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1手付かずのお茶とお菓子

「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」


 待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は、唐突にその言葉を口にした。


「え……あの、どうし……て?」


 あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。


 彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。


 私──ユリア・サイダース侯爵令嬢──の婚約者である彼──レスター・コーラル侯爵令息──とは、三歳の時に出会った。


 正直その頃のことは幼かったせいもあり、よく覚えていないけれど、彼と婚約を結んだ日のことは、今でもしっかりと記憶している。


 私の六歳の誕生日、お祝いに家へとやって来た彼は、素敵な花束を差し出しながらこう言ってくれた。


「ユリア、可愛い僕のお姫様。これからは僕が全力で君のことを守るから、どうか僕と婚約して下さい」


 耳まで真っ赤に染め、ガチガチに緊張した彼の持つ花束はプルプルと震えていて、驚くより先に吹き出してしまった私のせいで、その後暫く彼は機嫌を直してくれなかったけれど。


 それでも、私が頷くと彼は心底嬉しそうな顔をして、おもちゃの指輪を私の指へ、緊張で震えながら嵌めてくれたのだ。


「これでユリアは僕のものだよ。絶対絶対浮気しないでね!」


 と言って。


 後から両親に話を聞いたところ、彼の家とは元々家族ぐるみの付き合いで仲が良かったということもあり、子供達も仲が良いなら婚約させてはどうか? という互いの安易な考えの元、お膳立てされたものであると教えてくれた。


 彼が私に言ってくれたプロポーズの科白も、彼の父親である侯爵様が考え、それを必死に暗記して言ってくれたものだったらしい。


 私としては、出来れば彼自身の考えた言葉で言って欲しかったけれど、どちらにせよ彼も私との婚約に同意したことは確かなので、そのことについてはあまり気にせず、素直に喜びを噛み締めておいた。


 それ以来、月に二度の定例茶会、定期的なお出掛け、家族ぐるみの食事会などを行い、今日に至るまでの九年間、私達は少しずつお互いの仲を深めてきた。なのに、そう思っていたのは、全部私の勘違いだったのだろうか?


 まさかここへきて、今更「距離を置こう」などと言われるだなんて。


「理由を……教えてもらっても?」


 知らず、声が震えた。


 もし自分に悪いところがあるなら直そう。そうでなければ距離を置く以外の代替案を……と考えていた私に、彼が告げた言葉は酷く残酷なものだった。


「婚約者がいると知られたくない」 

「え……?」


 それは、あまりにも予想外過ぎる言葉であり。


 婚約者がいることを知られたくない? それはつまり、自分には特定の相手がいないと思われたいということ?


 捉えようによっては、独り身(フリー)を装って私以外の結婚相手を探そう、などと考えているようにも思えてしまう。


「だけど、私達は実際に婚約していて──」

「だから学園にいる間だけ、と言っているだろう⁉︎」


 何度同じことを言わせるんだというように、怒った彼が、反論しようとする私の言葉を遮った。

 

「そもそも学園というものは、主に人との交流を目的にして通うものだ。なのに最初から婚約者がいるなどと言ってしまえば、否応無しにその枠が狭められてしまう。それは僕にとって、マイナスにしか働かないんだ。何故なら僕は、この国の王太子殿下を支える側近候補として、少しでも多くの人脈を持つ必要があるのだから」


 尤もらしい言葉を並べ立て、レスターは私の反論を封じ込めようとしてくる。


 確かに、彼の言うことは概ね間違ってはいないし、令嬢達は婚約者のいる男性に近付くことは礼儀知らずだと教えられているから、そういった意味では、人脈のために婚約者の存在を隠したいと言う彼の言い分も、分からなくはないけれど。


「だったら、私はどうなるの? 高位貴族の令嬢である私が、学園に入学する年齢になっても婚約者がいないというのは、問題があるとは思わないの?」


 どうしても、そう言わずにはいられなかった。


 何故かというと、男性であるのならいざ知らず、高位貴族の令嬢は基本的に、早いうちから縁談を決めてしまうのが我が国の主流となっている。故に、学園に入学する年齢になってもまだ婚約者がいないという令嬢は、()()()()()()()()()として捉えられることが多いのだ。


 いくらレスターの人脈のためとはいえ、それと引き換えに自分が問題視されるなど、どう考えても受け入れ難い。加えて彼だって、学園を卒業後、問題視されていた私を妻として迎え入れたら、それこそ醜聞になってしまうのではないだろうか。


 その辺りのことを聞かずにはいられなくて、答えを待ちつつ、じっとレスターの緑柱石のような色の瞳を見つめれば、明らかに視線を逸らされた。


「……っ、レスター!」

「とにかく、今後学園では、僕を知らない振りをして欲しい。僕も君を、知らない人として接するから」


 とても冷たい、思いやりの欠片すら感じられない言葉。


 けれど、突然そんなことを言われても、「はい、そうですか」と素直に受け入れられるはずがない。


 だって私は、彼との学園生活をずっと楽しみにしてきた。今までは定期的にしか会えなかった彼と、学園に通うようになれば毎日会える。ほんの少しの時間だけでも、これからは毎日彼と一緒にいられると、本当に楽しみにしていたのだ。


 それなのに、知らない人の振りをしろと言うの?


 見ず知らずの他人の振りをしろと?


 そんなのは嫌だ。私は、学園でレスターと一緒にいたい。


 いずれ結婚するにしろ、学園生活は限られた『今』しか送れないのだ。それを、みすみす無駄にするだなんて、絶対にしたくない。


「あなたの言うことも分かるわ。でも、少しぐらい話をしたって──」

「どこからボロが出るか分からない以上、そんな危険は冒せないよ。それと、その関係で、今後君との外出は控えるから。何処で誰に見られるとも限らないしね。茶会と食事会はいつも通りでかまわない。それじゃあ」


 言うだけ言って席を立つと、もう話すことはないとでも言うように、彼はそのまま背を向けて四阿から出て行ってしまった。


 お茶会が始まってから、まだ十分も経っていないのに……。


 最近は学園に入学する際の準備などが忙しかったせいで、彼と二人での外出も、家同士の食事会も中止にされていた。


 だからこそ月にたった二度しかないお茶会で、久しぶりに彼に会えると、朝から張り切って支度したのに。その結果が、これだなんて。


「私ったら、馬鹿みたい……」


 今日のために誂えた、彼の瞳の色をしたドレス。


 どんな反応をしてくれるかと、楽しみにしていた自分がとても滑稽で。

 

 もしかしたらレスターは、あの話をする為だけに、今日のお茶会へ来たのかもしれない。


 そう思うと悲しくて、私は手をつけられなかったお菓子とお茶を見つめると、強く唇を噛んだ。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


新連載始めました。


どん亀更新になると思いますが、よろしくお願い致します。




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