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18 爆弾投下

 突然、目の前に差し出された濡れタオル。


 あまりのタイミングの良さに私は驚いて動きを止め、それを凝視した。


「どうした? 遠慮なく使えばいい。ほら」


 しかも、それを押し付けてくる相手が王太子殿下だったものだから、更に驚いてしまう。


「えっ、あ、あの、どうして殿下が……」


 相手が相手だけに、素直に受け取っていいのか、とか、受け取ったら寧ろ不敬にならないだろうか、とか、色々な考えが頭を巡る。なのに、私がそんな風に考えている間も、殿下は私の手にグイグイと濡れタオルを押し付けてくるものだから、拒否しきれず、結局は受け取ってしまった。


「早く冷やした方が良い。せっかくの美しい顔が台無しだ」

「は、はい。ありがとうございます……」


 私の顔は美しくないと思うけれど、殿下からの気遣いを無碍にはできない。ここは素直に従っておこう。


 受け取った濡れタオルをそっと閉じた目の上から当てると、ヒンヤリして気持ちが良かった。


「気持ち良い……」


 思わず声を漏らすと、「そうか、それは良かった」と優しい声が返ってくる。


 今まで殿下とは同じ学園に通っているとはいえ、お見かけしたことがあるだけで言葉を交わしたことはなかった。だから声を聞いたことはなかったけれど、彼はこんなにも優しい声をなさっていたのねと、少しだけホッとする。


 今、キツい声で咎められでもしたら、きっとまた泣いてしまう。それがもし私を咎める言葉でなかったとしても、声がキツいというそれだけで、耳を塞ぎたくなってしまうような気がするから。


 それほどまでに、今の私の心は傷付いていて。


「……少し、触れても良いだろうか?」


 躊躇いがちに、殿下から、そう声を掛けられる。


 目にタオルを当てたまま、無言で私が頷くと、優しく頭を撫でられた。


 殿下の手の温もりが心にまで沁みてくるようで、私の目からはまたも涙が溢れてしまう。


 こんな風に頭を撫でられたのは、いつぶりだろう。もう随分と前のことで、記憶にすら残っていない。


 久方振りに頭を撫でられたことが嬉しいのか、それともただ懐かしいのか、分からないながらも私がしゃくりあげると、ビクッとしたように殿下の手が慌てて離れた。


「ああ……すまない。また泣かせるつもりではなかった。……おい、濡れタオルをもう一枚用意しろ」


 それを聞き、私は慌てて顔を上げる。


 そんな、私なんかのために誰かの手を煩わせるなんて申し訳ない。私の顔など、少し目が腫れたところで大して違いはないのだから。


 そう思って殿下を止めようとしたのだけれど、彼の顔を見た瞬間、透き通るような碧色の瞳と目が合った。


 そのまま目を逸らせず──不敬になるから──にいると、殿下は少しだけ距離を詰めてきて。


「……サイダース侯爵令嬢、良ければ私に話してみないか?」


 真剣な顔で、そう言われた。


 一体なにを?


 瞬間、私の頭に浮かんだ言葉はそれだけで。


 殿下に話す? え、なにを?


 ?マークがたくさん頭に浮かび、考えたところで分かりそうにないため、首を傾げながら殿下に尋ねた。


「あの……よく意味が分からないのですが……?」


 すると、殿下は一瞬目を丸くした後、何故だかふっと微笑った。


「すまない、言葉が足りなかったな。貴女は何か悩んでいることがあるのだろう? 良ければ私に話してくれないか?」

「ええっ⁉︎」


 予想外の申し出に、私は驚くしかない。


 殿下に悩みを話す⁉︎ どうして? そんなこと、できるはずがないのに!


「え、ええと……お気持ちはとても有り難いのですが、殿下にお話するような大それた悩みではないので……」


 さすがに、泣き顔を見られた手前『悩みがない』とは、口が裂けても言えなかった。


 いくらなんでもバレバレすぎるし、王族を謀ったら死罪になる可能性だってある。だからといって、婚約破棄なんて当人──若しくは互いの家──同士の問題でしかないことを、殿下に話すわけにもいかない。


 だから、大した悩みではないと押し切って、なんとか殿下に諦めてもらおうとしたのだけれど──。


「そうかな? 婚約破棄は、十分大それた悩みだと思うが?」


 超ド級の爆弾を、殿下がこともなげに投下してきた。


「えっ⁉︎ で、殿下、今なんと仰いました……?」


 どうか聞き間違いでありますように、と神様に縋る思いで殿下の次の言葉を待つ。


 どうか、どうかお願いします。今の言葉は聞き間違いでありますように……!


 時の流れる速さは変わらないはずなのに、殿下の口の動きだけが、いやに遅いように感じる。いや、殿下の言葉を受け入れたくない私自身が、無駄な抵抗をしているだけかもしれない。


 それでも──。


 どんなに抵抗しても時間は止められないし、殿下の口を塞ぐことは不可能で。


「貴女はレスターと婚約破棄がしたいのだろう?」


 確かに彼は、そう言った──。






 


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