども感じられない。お父様はどうしてそんなにも頑なに、レスターとの婚約破棄を認めてくださらないんだろう?
「お父様──」
「ユリア、話はもう終わったと言っただろう。部屋から出て行きなさい」
お父様は執事に命じ、私を部屋から追い出そうとする。私はまだ、ほとんど言葉を発してはいないのに。
「話はまだ……終わっていません」
執務室の扉を開け、退室を促してくる執事を無視して、私はお父様に食い下がった。
不機嫌さを隠そうともしないお父様の表情が怖い。また怒鳴られるかもしれないと思うと、足が竦みそうになる。それでも私は、ここで諦めるわけにはいかない。
「……ユリア」
その時、お父様が低い声で私の名前を呼んだ。
思わずそれにビクリと肩を揺らすと、慌ただしい足音が聞こえてきて、息を切らせたメイドが部屋へと飛び込んできた。
「だ、旦那様! 大変でございます。王太子殿下がお越しになりました!」
「なに⁉︎ 王太子殿下が?」
驚いた顔で、お父様が席を立つ。
「は、はい。それで……旦那様とお嬢様、お二人との面会を求められています。玄関でお待たせするわけにはいかないため、取り敢えず応接室へとお通ししたのですが……如何いたしましょうか?」
王族が邸に訪ねて来るなど初めてのことだから、メイドは顔色悪くオロオロしている。
それにしても……先触れもなく突然訪れるだなんて、殿下は一体何を考えているのかしら? 私とお父様──両方に面会したいとなると、私にも何か関係がありそうだけれど。
一瞬、私の脳裏に『婚約破棄』の言葉が浮かんだ。けれどそれはまだ今日話したばかりのことで、ここまですぐに殿下が動くとは考えにくく、すぐに打ち消す。
まさかね……。
だったら何をしに来たのだろうと考えていると、お父様が苛ついた声で私を呼んだ。
「ユリア、何をしている? 行くぞ」
「あ、は、はい!」
そうだ、今は考えるより早く行かなくちゃと頭を切り替え、前を歩くお父様の後ろを急いでついて行く。
もう少しゆっくり歩いてくれても良いと思うのに、殿下をお待たせしているからか、お父様の足は早い。
この速度でついていったら、応接室へ着いた頃には確実に息切れしている自信がある。だったらもう諦めて自分の速度で歩いて行こうか……と考えていたら、廊下の途中でお母様と合流した。
「わたくしもご一緒してよろしいかしら?」
「ああ。おそらく問題はないだろう」
お母様を見て頷いた後、お父様の歩く速度が目に見えて遅くなる。
え……ちょっとこれ、差別なんじゃないの?
なんだか納得できない気持ちを抱え、私は歩を進めたのだった。




